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フェイク

「この店だな。おーおー、すんげぇ混んでんじゃん」


『赤髪のレーナ』

 この界隈で、その名を知らない者はおらず、客引きをしていた女の人に尋ねたら、実に嫌そうに教えてくれた。


 2週間ほど前に店を出し、あっという間に人気が出て、今では他の店は閑古鳥かんこどりが鳴く勢いなのだそうだ。


 他の店もそれなりに人は入っているように見えたが、この店はその人気の異常さが明らかに他を逸していた。


 店に近づくにつれ、にわかに通りを行き交う人々の数が増えて賑やかさと喧騒を増し、中でも一番密集している人だかりを縫うように抜けると、そこに噂の娼館はあった。


 決して大きくない入口に向けて長蛇の列が並び、つづら折りになっていて、その合間合間に、スタイル抜群の若い女性が、列を崩さないように声をかけて歩き回っている。


「これは、今日中には入れないんじゃないか?」


「ああ、多分な。どうすっかなぁ。せーっかくここまで来たっつーのによぉ」


 頭の後ろで手を組みながら、空を見上げジャスパーはぼやいた。


 俺も、もしかしたらと期待していた分、残念な気持ちはあるが、期待半分諦め半分といったところで、それほどこの店に興味があるわけでもない。

 レーナなんて名前はこの世界じゃザラにある。


「今日のところは、噂の美姫は諦めよう。もう少しタイミングを見て、空いてきたら並ぶ方がいいんじゃないのか。明日、出直してもいいだろうし。どうせ今夜はここに泊まるんだろ? 」


「まあ、そうだな。金もあまりねぇし、宿でも探すか」


 俺たちは、長蛇の列に並ぶことは一先ず諦めて、今日は宿を取ることにした。


 その日の夜__

 空いたタイミングを見極め、いつでも飛び出して参列出来るようにレーナのいる娼館近くに運良く宿を取ることが出来た俺たちは、部屋の窓からその娼館を見下ろしていた。


「夜になっても空かねぇなぁ」


「夜の方が普通は混むんじゃないのか」


「ああ、そうか。そうだよな。つーか、こんな朝から晩までそのレーナって女仕事してるわけかよ? 」


「さあ。昼間見た時は他の女の子もいただろう?休憩くらい取るんじゃないのか」


「あの女の子たちも可愛かったよなぁ。この娼館は本当にレベルがたけぇ」


 ジャスパーは飽きもせずに長蛇の列を眺め、時折誘導の声をかける女の子を見てはだらしなく顔を緩めていた。


「今夜は諦めるんだろ?俺はもう寝るよ」


「ああ……ん?ちょっと待て」


 布団に潜り込もうとした俺をジャスパーが呼び止める。


「なんだよ」


「なんか、おかしい」


 そう言って眼下を見下ろすジャスパーの顔つきが厳しい。

 何かを見つけたような、鋭い視線を向けているのに気付き、俺は側に歩み寄った。


「どうした」


「魔力の波動を感じるんだ。ほんの僅かだけど、店から出てくる客のほとんどから感じる」


「店から出てくる客?」


「ああ。並の魔導士なら気づかねぇくらい微弱だ。だけど、俺は並の魔導士じゃない。ミナト、外に出てみよう。もっと客に近づけば何か分かるかもしれねぇ」


 じっと眼下から視線を外さずに真剣な面差しで言うものだから、俺も少し不安になる。


「分かった。出てみよう」


 それから俺たちは、噂の娼館近くへと再び舞い戻った。

 ずっと様子を見ていたジャスパーが言うには、入り口と出口は別々にあるんだそうだ。

 出口は入り口とは真逆の裏手にあって、ジャスパーに誘導されながら俺たちはそこへ赴いた。


「ここで少し待っていよう」


 裏口は夜になって、より一層賑やかになった表の通りとは打って変わり、しん、とした静寂に満ちていた。


 建物の物陰から、裏口から人が出て来るのを待つ事しばし。

 ようやく一人の男性が姿を現した。

 見た目は普通だが、よく見ると酔ったように足取りが覚束おぼつかない。


「行こう」


 それを見てジャスパーは迷わず男に向かって歩みを進めた。

 慌てて俺も後を付いて行き、二人で肩を並べて男の正面で立ち止まる。


 行く手を遮る形で俺たちが現れたのに、男は俺たちなど目にも入っていない様子で、虚な視線を空に向けたまま、夢心地のように恍惚とした表情を浮かべていた。


「なんだ?クスリか?」


「いや、違う。これは……『魅了チャーム』だ」


 ギラリとした視線を男に向けて、ジャスパーはさらに男に顔を近づけた。


魅了チャームって……そんなの魔族にしか……」


「しっ!」


 それ以上はここで言うなとばかりに、唇に指を当てて俺を黙らせる。


 ジャスパーは男の顔を目を細めて、何かを探すようにじっくりと角度を変えながら真剣な眼差しで観察し、そして__

 ジャスパーの細くて長いその指先が、男の首筋を指差してピタリ、と止まる。


「ここだ」


 指差す場所には特に何も見当たらなかった。

 首を傾げた俺の前で、ジャスパーは小さく詠唱を唱え始めた。

 その指先に淡いピンク色の光が灯り、その指先をつ、と横に流すように動かす。


「これは……」


 それを見つけて思わず眉を顰める。

 ジャスパーの指先になぞられた場所に浮かび上がる、ふたつの小さな窪み。

 そこからは、薄っすらと出血の痕があった。


 それを見たジャスパーの口角が吊り上がる。


「噛み痕だ。ここに、吸血鬼ヴァンパイアがいやがるぜ」


吸血鬼ヴァンパイア……」


「ああ。噛み痕を上手く隠していやがったが、これだけ近づけば分からねえことはねえ」


 未だに何の反応も示さずに虚ろな目をする男の目の前で手を振ってみたり、手を打ち鳴らしたりしてみるも、やはり反応は戻らなかった。


「こりゃあ、よっぽど強烈な魅了チャームにかかっていやがるな」


「ジャスパー、吸血鬼がいるってことは……」


「ああ。どの魔族も人間と一緒に働いたりしねえよ。ここの娼館にいるのは恐らく、全員吸血鬼だ」


 そう言って、そこにそびえ立つ娼館を挑むような目つきで見上げた。


 魔族が人間に紛れて人を喰らうことはよく聞く話だが、こうも堂々と娼館まで開いて経営をするなんて聞いた事がない。


 完全に血を抜いて殺さないのは、吸血鬼にしては珍しいやり口だし、わざわざ魅了チャームまでかけて記憶を操作し、傷口まで隠すなんて随分と手の込んだ事をする。


「じゃあ、噂の美姫も吸血鬼か」


「だろうな。元来より吸血鬼ってのは、容姿端麗なのがお決まりだ。まったく、こんな所で堂々と人間様を食い物にしやがって、腹が立つぜ。中にどれだけの吸血鬼がいるか分からねえが、一匹や二匹じゃねえのは確かだ。並みの魔導士なら逃げだすだろうぜ」


 そう言ってにやりと笑う。

 わざわざ並みの、なんて言い方をして暗に自分は違うと言っているようなものだ。

 つまり、やる気ってことだな。


 ジャスパーの言わんとする事を読み取り、俺も娼館を見上げる。


「だけど二人だけで出来るか?」


「出来るさ。ありがたい事に範囲は限定されてんだ。この建物ごと魔力を拘束しちまえばいい」


 不敵に笑ってジャスパーはそう言った。

 簡単に言ってのけるけど、建物ごと魔力拘束リストレクションなんて普通は思い付かないし、実行も不可能だ。

 それをやってのけると自負する彼は、紛れもなく名を馳せた大魔導士なんだと思い知る。


「手伝え。少し準備が必要だからな」


 挑むような目つきでそう言って、駆け出すジャスパーの後を俺は追う。

 その先の未来に待ち受けている物が何か、知りもせずに。

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