対峙
わたしは真っ直ぐに大軍の中央で剣を構える男を捉える。
わたしと同じようにこの世界へ転生した殺人鬼。
人殺しのくせに、勇者気取りなんて笑える。
「あらぁ、あれが魔王なんじゃないの? まだ誕生して間もないと思ってたのに、しっかり強くなってるじゃん。どうすんの? 」
少しずつ、彼らの会話が変わる。
初めは魔力が不安定と言ってたはず。
慌ててふたりから吸収したものの、これで強いと言われても困る。
でも多少会話に変化が起きたところで、どうせこれから起こることは変わらない。
それを裏付けるかのように、神崎ミナトが叫んだ。
「魔王が弱かろうと強かろうと、やらなければならないことは一緒だ! 魔王を倒す、全力でだっ! 」
「その通りね」
「いくぞっ! 」
号令と共に詠唱が始まる。
それをただ黙って待ってあげてもいい。
けれど、サシャールとツノ男の魔力は半分以上吸い取ってしまったし、そのおかげで二人は最終形態に変化出来ていない。
この状態で障壁を作り出したところで、あっさりとやられるだろう。
ならば。
「先手必勝よ」
わたしは意識を集中して身体中に魔力を纏わせ、ゆっくりと浮上した。
初めて経験する浮遊感はふわふわした物ではなくて、しっかりとわたしの意のままに身体をその場に固定する。
徐々に高度を上げ、大軍を見下ろせるほどの高さまで浮かび上がると、その足元では狼男が最終形態に変化を遂げたのが見えた。
四つ足を付き前傾姿勢を取りながら、今にも駆け出しそうになるのを堪え、合図を待つような視線をわたしに向ける。
まだですか、そんな声が聞こえてきそうで、くすりと笑みが浮かんだ。
狼男から視線をゆっくりと大軍へと向け直し、目当ての男をしっかりと捉える。
わたしは魔力を操る意識を高め、更に厚く魔力を身に纏うと、風を切りながら一気に大軍へと向かって空中を突き進んだ。
それを合図に狼男も床を蹴り、銀色の毛を靡かせながら、その大きな身体をしなやかに動かし、力一杯目の前の敵へと向かって牙を剥き、駆け出した。
「なっ、向かってくるわっ! 」
「早い!これでは詠唱が間に合わんっ! 」
轟々と音を立て、風が刃の如き鋭さでわたしの身体を過ぎ去っていく。
向かい立つミナトの仲間の慌てる声と同時に、遠く後方からも叫び声が聞こえた。
「魔王様っ! 」
最終形態となる事が叶わなかったサシャールの叫び声を気にも留めずに、ビュンビュンと風を切り、ついに大軍を目の前に捉え彼らの頭上に位置し、飛翔を止め眼下に見下ろすと、神崎ミナトが頭上に浮かぶわたしに鋭い視線を向けて睨みつけた。
強い覚悟と憎々しさを交えたその視線が、わたしを敵として認識している事を言葉以上に明確な物としていた。
その表情を見て、思わず肩を落として眉を寄せ、口を歪めてミナトを見つめる。
またあの怯えた顔が見たかったのに。
泣いて喚いて恐怖に引きつったあの顔をもう一度見たかったのに、そう言えばこの男にはあの時の記憶はないんだったわ。
「神崎ミナト」
眼下に大軍を見下ろし、言葉を放つ。
わたしが特攻を仕掛けてくると警戒した大軍は、怯えるように顔を歪ませ、わたしをその視界に捉えながら詠唱を始める者や、あっという間に飛翔して距離を縮められた事に愕然として言葉を失っている者など、前回はみなぎっていた覇気も統率も既に崩れているようだった。
落ち着かない大軍の最前列で、神崎ミナトはわたしの言葉に眉を寄せて訝しげな視線を向ける。
「なぜ、俺の名前を……」
「知っているからよ。神崎ミナト。あなたが転生者で勇者だということ。そして、前世で吉野玲奈__つまり、このわたしを刺殺したということもね」
「吉野……玲奈?」
神崎ミナトの瞳が、ひとつひとつ真実を告げるたびに大きく見開かれた。
「そうよ。あなたは勇者、わたしは魔王に生まれ変わった。だから__わたし達は殺し合わなければならない。わたしの復讐の為にもね」
そう貴方が先に、宣戦布告したのだから。
今度はその台詞をわたしから貴方へ贈ってあげる。
そうこうしているうちに、後続が追いついた。
わたしはすっと狼男の隣に降り立ち、その毛並みを撫でながらミナトの反応を窺う。
「復讐……」
酷く傷ついたように絶望の色をにじませて、神崎ミナトはわたしを見つめながら、
唇を震わせ噛み締めて、声を絞り出す。
「違う……確かに君には恨まれるようなことをしたと思ってる! だけどだけど、ただ俺は君と一緒になりたくて! 」
魔王と勇者。
その双方の会話をさえぎれる者はいなかった。
魔王と勇者軍、一触即発の緊張感が張り詰める中、神崎ミナトがそんな愚かな言葉を発し、わたしは侮蔑を込めて嘲笑う。
一緒になりたかったですって?
わたしは誰の物にもなったりしない。
その一方的に歪んだ独占欲に嫌悪感が募る。
そんな物のために、わたしは殺されたっていうの?
苛立ちと嫌悪感と憎さが入り混じって、
どこまでもこの男を傷つけてやりたい。
見据えたのは、その心。
「じゃあ、一生一緒になってやらない」
空間を切って移動し、瞬時にミナトの耳朶へ唇を近づけ囁いた。
ビクッと彼の身体が震えたのを見て、思わず口角が吊り上がる。
「相変わらず、免疫ないのね」
「なっ……空間移動!? 」
隣にいた女が驚愕に声を上げ、そちらに視線を向けると、その顔は見覚えのあるものだった。
金髪の気の強そうなポニーテールの女。
「あら、あなた、わたしを殺してくれた人じゃない。せっかくまた会えたのだから、きっちり落とし前はつけてもらうわよ」
あの経験をしていない女からすれば、言いがかりだと思ったかもしれない。
けれどそんな事は関係ない。
この女はわたしを殺すだけの力があって、躊躇わずに殺せるだけの強い意志がある。
「悪いけど、今回は先に死んで頂戴」
ミナトの耳朶からは唇を離さずに顔を擦り寄せて、すっと女に向けて手を差し伸ばす。
手のひらに高濃度の魔力を圧縮しつつ、あの時の光景を鮮明に思い出す。
「確か……こうだったかしら」
手のひらから圧縮した魔力を貫くように放出すると、女の身体を足元から黒い粒子が螺旋を描いて覆い隠した。
轟々と、唸りを上げて女の身体を喰らい尽くす粒子。
わたしはそれを目を細め、口に薄い笑みを浮かべて見つめる。
「アリアッ! 」
「きゃあああああっ! 」
女の悲鳴と近くにいた仲間の叫びが同時に起こった。
女を助けようと、仲間が黒い粒子に手を伸ばし__
「うわあああっ! 」
瞬時に手首まで粒子に喰われ、腕を押さえてその場にうずくまる。
「アリアぁぁあっ! 」
男は腕を押さえながら、目に大粒の涙を溜めて、とぐろを巻いて唸る黒い粒子の集合体に向かって身を乗り出し、悲鳴にも近い叫び声を上げる。
轟々と唸る粒子はその中で女を削り上げながら、徐々にその勢いをひそめ、ついには女の悲鳴もかき消えて、サラリと小さな風音と共に女共々その場から消え失せた。
そのすぐ傍で嗚咽を漏らしながら男は頭を抱え、狂ったような叫びを天に向かって吠え、轟かせた。
「この野郎っ! 」
その男の様子を悲痛な面持ちで見つめた仲間のひとりが、その瞳に烈火の如く怒りをにじませてわたしに向き直り、早口で詠唱を始める。
それを皮切りに勇者軍からも、詠唱が立て続けに湧き起こり始めた。
いち早く詠唱を完成させた男が、憎しみに顔を歪めて蒼く光る魔弾をわたしに向かって打ち放つ。
魔弾は空を切って突き進み、わたしのすぐ目の前に迫った。
避ける事も出来た。だけどわたしは薄く笑ったまま、その場から動かない。
見計らったようにシュンッ、という風を切る音と共に目の前にサシャールが空間移動で現れ、腕を一振りしてその魔弾を払い落とす。
弾かれた魔弾は壁に直撃し、大きな爆音を響かせた。
「残念だけど、今回はここまでよ」
魔力を吸収し、己の力に還元したものの、
さすがにこの数の大軍を相手に出来るほどの余裕はない。
あの幹部どもさえ、前回はやられてしまった。
「神崎ミナト__またね。きっとまた、会いに行くわ」
そう言って、いまわたしの中にある限りの魔力を空間に圧縮する。
バチバチと音を立てながら黒い球体を形どったそれは、
ブワッと膨れ上がり瞬時に勇者軍を覆い尽くした。
「まずい、これはっ……! 」
外側から内側へ勇者軍を飲み込みながら急速に圧縮するその闇の中で、神崎ミナトがわたしに腕を差し伸べているのが見えた。
「玲奈……っ! 」
シュンッ
そして黒い球体は中央で完全に収縮し、勇者軍と共にその場から消え失せた。




