世界をまたいで君に
同時に、バリンッと何かが剥がれ落ちる音が聞こえ、ドーム状に作り上げられていた防壁がバラバラと音を立てて崩れ落ちた__。
その様子を見つめていた矢先、不意に目の前が暗くなり、足の力が抜けてその場にガクリと膝を付いたわたしを、ミナトが慌てて支える。
「玲奈っ! 」
寒気が酷い。
何度も聖剣で貫かれ、魔力を打ち消された、あの感覚を忘れることなど出来ない。
だけど、わたしの魔力と聖剣が融合したこの状態は、ひとつひとつの細胞が癌細胞に浸食されるように、目に見えない力にひたすら体力と魔力を奪われていく。
「玲奈。今ジャスパーが唱えている魔術は、恐らく禁術だ。あのジャスパーのことだ。きっと俺達は無事じゃ済まないだろう。だけどその前に君に伝えておきたいことがある」
禁術?
その言葉にはっとしてミナトを見上げると、こんな状況だというのに、優しさで満ちた色をその漆黒の瞳に宿して、わたしを見つめていた。
破れた防壁の隙間を目指し、魔族達が狂喜の叫びをあげて襲いかかる。
その中でミナトはそっと手を伸ばしてわたしの頬を撫でながら、静かに言葉を紡いだ。
「君が前世でしていたことを知っている。男達にしてきたことを。だけど全ては飾りつけられたものでしかなかった。だから思ったんだよ。君の嘘は、本当はそれを求めるからこそ、生まれたものなんじゃないのかって」
愛おしそうに目を細めてわたしを見つめるミナトの言葉に思わず目を見開く。
「強がらなくていい。飾らなくていい。試さなくていい。弱くてもいいんだ。俺は、本当の君の心を見せて欲しいんだ」
「ミナト……」
「俺のたったひとつの心を、君に捧げるよ。君の心は、俺が護るから」
ドーム状の防壁が頂から瓦礫のように崩れ落ちる中、ジャスパーを中心にドームの内側から眩い光が爆発する。傍にいたシエラを飲み込み、周囲の人間を飲み込んだ。
光はドームの外に溢れ、突撃しようとしていた魔族達をも飲み込み、魔族達は断末魔の悲鳴をあげてその姿を塵と化していく。
その騒音の中、ミナトの言葉が迷うことなく真っ直ぐにわたしの耳へ届いた。
「だから、最後まで一緒にいさせてくれ」
真っ直ぐにわたしを見つめる漆黒の瞳にとらわれながら、その言葉を聞いた瞬間、もやがかかっていた遠い記憶が蘇る。
前世で過ごした他愛もない、とある一夜の出来事。わたしを悲しげな瞳で見つめた男。
そして最後に告げたあの言葉が、やっと音を出して脳裏に届いた。
『最後までずっと一緒にいるよ』
ああ、そうだったわ。あの晩、隣にいたのはこの男だった。
柔らかな色を宿す瞳も、悲しげな色を宿した瞳も、あの晩と変わらずにここに在る。
わたしの心を手に入れたくて、護りたくて、そのためにわたしを殺すなんて、本当に愚かでバカな男。
言葉だけじゃ伝わらない。
気持ちだけじゃ伝わらない。
それは全てわたしが、他人を信じずに跳ね返してしまっていたから。だからミナトは、こうまでしてそれを伝えたがった。
あの夜のあなたの言葉を信じられていたのなら、こんなことにはならなかったのかしら。
けれど、その言葉は二度目の人生をやり直してやっと、わたしの胸に届いた。
「君を愛している」
漆黒の瞳が真っ直ぐにわたしを見つめていた。
その言葉は、疑うことなくわたしの心に染み込んだ。冷え切った身体の中に、温かなものが広がり、目の端から一筋の涙が頬を伝った。
やっと見つけた。
そう思った。
だからわたしは最後の力を振り絞って答える。
「わたしを護ってくれる? 」
ミナトの腕に抱かれ、小さく笑いながらそう言うと、ミナトは目を見開いてわたしを見つめたあと、大輪の花が咲いたような笑顔を見せた。
「もちろんだよ」
防壁の中を満たした眩い光は、見境なくその場にいた者達を飲み込みながら、防壁の外へと足を伸ばし、周囲にいた魔族やガイア達を塵と化して、更にわたし達へと迫り来る。
傍に控えていたサシャールがわたし達の前に立ち塞がり、障壁を張り巡らせるも、呆気なく光に飲み込まれ、断末魔の悲鳴をあげながら、その姿を消した。
「だから玲奈、俺を信じて」
短い言葉のあと、わたし達の唇が重なった。
少しだけ深く入り込んだミナトの咥内の熱さを感じる間もなく、ミナトの手がわたしの腹部に当てられる。
ミナトの手のひらに向かって、わたしの身体に溶け込んでいた七色の煌めきは急速に収束し、剣の柄を型どった光の塊が浮き上がる。それをミナトは力強く握り締め、勢い良く振り抜いた。
「んっ……!! 」
それはまるで、まるごと血肉が引き摺り出されるような感覚だった。
外へ引き抜かれた聖剣と共に、わたしの魔力も全て引っ張り出され、背中は引き摺られる聖剣と共にのけ反った。
あまりの衝撃に大きく目を見開けば、目の前にはそんなわたしを真っ直ぐに見つめるミナトの瞳があって、喉を突く悲鳴はミナトの唇で押さえ込まれた。
そうして全ての魔力を絡め取りながら、わたしの身体から引き抜かれた聖剣は、今まで見たこともないほどの大きさで、七色の煌めきと闇の色を共に纏いながら、その全貌を露にした。




