葛藤するものたち
無数の蝙蝠の群れが玉座の間を飛び交い、黒く染め上げる。
そんな中、空間を切り裂いて現れた門からは、勢いよく狼の群れが飛び出して唸り声を上げ、涎を垂れ流して牙を剥き出しにし、魔導士達目掛け勢いよく駆け出した。
もうひとつの門からは、人間の倍は身長のある巨躯の鬼が手に自分の体格と同じ大きさの棍棒を携え、門を跨いで次々とその姿を現す。
次々と現れる魔族の群れに場は騒然とし、魔導士達は戦慄した。
わたしとミナトを避けながら、背後から現れた魔族達は魔導士の大群へと突き進む。
「さあ行きなさい。皆殺しよ」
わたしの声は力が入らず、か細いものだった。
だけどその命令は魔族を統べる王として即座に彼らの魂に刻まれ、響き渡る。
その命令を受け、魔族達の瞳に宿る色が変わった。獲物を見定め、やるべきことを魂に刻む。
惨殺だ。
途端に宙を旋回していた無数の蝙蝠達の姿が紅いベールに包まれ、吸血鬼たちが攻撃態勢へとその姿を変えながら歓喜の叫びを上げ、一斉に魔導士達の大軍へと向かってその羽を羽ばたかせ、襲いかかった。
空中からは吸血鬼が、地上からは人狼と鬼人がその猛威を振るう。
黒いローブを身に纏った一塊の魔導士達が、ローラーにでも轢き潰されたように、端からその場を赤く染め上げる。
魔弾を撃ち込まれ、棍棒で薙ぎ払われ、人狼に切り裂かれ、血飛沫をあげながら肉片を食い散らかされるその様は、まさに地獄絵図だった。
「ジャスパー! このままじゃ! 」
「分かってる! 」
ジャスパーもシエラもさすが勇者の片腕として働いて来ただけあって、対応は早かった。
冷静さを欠かさず、周囲の状況を確認しながらもシエラは広範囲の防壁を張り、ジャスパーは攻撃魔術を放ち続ける。
だけどふたりの力だけでは、この場にいる者全員をカバーすることは到底不可能だ。
シエラの防壁に護られながら、魔導士達が周囲の魔族に魔弾を放ち対抗しようとするが、その圧倒的な戦力差にみるみるうちに仲間が減っていく。
このままでは、あっという間に全滅だ。
額に汗を滲ませながら、ジャスパーは飛び交う魔弾を弾いては避けながら、ぎりっと歯を噛み締めた。
ここまで来てタダで皆殺しにされてたまるか!
魔導士達の中央に移動し、広範囲の防壁を張って防御に徹するシエラを振り返り、ジャスパーは大声で叫ぶ。
「シエラ! 時間が要る! 全員に防壁を張らせろ! 」
「分かったわ! 任せて! 」
複数の魔術の同時発動は、熟練の魔導士でも難しい技だが、シエラならば防壁を張りながら思念伝達を飛ばすことは、さして難しいことではない。
直後にその場の全員に行き届いたシエラの思念伝達により、魔導士達は全員が詠唱を防壁へと切り替えた。
シエラが張る薄紅色の防壁の内側から、次々と薄く虹色に輝く防壁が生み出され、外へと押し出すように広がりながら、その強度を増していく。
既に何百といた大軍の半数以上は殺されてしまった。
だけどそうして同時に幾重にも張られた防壁は、完全に魔族達の攻撃を防ぎきる強度を作り上げた。
「ちっ、面倒だな。あいつらじゃ、ちょっと厳しいか」
「……時間の問題だろうが、全員弾かれているようだな。我々の出番であろう」
その様子を見たガイアが舌打ちをしながら、張られた防壁を睨み付け、腕組みをしながら仁王立ちをするロンザも、低く唸り声をあげた。
「行けロンザ、ガイア」
サシャールの命令でふたりは瞬時にその場から姿を消すと、魔導士達の張る防壁を挟み込むように姿を現した。
ふたりは防壁の前で爆発的な魔力を身に纏ってそれぞれの最終形態へと姿を変えると、両腕を突き出し、防壁を打ち破るべく魔弾を放ち始める。
どごん! どごん! と何度も大砲のような音を鳴り響かせながら放たれる魔弾は左右から防壁を襲い、その度に防壁は悲鳴をあげて震えた。
ドーム状の防壁の表面に幾重もの亀裂が入り始める。シエラは額に汗を流し、叫んだ。
「ジャスパー! 急いで! 」
魔術は高度なものになればなるほど、発動までの時間を要する。分かってはいても、焦らずにはいられない。
ミナトは敵となった。魔王のため、人間を全て敵に回して彼女の手を取った。もう後戻りは出来ない。
いつか、こうなると分かっていた。これがミナトの望んだ形だということも、シエラには痛いほど分かる。
止めたかった。だけど止められなかった。
唇を噛み締めるシエラの瞳から涙が溢れる。
何があってもあなたの傍にいたかった。最後まであなたと命を共にしたかった。あなたのために、この命を使いたかった。
だけどそれは簡単なことじゃなかった。自分には、ミナトのように全てを捨てる覚悟はなかったのだと思い知る。
今この時。シエラの中には、この場で魔王を必ず倒すのだという強い覚悟があった。
例えそれで……愛しい人を失うことになっても!
「シエラ……お別れだ」
ジャスパーの言葉にシエラはハッとする。ジャスパーの手の中には煌々と輝く魔力の煌めきが、今か今かと発動の時を待っていた。
「ジャスパー? 」
「俺はアリアの復讐をしたかった。俺達を裏切ったミナトが憎かったし、魔王を愛するなんて認められなかったからだ。だけどそれでもあいつは俺の親友なんだ。あいつが出来ねぇなら、俺達がやらなきゃダメだろ。それが勇者の仲間としての俺達の役目だ。だから、俺は俺の命を懸けて終わらせる」
その言葉の意味をシエラは瞬時に理解した。
ジャスパーはずっと葛藤していたのだと。アリアを殺された恨み、裏切られた悲しみ、その痛みに耐えながら、それでもミナトのことを想っていた。
魔王打倒は人間の長年の念願だ。ジャスパー自身もシエラと同じように死ぬほど傷ついて尚、ミナトのために覚悟したのだと。
ここで全てを終わらせることが出来れば、勇者としてのミナトの尊厳を失わせることなく、英雄伝として残すことが出来る。
それが仲間として、友として、最後に出来るわたし達の役目。
「いいわ。やって」
シエラもまた覚悟を決める。命を懸けて発動する魔術。それがどんなものか、知っていたから。




