狂気の狭間
「ああああああっ!! 」
「ミナトっ! 」
ビクビクと身体を痙攣させるミナトの腕からなんとか逃れようとする。
ミナトの身体を伝って、ジャスパーの放った魔弾が未だに勢いを落とさず、ミナトの背中を貫こうと襲いかかっているのが分かる。
「離しなさいっ! 」
痛いほどに抱き締められた腕はびくともせず、身動きが取れない。
顔を上げて睨み付け、悲鳴に近い叫び声を上げた。
「君を……護り……たいんだ! 」
グッと力を入れて背けた頭を戻し、わたしを見つめるミナトの目から一筋の鮮血が流れた。
目を見開いて真っ赤に染まった目を見つめ、息を飲む。
「いいから、離し……」
「君を! 俺が必ず……護ってみせる! 」
直後、ふっとミナトの意識が途切れてガクリと頭が落ち、わたしを抱き締める腕から力が抜けた。
「ミナトっ! 」
わたしにもたれ掛かったミナトを慌てて支えると、ミナトの身体をすり抜けた魔弾がわたしへと牙を剥き襲い掛かった。
思わず途切れた魔力を爆発的に再び身体に纏わせ、ミナトの身体をすり抜けてジャスパーの魔弾に立ち向かう。
「この……死に損ないっ! 」
くすぶる闇の炎から見える焼け焦げた手。
更にその奥から、にやりと笑ったジャスパーの顔が見えた気がした。
何に対して怒りが湧いたのか、不意打ちを食らったからか、ミナトが訳の分からないことを言いながら、わたしを庇ったからか。
全身から湧き上がる怒りは、ミナトに再会した時の憎しみを含んだ怒りとは、また別のものだった。
わたしの周りの大気が音を消して収束し、次の瞬間には地の底が突き上がるようなドンッという振動と共に、玉座の間全体に響き渡る音を立てて衝撃波となり、周囲の壁が圧力で割れてへこんだ。
紅い髪の毛はゆらゆらと上に向かって靡き、瞳は透き通って煌きを増す。
ジャスパーの魔力は未だにわたしに食らいつき、肉を食い裂こうと襲いかかっていたけれど、既になんとも感じない。
蒼い炎の中に身を置きながら、ジャスパーに向けて差し伸ばした手のひらの中には、ほんの一握りほどの小さな黒い球があった。
音もなく、唸りもせず、静かに手のひらに収まるそれ。
「塵になりなさい」
言葉と共に手のひらを離れたそれは、無音で空を切り、くすぶる闇の中へと瞬間移動した。
直後__
周りの大気を吸い込むように、その中心目がけて闇の魔力も、蒼い魔力も全て渦を巻きながら急速に呑み込まれる。
その中央にいたジャスパーもまた、悲鳴を上げる間もなく、身体を幾重にも捻り、血潮を吹き上げながら、細々に分裂した肉片となって吸い込まれた。
それはさながら、全てを飲み込むブラックホールのようだった。
最後に黒い渦を巻いて小さく収束したそれは、パァン……と音を立て弾けた黒い粒子が風に乗って舞いながら空へと消え去る。
風に乗って流れる黒い粒子がわたしの身体を掠め、柔らかなその風を肌に感じながら、やっと落ち着いた気持ちに小さくため息を漏らし、ゆっくりと前へ差し伸ばした腕を下ろした時だった。
「魔王様っ! 」
サシャール達の叫び声が聞こえた。
三人が一様に声を揃え、叫ぶ。
その声に反応して振り返れば、いつの間に拘束が解けたのか、最終形態に変化したサシャール達が鬼のような形相をして飛び出す所だった。
だけど彼らの視線は、わたしではなく、少しズレた場所に向けられている。
彼らの姿から、その視線の先に目を向けるほんのコンマ数秒。
ズシャッ……
「くはっ……」
身体を突き抜ける衝撃に、一瞬息が止まる。
見事に身体の中心を貫いたソレを握り締め、わたしの胸の中にこてりと頭を落とすと、栗毛色の長い髪の毛がさらりと肩から零れ落ちた。
「あ、なた……」
「こんなこと、出来ないとでも思った? 」
身体の中央から燃えるような熱が、身を溶かすように広がっていく。
その熱を追うように、じりじりと聖なる力が魔力を貪り、消失させる感覚に顔を歪ませる。
肉ごと虫にでも食い潰されているようで、悲鳴を上げそうになるのを必死に堪えた。
「あなた……邪魔なの」
ポツリと呟くシエラの肩を掴み、押し戻そうとした。
だけど、シエラの身体が爆発的に煌めく薄桃色のオーラに包まれる。
そのオーラがわたしの手を弾き、刺し込まれた聖剣へと流れ出る。
「そんなに……ミナトが欲しいの」
シエラの背後数メートルの場所には、宙を蹴り上げ、その爪と牙を剥き出しにしたロンザが飛びかかる姿が映る。
「そうよ。あなたとなんか一緒にさせない。それならまだ、ここで一緒に死んだ方がマシよ」
シエラがミナトに想いを寄せていることは知っていた。
自分を殺した殺人鬼に想いを寄せる女がいること自体、信じられない思いだったけれど、シエラの想いはこれほどのものだったのかと驚愕する。
「一緒にさせたくない」「誰かに取られたくない」
愛すればこその、独占欲と嫉妬。
その想いひとつで、他人を殺せることが出来るなんて。
__バカなんじゃないの。
ここまで来ると、そう簡単に嘲笑えない。
それほどまでの狂気が彼女から感じられ、それと同時に、誰かと似ていると思った。
直後、わたしを貫く聖剣が煌々と強い発光を纏い、強化されたのが分かった。
まずい……
お腹の痛みを必死に堪えながら、歯を食い縛り、刺し込まれた聖剣を震える両手でグッと握り締めれば、刃先が指に食い込んで鮮血が流れ落ちた。
身の内から魔力を食われているのは、変わらない。
だけど、わたしの魔力も以前と比べてだいぶ強化された。
そう易々と、刺されたくらいで簡単にはなくならない。
まだ、十分に魔力は残っている。
シエラの込めた魔力に反発し、残りの魔力を聖剣の周りに集中させる。
聖剣を纏う薄桃色の光と、わたしの闇色の魔力が身体の中で拮抗し、反発し合う。
聖剣の内側から今にも外に出ようと足掻くシエラの魔力と、させるものかと押し留めるわたしの魔力。
「んっ……」
その抵抗力にシエラは顔を歪め、歯を食い縛った。
抵抗しながらも身を貫く聖剣は魔力を絶え間なく削り取り、腹部の痛みは増して額からは汗が伝い落ち、口から血が流れ出る。
長いように感じたその魔力の拮抗は、わたしがごほっとむせ込み、血を吐き出した瞬間に決した。
その一瞬の隙を逃さず、シエラは全力で魔力を注ぎ込み、次の瞬間、聖剣がわたしの中で弾けた。
「なっ……!? 」
小さな衝撃をもって、キラキラと煌めく七色の粒子がわたしの身体の中から零れ、その原型を崩しながらも、シエラはかろうじて残る聖剣の柄を握り締め、力一杯振り上げた。
シエラの腕の動きに合わせて、七色の煌めきを纏った聖剣はまるで豆腐でも切るように、わたしの身体を腹から頭にかけて、易々と縦に斬り裂き、そのなんとも言えぬ肉体の感覚に小さな声が漏れる。
「あ……」
左右にズレた視界の中で、襲いかかったロンザの爪がシエラを引き裂き、その身体が斜めにズレて、彼女の左右を挟んだサシャールとガイアの魔弾が同時に放たれ、どごんっという鈍い音と共にシエラの身体は肉片と化し、木っ端微塵と吹き飛んだのが見えた。
「れ……い、な……」
身体を支える力もなく、重力に引きずられ崩れ落ちる身体を、遠のく意識の中でどこか他人事のように感じながら、小さく聞こえた声に耳を傾けた。
振り返ることは出来ない。
だけど、きっとまた泣いているんでしょう。
せっかく守ってくれたのに、悪いわね。
最後にそんなことを思いながら、斬り裂かれたわたしの身体は黒い塵となって霧散した。




