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奇襲

 大広間の一面を銀色の甲冑が埋め尽くす。

 その最前線に甲冑を纏わない人間が数人横一列に並び立ち、わたしを遠目に捉えた。


 長いローブを身に纏った者、斧を掲げた筋肉隆々の者とその容姿は様々だが、その中でも中央に立つ男からは、どことなく異質な力を感じる。


 他の者達とは違い、動きを妨げる物を一切排除したかのような、洗礼された作りのその甲冑は、他の物とは光沢を逸し、その性質も機能性も段違いの物だった。


 そして何よりも、彼が携える一見シンプルな作りのその剣が、魔力を打ち消し、聖なる力を以て魔王を殲滅させる為に存在する伝説の聖剣であり、その剣自体が魔界に侵入した事により、周囲に満ちる魔力に反発して、静かに大気を震わせていた。


 その剣を目に留めた瞬間、背筋に虫が這いあがったかのような感覚が襲う。


 なぜ、そんな感覚を覚えたのか、自分でも分からなかった。


 だけど、直感的に()()()()()()と感じて思わず身体が強張り、座っていた腰を奥に引いて身構えた。


 そんなわたしの前で、最前線に並び立つ者達は、狼男が大声で叫んだ事を気にも留めない様子で軽口を叩き始め、緊迫するその空間に彼らの会話は良く響き耳に届いた。


「あれ見てよ。間に合わなかったみたいだよ」


「誕生前に”生誕の間”を壊す計画だったのにね」


「まだ誕生したばかりと見える。魔力が安定していないようだ」


「じゃあ、やるなら今のうちってことだね」


「そういうことだ。行くぞっ!」


 真ん中にいた男が叫ぶように発した号令を合図にして、次々と魔法の詠唱が早口で始まり出す。


 あの大軍全体から響いてくる詠唱は幾重になって共鳴し、まるで目に見えない巨大な生き物がうごめいているように、低く大広間全体に響き渡り、大気を震わせ、鼓膜を通して頭の中にガンガンと鳴り響く。


「障壁をっ……!!」


 現状に置いてけぼりにされているわたしの前で、背中に巨大な羽を生やしたサシャールが叫んだ。


 異形のものたちは一斉に両腕を前に突き出し、薄紫色の膜のような障壁がみるみるうちに一面に広がり、最後に異形の者達を境に、パシンッと高い音を立てて空間に固定された。


「ちょ、ちょ、ちょっと……」


 完全に状況に置いてけぼりを食らって慌てるわたしの前で、詠唱を行っていた大軍からぽつり、ぽつり、と光の玉が現れ、真冬のイルミネーションの点灯式のように、ぶわりと一斉に光が広がって大軍を覆う。


 まるで大軍の上に光の雲が広がっているようだった。


 この膜みたいなのってあれを防御する為のモノなの?


 も、もしかしてあれって全部こっちに飛んでくるんじゃ……


「やれーーっ!!」


 腹の底から力一杯叫んだ男の声が耳をつんざき、同時に光の塊が弧を描いて動き始め、徐々にこちらに向かって近づいて来る。


 流星の如く襲いかかる無数の光の玉が視界一杯を埋め尽くし、わたしは逃げ場もなく、ただただ目を見開き身体を強張らせることしか出来ない。


 ゆっくりと距離を詰めながら目前まで迫った無数の光の玉は、その発光をさらに増して障壁へと襲い掛かった。


「きゃああっ!!」


 着弾すると同時に凄まじい衝撃音が立て続けに鳴り響き、障壁がビリビリと振動しながら悲鳴をあげ、その衝撃に異形の者達は思わず顔を歪めて、押されるように一歩後退る。


「魔王様っ!!」


 周囲の大気を震わせるほどの爆音に思わず椅子の上で身を屈め、頭を抱えたわたしに、異形の者達が振り返り、叫んだ。


「必ず我らがお護り致しますっ!」

「ご心配なさらず!」


 爆音は、鳴り止まない。


 まるで戦車の砲弾のように、次から次へとあちこちに光がぶつかり、爆音は間髪置かずに鳴り続け、そのたびにビリビリと障壁が震えて、空砲でも浴びせられているかのような衝撃が次々とわたしの身体を襲った。


 その轟音の中で、彼らが懸命にわたしに向かって何かを叫んでいたけど、声はほとんど耳には届かない。


 どれくらいそんな状態が続いたのか、ほんの1分……もしかしたら10分……

 短いようで長い、そんな時間の中で、ピシッという何かがひび割れるような音がした。


「……っく! 量が多すぎる!」


 ピシッ、ピシッ


「あいつら、全員魔法使えるってか!?」


「生意気なことをっ!」


 ピシッ、ピシッ


「これでは……もたないぞっ!」


 力一杯耳を押さえても聞こえて来る、いつまでも鳴り止まない衝撃音、目をつぶっても瞼の裏に感じる光、わたしの身体は壊れたようにガタガタと震え、収まりが効かない。


 __一体なぜ、わたしがこんな目に合わなきゃならないの?


「来るぞっ! 魔王様をお護りせよっ!」


 その声を合図にガラスが割れるような、一際甲高い音が鳴り響く。


 途端に、今まで聞こえていたくぐもった衝撃音が突然クリアになって、空気を切る音が近付き、わたしのすぐ近くで着弾して轟音を轟かせ爆風を巻き起こした。


「きゃあああああっ!! いやあああああっ!!」


 爆風に煽られ、髪の毛がバタバタとなびき、パチパチと身体に割れた床の破片が当たる。 


 轟々と唸る風の音の中で、遠くから怒鳴り声が聞こえた。


「今だっ! かかれーーーーっ!!」


 うおおおおおおおおおっ!!


 大群が鬨の声を上げて、大海原の波のように押し寄せてくる。


 大群の足音が、怒声が、徐々に近付いて来るのがわかる。


 恐怖で涙が止まらなかった。

 いやあああああっ!!

 両手で耳を押さえ、何度も何度も声が枯れそうになるまで、叫び続けた。


 あちこちで爆音が鳴り、時にはガキンッ!という金属音が聞こえ、わたしの周りにたくさん人がいる事だけは肌で感じ取れた。


「ここは、わたしがっ! あなたは魔王をっ! 行って!」


「っく! 魔王様っ、お逃げ下さいっ!」


「おまえの相手はわたしよっ!」


 剣戟や爆音の中でそんなやり取りが耳に入る。


 だけど逃げる余裕などあるはずもなく、身体を震わせながら椅子の上で身を縮めることしか出来ない。


 いつ自分がいるこの場所に着弾し、身体が吹き飛ばされるか、分からない。


 けれども目と鼻の先に着弾する数々の光の玉が、すべて間一髪でこの場所から反れていた事にわたしは気が付かなかった。


 時折巻き起こる突風に何度も煽られ、喊声の渦の中、鳴り響く爆音や剣戟の音を延々と聞きながら、わたしはひたすら椅子の上で膝を抱えてうずくまり、耳を押さえて泣き叫び続け、恐怖に耐え忍んだ。


 __一体どれほどの間そうやっていたのか。


 ふと気が付くと辺りから喊声も爆音も聞こえなくなり、静けさを取り戻していた。


 そっと顔を上げて周りを視線だけで見渡すと、床はもうどこも原型を留めておらず、被弾して飛び散り、デコボコと隆起して床や壁のあちこちに、えぐるような大きな穴を開け、大広間全体は見る影も無くなっていた。


 その中でただひとつ、空間を切り取ったかのように、わたしがいるこの椅子の周囲だけが、無傷という異様な光景を作り出している。


 それがもしかしたら、あの異形の者達が最後までわたしを守り抜いてくれたおかげなのかと思うと、胸が酷く締め付けられて、痛みに耐えるように歯を食いしばると、口惜しさと感謝の気持ちと哀しみが入り混じり、再び止まった涙が頬を伝った。


 そうやって顔を伏せて声を押し殺し、涙を流すわたしの耳にコツン、コツン、と床を踏みならす音が響いて届く。


 その音が正面に来て止まり、代わりにチャキン、と金属音が頭の上で鳴った。


 涙でぐしゃぐしゃになった顔をそっと上げて見ると、そこには銀色に光る剣先があった。


 恐怖や胸の痛みでごちゃごちゃになって麻痺する頭で、その剣先を目を細めて見つめる。


 __また、刃先、向けられちゃった。


「おまえが魔王か」


 その剣は今にもわたしに襲いかからんと空気を震わせながら、唸っているようだった。刃先を微塵も動かさずに、男は問いかける。


 わたしはカチカチと奥歯が鳴るその顎にグッと力を込めて、大きく生唾を呑み込み、ひとつ深呼吸を置いて、口を開く。


「分からないわ」


「誕生して間もないのだったな。悪いが、世のため人のためにここで死んでくれ」


 __世のため、人のため。


 ふっ……


 思いもよらぬ言葉に、自嘲の笑みが浮かぶ。


 またこの言葉を死に際に聞く事になるなんて。


 決して良い思い出ではないのに、こんな状況で聞かされたその言葉に笑いが込み上げて、頬の力が緩んだ。


「あなたまで、あいつと同じことを言うのね」


「なに? 」


「前にわたしを殺した男も、あんたと同じことを言いながら、わたしを刺した」


「………夜の、裏道で、か?」


「そう、夜の裏道……で」


 突然、目の前の剣先がカタカタと小さく震え始め、男がふらつくように後ろへ一歩後退る。


 その態度にわたしは眉を寄せた。


 ___なに?


 てゆーか、なぜそのことを知ってるの、この人。


 会話に違和感を覚え、剣先から少しだけ視線をずらして男の顔を恐る恐る覗いて見る。だけど、知らない顔だった。


 男は血の気を失ったように顔を青ざめ、左右に首を振りながら、その目を大きく見開いて、小さく震える唇を開いた。


「おまえ……もしかして、生前の名前って……」


 生前の名前?

 疑問を浮かべ首を傾げながらも、自分の名前を口にする。


「吉野玲奈よ、あなたわたしのこと知ってるの?」

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