堕落の先にあるもの
娼館街ヘルティアナ。
この町では奴隷制度が適応され、身売りされた幼子から、生涯この街から抜け出せずに性病を抱えながらも歳を重ね、花も散り終えた女性まで、実に多くの女達が生き抜くために、己の花を金銭と引き換えに差し出していた。
多くの花からその甘い蜜を求めて男達が寄り集まる、その花街の一角。
眉目秀麗の系統であるサシャールの眷属、吸血鬼を従えて人間どもの中へと紛れ込み、わたし達は何くわぬ顔で娼館を営み始めた。
受付カウンターには吸血鬼を置き、魔導士が来たら優先的にわたしに回すように言ってある。
店の人気も上がり、噂を聞きつけた魔導士達がこの店を訪れる事も増えて、何度も生気を吸って加減を覚えたわたしは、今では塵と化す一歩手前でやめる事が出来るようになった。
腹心である3人も違った意味で人間を喰らいたい本能を源に、単身の冒険者やならず者など足の付かない獲物を見定めては、別室で美味しく頂いている。
この世界にも男色というのは多くいて、幻覚作用のある術を己の身にかけながらカウンターに立たせたサシャールを、舐めるような目つきで見つめた男が彼を指名した事が始まりだった。
サシャールは儚げな美しさを持ち合わせた見目麗しい顔立ちだし、ガイアはツノを隠せば快活で目鼻立ちのしっかりした男らしい端正な顔立ちで、ロンザは少し年配だけどその身から溢れる獰猛とした雰囲気と、どっしりと構えた大人の余裕が一部のマニアックな男どもの中ではひっそりと人気を出し、今では彼らを目当てに店に並ぶ客も多くいる。
一体彼らを求めた男色家がどんな末路を辿っているのか、わたしは知らないし知りたいとも思わないけれど。
その一室で今日も、わたしは男を招き入れる。
まだあどけなさの残る、童顔の可愛らしい青年だった。
でもこの男もまた、あの日攻め入って来た大軍の中に居たひとり。
部屋に通されわたしを見たその男は、軽く目を見開いて顔を真っ赤に染め上げると、口を抑えて横に逸らしてしまった。
「なぜ、顔を背けるのかしら。わたしがお気に召さなかった?」
ベッドから立ち上がり、ゆっくりと男に歩み寄る。
わたしの容姿は転生してまるで別物に変わってしまった。
艶やかな紅い髪は、腰丈ほどまであり、その瞳もルビーのように紅くて、瞳の色だけは色を変えて見せているけれど、その身体つきは男の理性を軽く吹き飛ばすだけの豊潤な色香を伴うものだった。
黒色の透けた下着だけを身につけて、その肌の白さを際立てながら、男に誘うような視線を流せば、むしゃぶりつくように飛びかかって来る男も沢山いた中で、この青年の態度は初々しくて心をくすぐるものがある。
そっと青年に近づいて、その首筋に手を伸ばすと、ぴくり、と小さく震えて反応した。
顔を背けたまま、青年はさらに顔を赤らめて、わたしの言葉に首を振る。
「そんなことは……ただ、あまりにもお綺麗な方で、その……」
首筋から指に伝わる脈が、とくとくと速さを増して、こちらにまで緊張が伝わってくるようだった。
「とても嬉しいわ。ねえ、こっちを見てくれない?」
そう優しく声をかけると、緊張に耐えるように口を結び、ゆっくりと首を動かして、熱を帯びて潤んだその瞳でわたしを見つめた。
「わたしは今、貴方だけのものよ」
顔を引き寄せ、耳元でくすぐるようにそう言って、そっと青年の唇を塞ぐ。
青年の肩が小さく跳ねて、身体が強張り、その強張りを解くように背中に腕を回して身体を密着させ、体温を感じさせながら、ゆっくりと優しくキスを落とす。
なされるがままにキスを重ねたその青年は、次第にわたしの腰に腕を回し、背中がしなるほど力を込めて抱き寄せると、熱い吐息を漏らしながらわたしの唇を押し開けた。
躊躇いがちにもぐり込んだその舌先を絡め取り、わたしからも求めるように青年の咥内を弄ると、堰を切ったように激しくわたしの中をかき乱し始め、熱い吐息を交わしながらその荒々しい口づけに応じると、青年はわたしを腕の中に抱え上げてそっとベッドへ下ろし、わたしを包み込むように覆いかぶさった。
慣れない手つきでわたしを愛でる青年に応じながら、気付かれないように少しずつ、生気を吸い取っていく。
やはり魔力持ちの人間から吸い取れる量は他の人間とは段違いだった。
生まれながらにして魔力を体内に保有する魔導士は、簡単に塵にはならず、吸い上げるたびに身体に心地良い魔力が満ちて気持ちを高揚させる。
その悦びに打ち震え、熱にほだされるよう互いを求め合い、濡れた口づけを交わして互いの体温を肌に感じ、艶かしい声を上げながら青年を求め、何度もその唇から生気を吸い出して、その甘い快楽の中に溺れながら、ついに青年は意識を手放し、わたしの首元に項垂れるように首を落とした時だった。
キーンという甲高い異質な音が頭に響き渡り、思わず顔を顰める。
「なに?」
なんとも言われぬ異質な魔力が娼館に満ちている事に、その時やっと気が付いた。
異常な気配に胸が騒ぎ、急いで覆いかぶさるようにして意識を失った男の身体をよけようとしたけど、身体はピクリとも動かず、わたしは愕然とする。
「え……」
声は出るものの、指一本すら動かせない。
奥の部屋からも吸血鬼たちの悲鳴が聞こえ、娼館は騒然とした空気に包まれる。
「これは、拘束魔術だわ……」
なんとか拘束を弾き切ろうともがいてみても、びくともしない。
「サシャールっ! 」
慌てて魔力の繋がりを感知しつつ呼び求めても反応がない。
「ガイアっ、ロンザ! 」
立て続けに彼らの名前を呼んでも誰も姿を現さず、ドアを隔てた向こう側で何度も悲鳴が重なって響き渡った。
空気に溶け込むようにして場を覆う魔力の波動。おそらくこの娼館事態に拘束が仕掛けられ、誰も身動きが取れないでいる。
再び身動ぎをしようと試みてみるも、身体は微動だにひとつ出来ない。
わたしは唇に歯を立てて噛み締める。
いつの間にこんな大掛かりな魔術を仕掛けられたのか。
一体誰が。
それにわたしの力で跳ね返せないというのなら、それはつまり、この魔術を行使した何者かの力の方がわたしよりも上ということになる。
まずい……
そう思った時だった。
扉の奥から人の話し声が微かに聞こえ、思わず息をひそめると、ガチャリ……ドアのノブが金属音を鳴らして回り、ドアが押し開かれる。
見覚えのある剣を携えて、そこに姿を現したのは__
「神崎……ミナト……」
わたしを刺殺した、あの男だった。