クラス委員長
「あの、勇樹くん? ちょっといいかな?」
六限目まで終わったので、残るはホームルームだけ。
そんな状況で、少し気を抜いたところに、クラスメイトの一人が声を掛けて来た。
「あ、ああ」
クラスメイトの顔だけしか知らないという状態の僕でも、そのクラスメイトの名前は知っていた。
うちのクラスのクラス委員長で、確か、青谷幹也とか言ったはずだ。
何しろ、自分からクラス委員長に立候補したので、印象に強く残っていた。
普通高校二年ともなると、受験を控えて、雑用の多いクラス委員などやりたがらないものだが、彼は「内申に有利なので」という理由を堂々と述べて、立候補したのだ。
しかし、生徒会とかならともかく、クラス委員長程度では、それほど受験に有利にはならない気がするのだけど、いろいろな考え方があるなぁ。と、そのときの僕は思ったものだ。
「あのさ、勇樹くん、五限目と六限目欠席だったよね。何があったのかな? 先生も出席を取るときに気にしてたし」
なるほど。
クラス委員長として、欠席の理由を聞きに来たようだ。
そりゃあそうだよな。
この進学校で、授業を堂々とサボってホームルームの前に戻って来る生徒なんて、滅多にいないだろう。
荒れている高校なんかだと、普通なのかもしれないが。
まぁそれも、僕の想像に過ぎない。
ええっと、どうしたもんかな?
「あのさ……ちょっと言いにくいんだけど」
僕に嘘を上手につく能力はないので、化け物の部分を除いた本当のことを話すことにした。
「あ、大丈夫。プライベートなことは他言しないよ。ただ、担任の先生に報告するのは許して欲しい」
「ああうん」
こいつ、真面目だな。
「実は、昼休みにさ、ずぶ濡れの一年の女子に遭遇して。どうもいじめみたいでさ」
「なんだって、うちの学校でいじめ?」
そうだよな、驚くよな。
わりと校則も厳しめで、学業優先な校風だし、余計なことにエネルギーを使っている暇があったら勉強しろよ、みたいな雰囲気がある学校だ。
いじめなんて存在しないと、僕も思っていたよ。
「ああ、話を遮って悪かった。続けてくれ」
「あ、うん。それで、その女子生徒を家まで送って行ったんだ。そのまま学校にいたくないって言うんで」
「そうなのか。意外だな。……いや、そうでもないか。俺は勇樹くんについて何も知らないし、決めつけはよくない」
「お、おう」
「でも、そういう場合は、その子の担任の先生に任せるべきだったんじゃないかな? あ、もしかして先生も、その、いじめに加わっていたとか言わないよな?」
常識的なことを言ったそのすぐ後に、なかなかぶっとんだことを言い出した。
ここ私立だろ? そんな馬鹿な先生いるのかよ。
「そこまでは聞いてないけど。本人が帰りたいと言ってたし、服も濡れたままで学校にいさせるのもちょっとな」
「あーうん、そうだな。現場にいなかったのに、偉そうに言ってしまって悪かった」
「いや、いいんだ。実は僕は、そのときには担任の先生のことは思い浮かばなかったんだ」
それどころじゃなかったからな。
「いや、勇樹くんはさ、いいことしたと思うよ。その、普通はさ、そういうのって関わり合いたくないだろ? かっこいいよ」
「は?」
「いや、ほら、君、二年からの編入じゃないか」
お、知ってたのか。
そりゃあそうか、委員長だしな。
などと、根拠のないことを考えて納得する。
「すっごい秀才で、クラスメイトと馴染まないのも、そのせいかと思ってた。ほかのみんなが馬鹿に見えるとか」
「なんだそれ。そんな奴実在しないだろ」
アニメかなんかの嫌われキャラじゃあるまいし。
そんな極端な思考の奴がいたら、浮きまくりだ。
あ、そうか、僕って、周りから、そんな嫌味なキャラと思われていたのか?
なんか、地味にショックだ。
僕の答えに、委員長は噴き出した。
「確かにね。案ずるより産むが易し。やっぱり実際に話してみるもんだな。……あ、そうだ」
「うん?」
「五限目と六限目の授業のノート、貸そうか?」
うわっ、なんだこいつ。
こいつのほうがいい奴すぎないか?
「それは、助かるけど」
「じゃ、決まりな。明日返してくれればいいから」
「おう」
「ちょっと、幹也。何してるの?」
そんな風に、委員長との実りある交流をしていると、突然、女の子が割って入って来た。
あ、この娘、副委員長だ。
ええっと、確か……百姫だったよな。
珍しい名前だったんでそれだけは覚えていた。
下の名前は出て来ないけど。
「ちょっと勇樹くんと話していただけだよ。香夜、今のはちょっと失礼だったぞ」
「う、悪かった」
なるほど、カヤという名前だったか。
しかし、普通男子は女子を名前呼びとかしないものだが、この二人、付き合っているのかな?
「もうすぐホームルームだから、席についてないと、クラス委員なんだしって言いたかっただけ」
「あ、そうだな。悪い、勇樹くん。ノートは放課後でいいか?」
「ああ、全然かまわない」
そう言って、委員長は副委員長に引っ張られるように、自分の席へと戻ったのだった。
なんだかんだ言って、初めてクラスメイトと普通に会話したような気がする。
そんな風に、気を抜いたのもつかの間、ホームルームで担任の告げた注意事項に、再び、不安と疑惑が呼び起こされることになったのだった。




