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化け物との決着

 蛍光色の巨大なイソギンチャクは、半透明で、内部の様子を見ることが出来た。

 そこには、今まさに、さかさまに突っ込まれた、さきほどのいじめっ子のリーダーが見える。

 目が合った。と、思った次の瞬間に、その身体はボロボロと崩れ、溶けてしまった。

 僕は思わず胃の中のものを戻しそうになったが、襲い来る触手を避けることに集中することで、なんとか、意識を切り替える。


 さきほど、化け物のなかに突っ込んだモップの柄は、ほとんど溶けてしまっていた。

 もはや武器として意味を成さない。

 噴き出していた体液らしきものも、すでに収まって、傷口も、見えなくなっていた。


「いやあぁああぁあっ!」


 そんななか、背後から悲鳴が響いた。

 化け物に隙を見せる訳にもいかないので、僕は大きく下がることで、入り口側を視界に入れる。


 すると、あのいじめられていた眼鏡っ子が、触手に絡みつかれていた。


「そこの、排水パイプに捕まれ!」


 咄嗟に叫ぶ。

 入り口近くの洗面台の下には太い排水パイプがある。

 ドアよりも、頑丈なはずだ。


 いじめられていた眼鏡っ子は、僕に返事を返す余裕もないのだろう。

 ひとことも発しないまま、必死にその指示に従った。

 触手と、いじめられていた眼鏡っ子の力が拮抗する。


 だけど、あの状態からそう長くは持たないだろうし、僕は僕で、別の触手から絶え間ない攻撃を受けていた。

 今現在僕が無事なのは、トイレの個室に挟まれた空間がせまく、触手は少し太いので、思うようにその力を振るえないためだと、思われる。


 何か、何か武器は?

 僕は役に立たなくなったモップの残骸を触手に突き刺すように叩きつけた。

 だが、触手は本体と違って硬く、モップの残骸は、ただ跳ね返えされただけだ。


 カラカラン……と、響く音に、触手が反応して向かう。

 そうか、こいつ音に反応してるのか。

 もっと早くわかってたら、対処方法もあっただろうに。


 思わす視線を向けたモップの行方に、一つの容器が転がっているのが見えた。

 灯油なんかを入れるポリ容器よりもずっと小さいが、二リットルのペットボトルよりも大きい。

 ラベルには、トイレ洗浄液の原液と書かれていた。


 原液ということは薄めて使うものだろう。

 そしてトイレ洗浄液は、特別強力な薬液を使っていると聞いたことがある。


 もしかすると、この化け物に効果があるかもしれない。

 僕は、千載一遇のチャンスに賭けて、暴れまわる触手の間を音を立てないようにすり抜け、その洗浄液の容器を掴む。

 ずっしりと重く、まだ内容量は十分入ってる感じだ。


 僕は焦る内心を抑えつけ、キャップを外し、あの、イソギンチャクのような本体のある、掃除用具入れへと近づいた。


 緊張のあまり、震える手から、外したキャップが落ちる。

 カラカラカラ……と、本来なら小さい、しかし、今やドラの響きさながらに大きく聞こえる音が反響した。


 いじめられていた眼鏡っ子を引っ張るのに躍起になっている触手以外の、全ての触手が激しくうごめき出す。


「これでも食らえっ!」


 そのときの僕の頭のなかは真っ白だった。

 もはや、やけくそだったに違いない。

 叫びながら、トイレ用洗浄液の原液を、イソギンチャクの化け物めがけて投擲した。

 ばしゃっと、一部の液はこぼれたものの、僕の思惑は外れて、中身が化け物全体に降り注ぐ結果にはならない。


 終わったと思った僕だったが、イソギンチャクの化け物は、自分に衝撃を与えて、大きな音を立てた、洗浄液の容器を、触手で掴み、呑み込んでしまった。


 化け物の体内で容器が溶かされ、中身の液体と化け物の体液が触れあったのだろう。

 爆発するように黄色っぽい紫の煙が上がった。


「キシャアアアアアアッ!」


 化け物の声というか、何かの器官が発する音なのか、すさまじい音が響く。

 尚も上がる煙はまがまがしく。

 いかにも危険そうだった。


「大丈夫?」


 僕はまだ排水管にしがみついているいじめられていた眼鏡っ子に声をかける。

 彼女は、茫然と僕を見ていた。

 無理もないとは思うが、今、危険な煙が充満しようとしている。


「ごめん!」


 それだけ言うと、僕は彼女を抱え込む。


「きゃあ!」


 幸いなことに、その僕の行動に驚いたのか、排水管から手を離した彼女を、そのまま抱え上げて、脱出した。

 そのまま、階段を駆け上がる。

 上は、僕の学年の教室がある階だが、すでに授業が始まってしまったのか、シーンと静まり返っていた。

 まるで、二人だけが違う世界に放り込まれたような、強烈な恐怖に、一度は忘れていた吐き気が込み上げる。


「ちょっと、ごめん」


 僕は、抱えていた眼鏡っ子女子を廊下に下ろし、窓に駆け寄ると、そこから吐いた。

 この下に教室はないし、花壇になっているだけだから、誰にも迷惑は掛からないはずだ。


 背中にあたたかい感触を感じて、振り返る。

 いじめられていた眼鏡っ子女子が、黙って背中をさすってくれていた。


「あの……」


 彼女は、少しためらった後に、言葉を発した。


「ありがとう」


 あんなことの後なのに、きれいな声だなと思えた。

 そして、そんな自分になんだか安心した。


「いや、うん。無事でよかった……」


 二人共、化け物に食われた三人の女子については口にしない。

 今はとても、彼女達のことを考えることは出来なかった。

 ふと見ると、僕の手は細かく震えている。


「情けないな……」

「そんなこと、ない。……先輩は……」


 いじめられていた眼鏡っ子女子はそう言ってまた黙った。

 

「あのさ、どこか落ち着ける場所知らない?」


 とても教室に戻る気持ちになれなかった僕だけど、情けないことに学校のどこに行けば、今体験したことを受け止められる状態になれるのかわからない。

 この学校に不案内だし、どこに行くのも恐ろしい気持ちがあった。


「こっち」


 いじめられていた眼鏡っ子女子が僕の手を取る。

 なぜだか、そのあたたかさにほっとした。

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