帰宅と謝罪
ホームルームのために教室に入って来た担任は、ひどく硬い表情をしていた。
そして、重々しい口調で話を始める。
「大切な注意事項がある。よく聞いて欲しい」
クラスのみんなは不思議そうだったけど、僕はドキリとした。
大々的に、あの化け物が発見されたのかと、思ったのだ。
「本日、何者かが校内に侵入して、東校舎一階の玄関付近と、二階の女子トイレにて破壊行為を行ったようだ」
ザワザワと、一気にクラスが騒がしくなる。
両方の現場を知っている僕は、自分の心臓が激しく鼓動を打つのを聞いていた。
「現在、警察にも連絡して、校内を調査中だが、まだ不審者の発見には至っていない。そこで、念の為に、本日は急遽、部活動等を取り止め、全校生徒を下校させることになった」
えーっという声は、部活に熱心な生徒だろうか?
半分ぐらいの生徒は、逆に喜んでいるようだ。
女子生徒の「こわーい」という声も漏れ聞こえた。
僕は、この不審者騒動の原因を知っているので、学校側の措置自体には、ホッとする気持ちがある。
もしあの化け物がまた現れたら、たくさんの人が危険にさらされるだろうからだ。
生徒が全員下校するのなら、少なくとも、生徒に関しては安心出来る。
それに、担任は警察に連絡してあると言っていたので、詳しい調査が行われるだろう。
そうすれば、僕たちの身に降り掛かった出来事が、現実だったのか、何かおかしな幻想を見ていたのか、はっきりするはずだ。
少なからず、僕は、事件の主導権が大人に移ったことに安心した。
「不審者を発見しても、自分達でどうにかしようとは思わないように。もよりの教師か、警察に連絡するようにしてください」
「はーい」
生徒たちは口々に返事をする。
このクラスの担任は、普段はホームルームに軽い冗談を言ったりして、生徒に親しみを持たれている教師なので、そのノリで、ホームルーム時間は生徒側も私語が多い。
しかし、さすがに今回はお互いに冗談を言う雰囲気ではないようだ。
「それでは、少し早いがホームルームを終了する。各自、なるべく人通りの多い場所を通って帰るように。特に女子は、校内で一人にならないように注意してください」
「はい!」「センセー男女差別!」
「おいおい、犯人はホ○とでも言いたいのかよ」
ああいや、もう放課後となって、意識が緩んだのか、生徒同士は軽口を叩き始めた。
「くれぐれも早く帰るんだぞ?」
担任も、その雰囲気を危惧したのか、教室を去り際に、ひと言注意して足早に出て行った。
おそらく、このあと、教師だけで集まって対策などを話し合うのだろう。
僕はカバンを持つと、早々に帰宅することにした。
学校は警察と教師に任せておけば大丈夫だろうし、いろいろあってさすがに疲れたのだ。
「あ、勇樹くん」
ホームルームの前に話し掛けて来たクラス委員長が、何か言いたそうに声を掛けて来たが、すぐに副委員長に捕まって、何か言われているようだ。
そう言えば、ノートを貸してくれる約束だったか。
しかし、何やら副委員長と話し合いが始まってしまっているようだし、この際ノートは諦めて、帰宅しよう。
考えてみれば、僕は帰宅したら泉川さんに連絡すると言っていた。
あれからだいぶ時間が経ってしまったし、心配させているかもしれない。
教室を出て、一階に降りると、下駄箱周りで生徒がざわざわしている。
見ると、僕の利用している靴箱の列の前にロープが張ってあり、その手前に、靴がむき出して並べられていた。
小型のホワイトボードが置かれていて、「この靴箱を利用している生徒は、本日は上履きを持ち帰るように」と記されている。
なるほど、現場を生徒に荒らされたくないということだろう。
僕は自分のスニーカーを発見すると、今まで履いていた上履きをカバンに突っ込み、スニーカーを履いて学校を後にする。
僕が住んでいるのは、学校と駅の中間ぐらいにあるマンションだ。
と言っても、見晴らしがいい上層階ではなく、六階という中途半端な階にある1LDKのシングル用の部屋である。
中途半端な階ではあるけれど、眺めは悪くない。
ベランダは、通り側ではなく、マンション周辺の公園エリアに向いていて、遠くに見える川までの視界が開けている。
きっと、夏の花火大会などは、自宅で楽しめるだろう。
徒歩で帰宅していると、日常のなかにいるという安心感に浸ることが出来た。
学校で異変が起こっても、街はいつもの通りの賑わいを見せていて、近くの大きなスーパーの買い物客や、駅を利用する通勤通学の人々が行き交っている。
なんとなく、こわばっていた身体を弛緩させながら、僕は、マンションの入り口をカードキーで通り抜け、エントランスを突っ切って、エレベーターを利用する。
幸いなことに、エレベーターはすぐに降りて来て、ほとんどストレスなく、部屋まで戻ることが出来た。
「泉川さん、怒ってるかな?」
いくらなんでも待たせ過ぎだろう。
あんな恐ろしい体験をした後に、家に一人で掛かってこない電話を待ち続けるとか、どんな苦行だ。
僕は急いでメモを取り出すと、スマホから電話を掛けた。
番号登録もしておいた。
数回のコールの後、つながる。
「泉川さん。僕だけど」
「あ、先輩。心配したんですよ。大丈夫ですか? 今どこに?」
怒涛の勢いである。
当然だ。
心配していたのだろう。
若干、涙声だ。
「ごめん。待たせて悪かった。実は、あの後学校に戻ったんだ」
「え? どうしてそんな無茶を!」
怒られた。
僕はあーとかうーとか、意味のない言葉を間に挟みながらも、必死に説明を試みることとなったのである。




