神隠し
この日、ひとりの女の子が消えた···。
「お母さん。裏のお庭で遊んでもいい?」
ひなは、居間で父·忠則の着物を直してる母·弥生に向かって大きな声で言った。
時刻は、午後の十三時を回った頃。弥生の側には、今年の春に産まれた弟の新平が元気よく手足を動かしているのが見えた。
「いいわよ。でも、あまり奥には行かないのよ。危ないから」
弥生は弥生で、もう十歳にもなる娘にくどくど言っても聞かないのは百も承知だが、裏庭の奥は、新しく道を作るとかで土砂が幾つか山になっていたり、半崖になっている場所もある。
「はーい。おやつの時間になったら、合図してー」と手で何かを叩く真似をし、裏庭へと掛けていった。
「まだ、いるかな?」
ひなは、そっと服のお腹のあたりに手をやった。
「おーい。茶色の犬やーい。おーい」
周囲を伺いつつ、ひなは小声で2日前に拾った子犬を呼んだ。
ガサッと小藪の葉がざわめき、少し茶色の物が見え隠れした。
「おいで? ご飯、持ってきたよ。あと、ヤギのおちちも」
小藪の中から、小さな子犬が姿を現し、ひなの足元に戯れる。
「んふふ。くすぐったいよ。ちょっと待って」
お腹が空いているのか、子犬はひなが持っている食べ物を取ろうと、手を伸ばす。
「だーめ。お行儀が悪いよ。はい、出来た」
弥生の目を盗んで、欠けたお茶碗の中にご飯と朝ご飯で残った焼き魚を乗せ、サラニハヤギの乳を入れた。
子犬は、急いで食べてはムセ、ひなはその背中を撫で付ける。
「ごめんね。おうちには、新平っていう赤ちゃんいるから。これ食べたら、どこかおいき」
ひなは、何度かそう言ったが、子犬は食べ終えてもその場から立ち去らず、ひなの周りを歩いたり、遊んだりする。
「だめだよ。そっち。危ないよ」
子犬は、何かの匂いを嗅ぎ取ったのか、奥へ奥へと歩き、ひなもその後に続く。
「あ!」
奥へ進む度に少しずつ暗くなり、ひなは木の根に躓き地べたへと転がった。
くぅん···
子犬は、心配そうにひなの側へ戻ると、ひなが押さえてる足を舐め始めた。
「大丈夫だよ。ちょっと転んだだけ。もう戻ろ」
ひなは、いつも入らない道に入ってしまった事で弥生に怒られないか?気にしつつ、子犬を胸に抱いて戻り始めた。
「あれー? ここさっき通った? よね?」
見覚えのあるヤシカの木が見えた。
幾ら昼間と言えど、木々の多い中は暗くて怖い。
ガサッ···ガサガサッ···
少し離れた場所で、葉がざわつき···
誰かが、小藪の生い茂ったとこから出てきたのがわかった。
「おじ···ふがっ···」
ひなの意識は、そこで途絶えた。
子犬は、蹴られ背中を大きく打ち大人しくなった。
「おかしいわねぇ。ちゃんと木槌で叩いておるのに。ねぇ、新平」
弥生は、背中に新平をおぶい、裏庭でひなに聞こえるよう、木槌で板を叩き合図を送った。
「よっちゃん達とでも遊んでおるのかしら?」
弥生は、暫くその場で待っていたが、一向にひなが現れず、家へと戻った。
が、段々と日が落ち始め、主である忠則が帰宅し、焦るようにいつも遊んでる善子、加奈子、敦也の家へと出向き、ひなと遊ばなかったか?と聞き回った。
「おい、どうだ?」
忠則も心配で、黒電話を置き弥生に声を掛けた。
「いなかったわ。今日は、学校もお休みだったから···」
「弥生。どうしてお前がいながら、ひなを一人で遊ばせたんだ!」
忠則の大きな声に、新平が驚き泣き声をあげた。弥生は、どう言っていいかわからず、新平を泣き止ませながらもひなの帰りを待った。
「ひな···」
「あなた···ごめんなさい。私がもっとしっかり見ておけば···ううっ」
泣き疲れた新平は、寝床で休ませ、忠則は駐在へ電話した。
一時間たっても、二時間たっても、玄関からひなの姿はなく、一日一日がただただ異様に長かった。
月日は流れ、忠則や弥生以外の者の記憶からひなの存在が薄れていった···。
即効で練ったものです。
プロットもなんもないです。