神様尋ねてもういくつ。
ワラム様は私の願いを聞き入れてくれました。
これは私のそんなお話です。
そう右腕のない女は語りはじめた。
表情はよく見えないが、声はやや低く聞こえる。
ある所に男がおりました。
初夏の昼下がり、椅子に座り講堂正面にある掛け軸を後ろにして女は語る。
男は勤務先の上司の指示により、ワラム様を見つけようとしました。
私は男より先にワラム様を見つけそして願いました、私の右腕を奪ったあの男を裁いてくれと。
その男ですか?フフフ、電気ショックを受け痙攣している体を数名の同性愛者に蹂躙されたのち、プロの方に両腕を切断され、とある教団職員により田舎の山奥にある木に括られスズメバチに襲われました。
蜂に襲われ10分程したらもう抵抗はしなかったですね。人はそう簡単に死なないものです、勉強になりました。
女はため息をつき一呼吸おくと、前を見つめ再び語りだす。
朝、講堂正面にある黒と白と黄色が渦巻き状に混じり合った模様が描かれている掛け軸、信者からはワラム様と呼ばれているそれに一礼する。
この宗教教団には1つだけ決まりごとがある、毎朝のワラム様と呼ばれている掛け軸への礼拝だ。
それ以外、例えば豚肉は食べてはいけない、婚前の性交渉禁止等の規則はない。
ただ毎朝講堂に行き、一礼してワラム様へ自身の願いを伝える、それだけだ。
礼拝を終え、食堂に行き、用意されている食事をとる。
その日により違うが、今朝は白米、豆腐の味噌汁、ほうれん草の和え物。特に何の変哲もない食事メニュー。
ここの信者は老若男女様々だ、白杖で歩く初老の男、茶髪の10代前半の女の子、警察官の俺など。
そして朝食後の彼らの過ごし方もそれぞれだ。出勤する20代女性、中学校へ登校する男の子、自室でテレビを見て過ごす中年女性、庭にある花壇の花を育てる老婆、自室で参考書に取り組む女の子、皆やりたいことを勝手にやっている。
八百万の神がいるこの国において、宗教というだけで色々警戒してしまうのがここの人間はまったく害を感じない。現に仕事柄そういうものに傾倒する被疑者を相手にする時は本当に疲れる。曰く、貴方は何も分かっていないだの、彼らを救えだの。教団の教えをぶつぶつ唱える奴や瞑想とぬかしながらそのまま寝るバカもいた。
無論、全ての宗教関係者が怪しく危険で胡散臭いとは思わないが、田舎のただ広い一軒家において20人程で共同生活を送り、隣の使用しなくなった空手道場を講堂と称し、そこに芸術家気取りが描いたような掛け軸へ毎朝礼拝する。またそれぞれの生活スタイルに合わせ食事はとればよく、毎食教団施設で食べる者、朝だけや、週末のみ利用する者もいる。教団施設にする際に改築したようで部屋は四畳一間の個室、風呂は共同で男女で入浴時間が決まっており、トイレは3つある。教団には食費光熱費がどれだけであろうと一カ月一律5万円を支払う。多少交通の不便さがあるも、徒歩15分程で電車バスのターミナルがあり、車やバイクがあれば無駄に広い庭に止め放題。どう考えてもそこらのゲストハウスやマンスリーマンションより安く便利だ。そんな宗教施設はどう考えても怪しく風呂場やトイレ、自室に何か設置されていないか調べるのまったく何もなかった。
活動もただの【掛け軸】への礼拝で、部屋で何をしようが外出も外泊も自由だ。近所の評判も特に何もない、好奇な眼でも警戒心もなく、かと言って褒められるでもなく、ただ近所の者として扱われている。
そんな宗教団体に対する俺の仕事は、信仰対象のワラム様の姿を見つけることだった。
ワラム様は掛け軸などではなく本当に存在しており、その姿を確認するように上司からは言われた。
一ヵ月前の施設への入所当日、職員から今日から入所すること、警官である事を紹介された。大体職業を伝えると警戒されるか、好奇な眼で見られがちだが、皆興味なさげに形だけの拍手をするだけだった。
そんな状況でしばらくはおとなしくしていたが、この信者達から危険な臭いがまったくしないことにやや戸惑い、それとなくワラム様の居場所を尋ねる。
「さぁ?あの掛け軸じゃないんですか?へー、本当にいるんですね。」
「あー、そういえば会ったことないな。どうでもいいけど。」
「母もよく知らないみたいです。でもいらっしゃるならいつかお会いしたいですね。」
隠していたり、とぼけている感じはなく本当に知らない様子だった。
3人程いる教団職員に尋ねても、
「いや、私もお会いしたことないんですよ。アハハハ。え?、あぁそうですね、いらっしゃるみたいですけど。」とほぼ同じ反応であり、食堂の調理師たちに尋ねようとして信者でも何でもない近所のパートだ。
そんなワラム様とやらを見つけろと言われても、どうにもならない。そもそも本当にいるのかも確かではないのだ。
職場に行き、上司にあるがままを報告する、
「そうか・・・、引き続き調査してくれ。」
「はぁ、本当にいるんですか?ワラム様とやらは。」
苦笑しながら尋ねる。
「分からない、ただワラム様は存在すると言い切っている者がいる。」
「それで確認する必要があると?何故ワラム様とやらの存在がそんなに重要なんですか?」
「・・・ワラム様と呼ばれる者は最終決定者なんだ。信者によっては何をするにもワラム様次第と言う。」
両腕を組み、考え込みように上司は答える。
理由は結局よく分からないが、まぁ何であれ仕事をするまでだ。
施設に戻りながら考える。信者はそもそもこの宗教、ワラム様に何を求めているんだ?
教団職員は言った。ワラム様に祈りましょう、何を?あなたが思うこと、願うことを。
なんだそりゃ。
ばかばかしくなりイラつきながら毎朝祈る、ワラム様、早くお姿を拝見させて下さい。
夕食後、入浴し部屋に戻りテレビを見て過ごす。
そろそろ寝るかと部屋の電気を消す際に、カーテンの隙間から一人の男性が講堂に行くのを見た。
こんな時間に?不思議に思い講堂に向かうと、先程の20代と思われる男性信者が祈っている。
祈りが終わり講堂を出る際に目が合うとやや驚いた様子だった。自分以外誰もいないと思ったのだろう。
軽く詫びて尋ねてみる。
「ワラム様に会ったことはありますか?」
「え、いやいや?まさか。」
やや笑いながら答える。やはり他の信者と同じような答えだ。
「一度お会いしたいんですが、教団職員の方に尋ねても分からないみたいで。」
「ハハハ、そうなんですか。それこそ祈ってみればいいのでは?」
「ええ、そうですね。あなたはワラム様に会いたくないですか?」
「いや、特には。」
「そうですか・・・。」
それではと男性は言い今度こそ講堂を出る。
翌日俺が講堂でワラム様を尋ねた男性の姿がないことに教団職員が慌てていた。
男性は礼拝も1日に何度も行う熱心な信者だった。
16歳から引きこもっており、18歳の時に家族がこの教団に預けた。外出はほぼしないらしく、何かあったのではないかと警官の俺の進言もありその日のうちに捜索願いが出された。だが一週間経っても男性は見つからなかった。
祈ればいいだと?、笑いながら言いやがって、俺を誰だと思っているんだ。
クズが、講堂から出る際にひたすら殴りつけ首を絞めた。ふざけやがって、俺を誰だと思ってやがる、俺を、俺を、俺を。動かなくなったクズを車に乗せ山中に捨てた。
朝の礼拝後、いつも一番最後に講堂を出る老人の前を歩くと後ろの首に何か触れた。
その瞬間、体全体に衝撃が走り倒れ込んだ。サングラスを外した白杖の老人の目は悲哀に満ちていた。
「きみは救えないよ、自分の思い通りに事が進まなければ他者を容赦なく痛めつける。彼は熱心な信者だった、可哀想なことをした。私がもっと早く見切りをつけていれば・・・。君の上司とは旧知の仲だ。きみは昔、仕事のミスを同僚の女性に擦り付けようとしたな。それを咎められ女性を事故に遭わせた。女性は右腕を失い塞ぎ込んでしまった、無論きみがやったという証拠は見つからなかった。きみの上司からはきみを始末してほしいと言われたよ、昔、そんな仕事をしていてね。ただ私は殺し屋ではなく、ワラム様のただの信者に過ぎない。最終決定はワラム様という条件をつけ了承した。依頼を受け私なりに毎朝祈ったよ、君が善人になってほしいと。でもダメだった、ワラム様は願いを聞いてはくれなかった。」
ふざけんな、そんな奴いるか。かすれた声でつぶやき睨む。
「ワラム様はいるんだ、お前を裁く。すべてはワラム様の御心次第。」
語気を強めながら、正確に顔を蹴りつける。白杖はただの武器、目は見えているのだ。
ふざけんな、俺を誰だと思ってる、馬鹿にしやがって。くそじじぃが、殺してやる。殺してやる。殺してーーー。あの女も右腕だけで済んで感謝しろ、あの男は俺が苛ついている時に笑いやがったんだ、死んで当然だ。俺を誰だと思ってんだ。クズどもが、俺を誰だと。ゴミどもが。俺を誰だと。
体の痙攣を治めるため呼吸を整えようとするもうまくいかない。蹴られながらも老人を睨みつけると、視界の隅に何かがはいってきた。
体は痺れ顔を蹴られている。
だから男はワラム様のお姿が拝見出来ない。
以上で私の話は終わりです。
え、ワラム様はいるのかって?
もちろん。とても素敵な方でしたよ。