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心のかけら

 状況は正直なところ最悪に近い。いや、正確には最悪になったというべきか。


 今の俺の目的はこの子の生還とアーミングの殺害。アーミング自体の殺害が非常に困難な上に、この子の単調な攻撃のフォローをしなくてはいけない。


 正直なところ、もうここから立ち去って欲しいくらいだ。例え必殺の技であったとしても、一度認識されると必殺も必殺たりえなくなる。相手が強者であるほどに。むしろ、その技が隙をつくチャンスになりかねない。


 今、この子は目の前で倒れ、うずくまっている。アーミングにさっきの無謀な特攻で返り討ちにあったのだ。彼の鉄拳のダメージが深く残っているのか、体全体が小刻みに震えていた。いましばらくは起き上がる事は出来ないだろう。少なくともアーミングをぶち殺すまでは。


「ったく。興ざめだ。馬鹿の一つ覚えみたいに同じ技仕掛けてきやがって。俺を馬鹿にしてんのか!!」


 噴火のような憤激の声が廊下の中に響き渡る。せっかくの闘いに水を差されるような気分なのだろう。ヌルい攻撃をされることは彼にとって侮辱以外の何物でもない。


「買い被りしすぎてたようだな。まさかこれ程のポンコツだったとは」


 ゴミを見るような眼差しをエルフの少女に向け、その後俺に視線をあげる。


「貴様もこいつと同じってわけではないだろうな?」


「さあな。俺はただお前を()れればそれでいい」


 一刻。


 互いに戦闘の仕切り直しとして、構えをもう一度取り直した。


 初手はもちろんアーミング。脚に力を溜め、爆発的な瞬発力をもって俺に食らいつく。


 だが、一番最初の攻撃ほど速くない。


 俺も前に踏み出し、繰り出す前の右拳の側面を短刀(ダガー)の柄で叩き、軌道をずらす。振り抜かれる豪腕は宙を貫き、風邪を切る音が耳元で感じ取る。俺はもう一歩踏み込み、ゼロ距離で右手の剣で刺突。


 ズン、と右腕に衝撃を襲われ、貧弱な身体が吹き飛びそうになる。


 (…だろうな)


 俺の刺突はアーミングの左手によって防がれていた。()()()()()()()()()()()()


「ふっ。貴様はやはりあれとは違うようだな」


「ああそうかい!」


 ニッとアーミングは煙草で黄ばんだ歯を見せる。

 余裕ぶっこいた彼の表情にイラっとくるな。


 だが、先ほどの刺突は相手の勢いを殺すことが出来た。ゼロ距離の攻撃を回避するため、右手の剣を手放し、左側面に移動する。


「ぬん!」


 アーミングは振り抜いた鉄拳を振り下ろす。俺は彼の肘を側面に入る時に掌底を放って力を逃した。それでも彼の威力は打ち消すことができず、背中にモロに拳がヒット。


「ぐっ!!」


 背中から伝わる激痛を噛み殺し、背中の衝撃をそのまま利用して前に身体を吹き飛ばす。アーミングの脇の下をすり抜け、右足に力を込めて急停止。


「お返しだっ!」


 右脚を軸に衝撃を回転力に変換してアーミングの脇腹に刺突。肉を断つ音が俺の右手に伝わるのを感じる。


 身体能力(アビリティ)がゴミでも闘い用はある。自然の力、相手の力、何もかも利用すれば、強大な相手にもギリギリ対応できるものだ。


 だが。


「ぐふっ」


 ボタボタと口の端から血が溢れ落ちていく。全身が疼痛で包まれ、さっきの背中のダメージが深刻だ。内臓にダメージが入り、口から血が止まらない。


 (まだ、だ!)


 ありったけの力を使って両足に力を入れてその場を飛び退く。後ろ髪に鉄拳が通り髪の毛が数本持ってかれるが、致命傷は回避できた。


 ドゴン!!!!


 後ろの衝撃に吹き飛ばされ、軽く宙を舞う。衝撃をダメージなら変えないよう全神経を集中させ、素直に吹き飛ばされたあと、着地。


 これで2つ目。


 欲をいえばあと2つだが、そんなこと言ってられない。


 煙がもくもくとアーミングを中心に沸き立ち、やがて収まっていく。煙のシルエットには脇腹を抑える彼の姿が佇んでいる。


「力がないゆえの戦いか。全くもってやりにくい」


 言葉とは裏腹に笑いが節々に感じ取れる。余裕の表情はまだ崩れてないようで、脇腹の深手がかすり傷のように見えて仕方がない。


 埃立つ煙が収まってくると、アーミングがさっきと全く同じ状態で立っている。闘いをすぐに終わらせようとせずに、一合一合を噛み締めて闘っているようだ。こちとら楽しんでる余裕ないんだよ!!


 足元を見るとやはり放射状にひび割れた地面が形成していた。彼が踏みしめるたびにミシミシと不吉な音が聞こえてくる。


 (あと一つだ、あと一つ…)


 俺はじりじりと足を左側に寄せつつ、アーミングの一挙一等足を見逃すまいと睨みつける。


 彼も俺が攻めてこないと分かっているのか、動き出しは速かった。拳を解き、刀の如き形に変えた手刀は目の前に迫り来る。


「つっ!?」


 俺の脇腹を狙った一撃は右手の片刃剣で右にそらし、身体を左に寄せることで回避。

 次の攻撃に備えて左に寄せた勢いを持って左回転、一気に距離を取る。



 追撃の音が響かないだと?


 俺は恐る恐るアーミングが先ほど手刀で振り抜いた場所を見ると、そこには大剣を一本右手に収めた彼の姿がそこにあった。


(俺のすぐ後ろにあったのか!!)


 先ほどまでの間断なき連撃は大剣を安全に拾うためのブラフ。追撃の予測を誘導させられた。


 アーミングの手がボッと明るく何かが灯る。それは黄色、橙色、赤色と赤味を帯びていき、たゆたう明かりが少しずつ膨大になっていく。剣身に纏うそれは鋭さが跳ね上がったようにも感じる。


 にっと白い歯を俺に見せる。


「これは初めてじゃないよな?じゃあ行くぞ!!」


 魔力を武器に込める事自体は俺も知っている。だがあそこまでの威力は見たことがない!剣身と同等かそれ以上の厚みを帯びてるのは常軌を逸している。


 だが。


 俺はその場でギリギリまでかがみ、アーミングの軌道を読む。こいつは眼を見張るほどの速さを持つが、動きは単純だ。


 単純な動き、それは誘導するにも容易い事と同義!


 アーミングは大上段に構えた大剣を俺の頭をかち割るように振り下ろす。


 俺はそれを予期してサイドステップ。肩口が少し切り裂かれるが、致命傷は避ける。


 ズウゥゥゥン。


 地面に降りそそがれた一撃はその周囲に迸り、俺もまともにダメージを受ける。


 だが、これで終わりだ。条件は揃った。


「これで終わりだ。長年の戦闘感もブランクがあれば怖くない」


 俺は俺の中にまだ残っている心のカケラを闇に捧げる。心がみるみる闇に塗りつぶされていき、俺の視界が灰色に色褪せていく。


 虚無。


 感情という感情が闇に溶かされていき、俺の心には広大で不毛な暗闇が支配する。俺のかすかに開いていた心を完全に閉じた。


 俺は右手に握る小刀(ダガー)に魔力を込める。ドロドロとした魔力は手元までも多いつくし、銀の片手剣は暗闇に堕ちる。

 ポタリ、ポタリと堕ちるそれは地面に当たると地面を腐食させ、崩れ落ちていく。

 俺の腕もひっきりなしに蒸気が上がり、腐り落ちていく感覚があるが、構わない。


「お前、それは…。しかもその目は!?」


 フードの奥にある俺の目を見て余裕の表情を崩す。くしくも、彼の顔から余裕を剥ぎ取れたのは俺の目だけだった。


「じゃあな」


 俺は右手の片刃の剣を両手で逆手に持ち、思いっきり真下に振り下ろす。


 ドプリ。


 剣が差し込まれたには程遠いねっとりとした音を放ち、沼に沈むが如く剣身が吸い込まれていく。


 剣のつばまで地面に沈み込ませ、俺はそこで止める。


 ドロっとした黒い魔力は地面に入った亀裂を伝わっていき、三角形を描いていく。


 全てはアーミングの放った鉄拳と振り下ろしの痕だ。


「なっ!?」


 ガクン。


 地面を瞬く間に腐食させていく黒い沼は一刻もせずに地面をチリにかえる。


「落ちろ」


 何も抗うことも出来ず、アーミングは落ちていく。


 それに追撃するが如く壁まで侵食した黒い沼が支柱の根を腐食させ、彼の元へ招かれていく。


 ドゴゥゥゥン。


 下の階に鈍い音が響いた。


――――――――――――――――――――――


「こんな程度で俺をブチ殺すことができると思ってんのか!?」


 闇の底でアーミングは穴の向こうへと叫ぶ。穴は何故か全くその上を見通せず、そこで世界が終わっているのかようにも見える。


 アーミングは空から降ってきた支柱の石片をなぎ倒し、生き埋めをなんとか逃れることができた。時々穴から落ちてくる石片を弾き、上から降ってくるだろう敵を、今か今かと待っている。


「早く降りてこいっ!!俺の気を削ぐ前になっ!!」


 穴へとこれでもかと叫び、屋敷の中は彼の声で悲鳴を上げているように反響している。


「おい、まだか!早くし――――――っ!??」


 闇の中からヒュンと風を切るような音がした。そこには風を纏ったエルフの少女の姿があった。


 両手は短剣を握りしめており、脳天を貫こうとアーミングに切っ先を向けている。


「つっっ!!??」


 アーミングは神業的な反射能力で身体を仰け反らし、急所を避ける。が、鼻先が軽く引き裂かれ、胴体も浅く斬りつけられる。


ドスン。


 少女は勢いを殺すことなく地面にナイフを叩きつけ、地面を砕いた。風の加護のおかげで死ぬことは防がれたが、また気を失った。


「同じ技でも使いようってか。チッ舐めやがって――――っ!!??」


 アーミングの口から片刃の剣が生えていた。


「言ったはずだ。終わりだと」


 タッとアーミングの側に着地し、巨躯のアーミングを見上げる。


「コヒュー、コヒュー!?」


 喉が潰されてまともに喋ることができなくなった彼は、驚きの表情を浮かべているのははっきりわかる。


 俺はアーミングの瞳を真っ向から睨みつけ、ポツリと一言を言った。


「闘いの中喋りすぎだ」


 アーミングはまだ闘いは終わっていない!とばかりにまだ右手に握る大剣を持ち上げようとするが、大剣はポトリと落ちる。


 彼の右手はチリとなっていた。ジワジワとアーミングの身体は黒いチリになっていく。


「コヒュー!?コ、ヒュー。コ、……―――――」


最期に彼の顔がチリに変えた。


 その顔は死の恐怖と闇の恐怖で塗りつぶされていた。

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