出立
翌日。
俺は拠点に予定時刻ギリギリに訪れた。
前回とは異なり、ほかの商隊が複数あるため、馬車がひしめき合っている。至る所で罵声が飛び交っている。
さらに、時間帯がすでに出発のラッシュが始まる頃合いだ。我先に出発しようと出入り口に馬車をねじ込むから、案の定渋滞が発生している。
俺は賑わっている拠点の間をすり抜け、昨日話をつけた目的の商隊へと一直線に向かう。
「おう!やっときたか!待ちくたびれたぞおい!」
眉間にしわを寄せたおっさんはこの混雑の中目ざとく俺を見つけ、俺に怒声をあびせる。
すでに彼は旅装に衣を変え、肩からかけている短めのローブの下で腕を組み、トントントンと小刻みに指を膝に打ち付けている。
相当待っていたようだ。もしくはせっかちなだけか?まあ、待ってくれてるのだから義理堅いのには変わりはないな。
「すまない、この混雑だ。ここにたどり着くのに時間がかかってしまった」
「何平然と嘘ついてんだてめえ!一直線でここに向かっているのがはっきり見えてんだよ!」
「すべてお見通しか、悪い、準備に手間取ってな」
この混雑の中で俺をはっきりと視認できるとか並大抵の視力を持ってないなこいつも。まあ俺の方にも問題があるが。
「早よ乗れや!この混雑はまだ序の口に過ぎねえんだよ!乗り遅れると日が暮れてしまうぞ!」
と、おっさんは初老にしては筋肉隆々な腕で俺の首根っこをワシだと掴み、荷台へと投げ込んだ。
俺はあっけにとられつつも、空中でなんとか体制を立て直して二台の木箱にぶつかった。着地なんて出来るわけない。軽業師か、俺は。
投げられることなんてザラだからな。ある程度の受け身姿勢を取っていれば十分だ。
荷台から俺は恨めしそうな目線を投げかけると、ゴリマッチョおっさんはきょとんとした顔をしていた。俺をスローイングした後のまま顔だけをこっちに向けて。
「おまえ、軽すぎだろ!果物と変わらん軽さだぞ!」
「いや、どう考えてもおっさんが筋肉隆々なせいだろ!自分の筋肉を棚にあげたんじゃねえ!」
確かに俺はこの筋肉おっさんにとってはものすごく軽く感じるだろう。
でも、明らかにおっさんがマッチョなのが原因だろ。滅多にないぞ、玉のように放られる感覚は。俺は幼児かってんだ。
「それより出なくていいのか?おっさんの商隊、もう行っちまったぞ」
「それを早よ言えや!しょうもないことに時間取られちまったじゃねえか!」
どの口が言うか。突っかかってきたのはこっちだっつーのによ。
おっさんは重そうな身体を持っているはずが、さも紙のようにジャンプを決め、御者台に飛び乗る。
その後馬車の手綱を瞬時に握り、スパンと馬を叩いて拠点を後にするのだった。
ちなみに、おっさんの技術はえげつなかった。コーナリングや、ポジショニング?が完璧で、馬車の渋滞が無いかのように通り抜け、おっさんの属する商隊に追いついたのだ。
キャラが濃いよおっさん。どんな人生歩んだらそんな特技いくつも持てるんだよ…。
俺が属する商隊は無事に拠点から出ることができ、都市と都市を繋ぐ簡素な道路を進み出した。
道路っていってもただ踏みならされただけの道路(仮)なため、道の状況は非常に悪い。
砂色の道路の周りは原っぱが覆い、空から見下げると緑のキャンバスに黄土色のラインが引かれたように見えるだろう。
悪路な理由はただ一つ、だがこの一つが大きな問題だ。
モンスターの存在だ。
この世界には動物、植物という生物の枠にモンスターという分類が追加される。
生物のあり方は怪物だけが異質で、生きるために他者を食らうのではなく、殺すために他者を屠るのだ。
やつらは基本的に食料を必要としていない。一説には、大気に漂う魔素を吸収して活動に必要なエネルギーを蓄えているとのこと。
ゆえに、生物の枠に当てはまらないではないかとの意見も多い。
やつらの存在が原因で、都市を繋ぐ長い道を整備するのが非常に難しい。
安全を確保した上での道路整備は非常に金がかかるため、国境沿いにある都市間ではほとんどの場合はこのような踏み固められた道になることが大半だ。
だから、今俺たちが通ってる道も国境沿い、しかも友好関係を結んでいない国を繋ぐ道路なため、すごく道が悪い。
ガタガタ揺れてすごく気持ち悪い…。ゲロ吐くまではいかないまでにはなったけど、やっぱりキツイわこれ。
これでまだ遅かったらまだ楽だったのにこのおっさんの馬車だけ異常に速えんだよ!
「はっはぁ!!!!!!まだまだ行くぜぇ!!!!!!!」
「あほか!こんな速さで動く馬車があってたまるか!お前の仲間を置いてきてどうすんだよ!」
そう言って後ろに振り向くと、一緒に行動していたはずの商隊がもはや点んひなりかけている。とゆうかもう水平線の向こうで大地の下に埋もれかけている、だと・・・。もはや荷台の頭しか見えねえ。
そういや。このおっさんの同業者が呟いていたな。諦念を交えた様子で。
「あのおっさんはある意味伝説なんだよな・・・。良くも悪くも格が違う・・・。おっさんに足並みをそろえようとすると死んでしまう」
荷車に乗る俺に憐憫と同情の目を差し向けながら。
まさか結構やばいやつに声をかけちまったんじゃないか・・・?商隊の中で一番情報通だと思って声をかけてみたんだが、しくじったか?
「ウオオオオオオオオン!!!!」
と道路を突っ走る馬車の向こうから怪物の遠吠えが聞こえてくる。いつもと違って心なしか高く聞こえたのは気にしないでおこう。
大地の向こうに埋もれた商隊の点から視線を切り、前方の敵を見据える。
そこには下等狼が4体俺たちの行く先を阻むように道路で待ち構えていた。
【下等狼】。平原に生息する怪物の一種。身の丈はそこまで大きくなく、人間の腰あたり。小柄なため、俊敏性が非常に高く、群れによる囲いによる遊撃を得意とする。奴らの武器は四肢にそろう鋭い爪と、口からはみ出る凶悪な牙だ。
下等狼は、殺意の眼光を俺らに飛ばしている。標的は当然のごとく俺たちだ。
「どうすんだよおっさん!護衛を置いてきてんのにどう対処するんだよ!」
「ひよっこは黙っとれえええい!俺に護衛なんて雑草必要なしじゃああああああああ!」
おっさんは馬車の速度を緩めることなく、むしろ加速した。周りの景色が目まぐるしく過ぎ去り、下等狼の距離が瞬く間に食いつぶされてく。
がたがたと馬車が上下に揺れ、荷物がひしめくが、荷物が零れ落ちることはない。ここでもおっさんの技術が光る。
俺の視線が上下にぶれるが、下等狼から視線は切らさない。基本手出しはしないつもりだったが、状況が状況だ。護身のつもりで殺る準備をしとかないとな。
俺は静かに腰に手を添え、ローブの下に備えている小刀をすぐ抜き出せるように態勢を整える。
と、俺が臨戦態勢を整えた瞬間、おっさんは馬をむち打ち、また加速を促した。そして、おっさんは祝詞を口ずさむ。
「我、望む。束縛されし力を解き放ち、この二体の心を奮い立たせろ!!!!スタール・アリィ!!!」
と、おっさんはものすごい速さで詠唱し、魔法を行使した。
すると、ぽわっとおっさんの身体があったかそうな光で覆われた。
その光が二つ別れ、前の二頭が包まれていく。
「「ヒヒーーーーーーーーーン!!!!!」」
「さあ俺の愛馬たちよ!お前たちの力を見せてやれ!!!」
馬たちはまた加速し、目にも止まらない速度で下等狼に突撃を仕掛ける。
「「「「ぎゃう????く、くぅーーーーん!!!!」」」」
下等狼は俺たちが目の前で止まるかと高を括っていたが、あの速度で突進を仕掛けてくるとは思わなかったようだ。
下等狼が怪物らしい超速の回避行動をとり、死線である道路から緊急離脱を図る。
だが。
「「ぎゃっ!?」」
激突。
四体中二体は挽肉になり、後方へと流れていった。
何とか緊急離脱が叶った二体だが、どちらも後ろ足が巻き込まれ、ぐちゃぐちゃになっていた。
哀れな・・・。
「置き土産だ!これでも喰らっとけ!!!!」
と、おっさんは手綱から手を放し、振り向きざまに小刀を二刀後方へ投擲。片方は何やら紙みたいなぺらぺらしたものがくくりつけてあった。
「「ぎゃっ!?」」
と、程なくして下等狼の断末魔が耳にとどいた。
高速で投擲された小刀は狙いたがわず下等狼を射抜いたようだ。
「嘘だろ・・・」
俺はこの一連の間、全く身動きが取れなかった。臨戦態勢を整えた状態をしたまま突っ立てただけだった。
「まあこんなもんじゃ!自分の身は自分で守る。常識じゃ!!!」
「いや。あんな離れ業をする奴はあんたぐらいだよ」
と、おっさんは手綱を握り直し、俺は荷馬車の定位置に座りなおした。
なるほど、伝説ね・・・。身をもって体感した。何をとっても化け物だこのおっさん。
このおっさんに姿を見せたことに後悔する俺だった。
しばらくして後続の本体が俺たちが戦闘?したところにたどり着く。
俺たちから見れば亀の歩きのように見える商隊の行軍は、おっさんによる蹂躙の後を見て足を止める。
代表者が合図を出し、護衛のパーティーが死屍累々と化した墓場に足を運ぶ。
パーティの頭目が一体一体 下等狼の死亡を確認し、胸部の奥にある魔石をほじくりだす。
「やっぱりすげえな…。俺らが相手するとかなり手こずる下等狼がこうもあっさりとやられるなんて」
「だな。それにこの小刀を見てみろよ。急所に一突きだ」
パーティの斥候が小刀で絶命している二体の下等狼を眺めて言う。
「やっぱり、伝説は眉唾物じゃなかったってことか。あのおっさんが間違いなく伝説の元冒険者だ。まさか行商をしているなんて」
「どおりでEランクの私たちでも依頼を受注できたわけね。彼が怪物を間引きしてくれるのだから」
彼らはEランクの4人パーティーである。Eランクは下から2番目、つまり垢抜けたての冒険者なため、まだまだ半人前だ。
本来、都市間の護衛任務はDランクからCランクのパーティーが対象となることが常だ。
だが、この伝説のおっさんの効果でEランクのパーティーでも務まるようになっている。
彼らの任務のほとんどはおっさんの討伐した怪物の確認と解体だ。
もちろん、依頼としての旨味も抑えられているが、あのおっさんの戦闘の後を見るだけでも、冒険者にとって良い教訓になる。
だが、このパーティーは運が良かっただけ。
本来なら護衛をケチった商人がEランクのパーティーを雇うことがザラにあるからだ。
大抵は無い知識を捻り出して死ぬ気で護衛し、怪物の襲撃が少なく生き残れるか、死ぬかになる。
護衛をケチる商人がいるということはつまりそういうことだ。
「こうもスマートに怪物を殺せるもんか。下等狼の毛皮がこうも簡単に剥ぎ取ることができるなんて」
「まあ、その二体だけだけどな。この二体は原型もクソも無いから魔石の回収だけだ」
彼らは黙々と下等狼の解体に勤しむ。
死体から見える圧倒的な戦闘の爪痕から彼らは戦闘のイロハを学び取っていく…
「いや、この芸当はムリだわ。次元が違いすぎて何も読み取れんわ」
うがーっ!と屈み気味に剥ぎ取っていた背骨を伸ばし、頭目の彼がうめく。
「だよなあ。俺らには雲の上の存在すぎるわ…」
と、斥候が頭目に頷く。
下等狼の胸に深く穿たれた小刀を見つめながら。
「同じ短刀使いとして、この神業には尊敬を超えて自信を砕かされるよ。それに見てみろよこれ」
彼は小刀に紐つけされた羊皮紙を指差す。
そこにはこう書いてあった。
【下等狼は遠吠を僅かばかり行使。新たな敵に注意し、速やかに死体の処理をせよ】
その文面を改めて読み直し、小刀を引き抜いた彼は深いため息をつく。
「俺らのために言伝をしたためる余裕、この一撃で仕留められる圧倒的な自信、ここでもかっ!てほどの差を見せつけられるぜ」
「まさか、ここで挫折なんてあるわけないでしょうねえ?」
魔術師の強気な彼女が胡乱げな目で斥候の彼をみる。
「ンなわけねえだろ!上には上がいるってことを思い知らされただけだっつーの!挫折なんてしてねえ!」
「ならいいけど。さっさと行くわよ。待たせてるんだから」
と、彼女はサクッと解体を終わらせ(彼らが引っ張り出した魔石を拾っただけだが)、商人の待つ馬車へと戻っていった。
「あいつのサバサバした性格はこういう時に楽になるよな」
「ああ、思いつめるのもよくないな。弱かったら強くなればいいだけの話だ。上を眺めてもしょうがない。上に登らないとダメだからな」
「おっ!いいこと言うじゃん!寡黙な奴がポロッとこぼす名言は価値が高いねぇ」
頭目と巨漢の壁役がそんな話をして、去る彼女を眺めるのだった。
「俺もいつかはこんな冒険者に…」
と、走り始めたばかりの斥候は心に強い意志を秘めるのだった。
しばらくして。
俺が乗る一行(俺の馬車だけ単独みたいなものだが)は、特に大きな弊害も無くデグリ帝国の国境付近の都市【レースイーレ】に到着した。
蛇足だが、道中なかなか手強い怪物がチラホラいたがおっさんが瞬く間に瞬殺。後続の護衛冒険者が驚き疲れていた。
ヒロインか出てこない…!!!