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こぶ虫

作者: 駒棚同志郎

--コブムシ

コウチュウ目オサムシ科に属する昆虫の一種。世界中に分布し、雑食で生命力が高い。同じくオサムシ科に属するオオヒラタゴミムシに酷似した外見をしているが、同種との違いは胸部にこぶが見られる点である。こぶの大きさ(後述するように形状が多様であるため鉛直投影測定法で測定される)は様々で、0.5mm〜15mm、大きいものでは30mmに達する例も報告されている。こぶを除いた体長がおよそ10mm〜16mmであり、こぶが体長よりも大きいという個体もしばしば発見される。また、形状に関しても、球形のものや角ばったもの、円錐を逆さに立てたようなものまで様々な報告がされており、特定の形をもつものではないと考えられている。当初、コブムシはオオヒラタゴミムシが何らかの感染症にかかった状態であると考えられていたが、その後の遺伝子調査により別種であることが判明した。こぶは主にたんぱく質で構成されているが、現在に至るまでその役割は解明されていない。

 (『昆虫図鑑』生物生態研究出版会、2009年、152頁)



 二〇一〇年、こぶ虫の飼育が世界的な大ブームを巻き起こした。一家に一匹は当たり前。一人で数十匹飼っているという一般人も多くいた。

 小学三年生のケンジも例に漏れず、こぶ虫に熱中していた。休日になると野山に混じり朝から暮れまでこぶ虫探索に時間を使った。平日には捕まえたこぶ虫を友人たちと学校に持ち寄りこぶの形や大きさで優劣を競い合った。当然、学校側はこぶ虫の持ち込みを禁止したが、全生徒による署名抗議にあい、生物の勉強という大義名分のもとこぶ虫持参の登校が認められるようになった。

 この日、ケンジは自信満々という顔つきで登校した。このこぶ虫を見たら皆んなきっと腰を抜かすだろう。そう考えるとどうしても口元が緩くなってしまう。

 ケンジが教室に入るとすでにクラスメイトは各々のグループでこぶ虫の見せ合いをしていた。くそう負けた。でかすぎだろ。どこそこで見つけたんだ。学友たちの喜怒哀楽の声が教室に入り混じるなか、ケンジはゆっくりとした歩調で教壇に向かった。それから二度手を叩きクラスメイトの視線を集めると、持ってきた虫かごを高く掲げた。

「皆さん、こちらをご覧ください。これは僕が昨日捕まえてきたこぶ虫です」

 虫かごの中のこぶ虫には円錐型のこぶがついていた。高さは三センチほど。根元から捻りを加えながら少しずつ細くなっていく塔の頂点は天を突き破らんとばかりに尖っている。こぶ虫というには些か鋭すぎるケンジの愛虫だった。

 割れんばかりの喝采が教室で爆発した。悲鳴をあげる者までいる。少しでも近くでみようと寄ってきたクラスメイトたちに囲まれて、ケンジはまるで自分がクラス委員長に選ばれたかのように得意げだった。彼のこぶ虫はその後バベルと名付けられ、全国紙の一面にも記載された。

 ケンジのバベルを皮切りに、常軌を逸したこぶを持つこぶ虫が世界各地で発見され、テレビでは連日連夜こぶ虫の特集番組が放送されるようになった。

 そんな中、海外の有名な研究者チームが次のような研究結果を発表した。

『コブムシのこぶの形状や大きさは各個体が有する遺伝情報によって決定される』

 新しくもたらされた情報に世間は歓喜した。優れたこぶ虫はクローン技術によって複製され、市場には遺伝子組み換えこぶ虫が並ぶようになった。一般家庭でも、優秀なこぶ虫同士を交配させてより優秀な遺伝情報を持つこぶ虫をつくりあげるという作業が延々と繰り返された。

 小学生も同様だった。各自が捕まえたこぶ虫を学校に行っては交配させ、自宅に帰っては交配させ、誰もが奇抜なこぶ虫を作るのに躍起になっていた。

 今やバベルは過去の栄光、ケンジもこれまで以上にこぶ虫研究に没頭し、気付けば学校を休みがちになっていた。ケンジの部屋はこぶ虫でいっぱいになり、エサに困った彼は自分の髪の毛すら与えるようになった。

 多くの社会人が仕事を退職し、こぶ虫に埋もれて生活するようになった。街はこぶ虫で溢れかえり、今や社会は完全に機能しなくなっていた。

 そんな折、海外の有名な研究者チームによって次のような事実が明らかにされた。

『コブムシは胸部のこぶからヒトを興奮させる作用のある物質を空気中に放出する。また、その作用はこぶが大きいほど強い効果を発する』

 しかし、この研究結果が世に出ることはなかった。

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