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冥途の土産  作者: 夏目歩知
7/7

人生の最後に神様がくれたプレゼント


 二人とも汗をかいていた。そしてとても楽しかった。年齢の差は忘れていた。

「シャワーかりるよ」

 相葉くんは風呂場へ行った。みつは、自分の顔を鏡に映してみる。どこからどうみてもおばあさん。シワは刻まれ、シミもある。瞳の瞳孔だけが黒く大きく輝いていた。

 人はなぜ恋をするのか。恋をすると生きるパワーが湧いてくるくるから。毎日がハッピーになれるから。しかし、恋は愛と違って、いつか終わる。恋は期間限定。愛は無限。みつは、相葉くんが戻ってくる前に着替えをした。なるべくきちんと見える服を着た。

 相葉くんにはセックスをする若い恋人がいてよかった。自分にはもうできないから。突然きみちゃんの顔が浮かんできた。きみちゃんが生きていたらなんと言っただろう。きみちゃんがいなくなって寂しい。きみちゃんともっと美味しいものを食べたかったな。きみちゃんの話を聞いてあげたかったな。

 部屋の電気をつけてカーテンを閉めた。

 相葉くんが戻ってきて、みつを抱きしめた。

「ありがとう。もう帰りな」

 相葉くんは微笑んで服を着た。

「またくるね」

「生きてれば」

「死なないでね」

「そう簡単には死なないわ」

「好きだよ」

 こんなに嬉しい言葉はない。照れてしまう。

「お仕事がんばって」

 相葉くんはもう一度みつにハグするとゆっくりとドアを出ていった。みつは、相葉くんからもらった花を見つめるだけでオキシトシンとやらが出ている気がした。人生の最後に神様がくれたプレゼントだ。感謝してもしきれない。彼はもしかしたら天使なのかもしれないと思った。

 十九歳で他界した息子のことを思い出す。あの子は恋も知らずに死んでしまった。いや、もしかしたら自分の知らないところで既に誰かを好きになっていたのかもしれない。そうだといいと願った。


 山手線の電車のなか、ゲームをしている山縣聡志の携帯に店長からラインが流れてきた。

「どう、うまくいきそう?」

「ちょろい」

「ばあさん、いくらもってる?」

「一億くらい」

「でかした」

 山縣聡志の本業は詐欺師。生まれつき人を誑し込むのが得意な人種だ。親も兄弟もいない。もちろん友だちもいない。牡蠣もあまり好きではない。年寄りも好きではない。彼が詐欺師になったのは簡単にお金が手に入るから。騙される方が悪いとすら思っている。89歳のばあさんにはまいった。本気で俺に恋をしているようだった。恐怖すら感じた。罪悪感はない。


 みつの家のチャイムが鳴り、警察と名乗る男が二人玄関の前に立っていた。

「なんのご用でしょう」

「この男を知っていますか」

 相葉くんの顔に似ていた。

「知りません」

「先ほどこのアパートから出てくるところを見た人がいるのですが」

「知りません」

「山縣聡志という名前なのですが。偽名を使っている可能性があります」

「わかりません」

「詐欺師でして。お金を騙し取られませんでしたか?」

「いいえ」

「何かありましたらコチラへ連絡ください」

 警察はみつに名刺を渡した。名刺を受け取る手が震える。足がガクガクする。ドアを閉めるのがやっとだった。大きな声を出して泣いた。


 山手線のなか、二人の刑事が山縣聡志に近づく。逮捕状を見せて手錠をかける。本名山縣聡志、相葉くんが逮捕された。


 みつは全部忘れることにした。牡蠣を食べるのもやめた。でも、あの恍惚の時間はみつにとって紛れもなく、冥土の土産なのであった。


(終わり)

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