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冥途の土産  作者: 夏目歩知
4/7

若い男の子とのデートは、冥途の土産。


 帰り道、きみちゃんが最後に食べたのは担担麺だったのではないか、と気付いた。もし自分が死ぬ前に食べるとしたら何がいいかな。不謹慎だが、そんなことを考えてしまった。子どものころは、母が作ってくれる茶碗蒸しが大好物だったけど、母はとっくにいないし。今では自分で作ることができる。

 牡蠣がいいかな。生牡蠣が好きだ。年寄は生の魚を食べない方がいいだなんて言う医者もいるけど、私は生の牡蠣が好き。レストランで食べ放題食べたい。さっそく明日行こう。自分のアパートの前まで来る。実はみつ、このアパートのオーナーである。競馬で手に入れた大金でアパートを建ててしまったのだ。旦那には内緒で。

 人の不幸は蜜の味、か。旦那が競馬で失敗するたびおかしかったし、病気になったときもざまあみろってちょっと思った。先に死んだ時も泣かなかったし、死んだ後もあまり思い出さない。なんであの人と結婚したんだっけ。女は結婚して子どもを産むのが当たり前の時代だった。選択肢なんてなかったし、違う発想もなかった。よかったのか、わるかったのか。

 夜中に急にお腹が痛くなって起きた。どうやら生の魚にあたったらしい。医者の言うことは一理ある。寝たり起きたりをくりかえし、朝になった。起きるのが嫌になって昼まで寝ていた。このまま死んでしまったらどうしよう。まだ死にたくない。

 パチンコ屋にきていた。にぎやかだ。そうそうこの感じ。いい感じ。生きてるって感じ。店長がきて大声で話しかけてくる。

「久しぶりですね」

「うん」

「元気ないじゃん。お友だちは?」

「彼女、亡くなっちゃって」

「げ、まじ?」

「店長、牡蠣好き?」

「俺、牡蠣食えない」

「なんだよ」

「アイツなら、食えると思う」

 店長が指さした先に可愛い男の子がいた。相葉くんという二十一歳の新人さん。相葉くんが寄ってきて、店長が相葉くんに耳打ちをし、相葉くんがニッコリ笑った。こうしてみつは相葉くんと牡蠣を食べに行くこととなった。家族もいない、友達もいない、孤独な老人が孫くらいの年齢の男の子とデートをすることになりさぁ大変。

 みつはまず、着ていくものに困った。着物はおかしいし、ワンピースも柄が古いし、いつものシャツとズボンも嫌だ。めんどくさいからいっそ断ろうかとも考えたが牡蠣が食べたい。一人でもいいのだけど、誰かいてほしい。しかも若い男。冥土の土産だ。

 もう何年も行っていないデパートの洋服売り場へ行った。昔だったら絶対入らないような普通の洋服がすとんと着られることに感激した。長生きはするものだ。店の店員はしきりに派手な柄をすすめてきたが、無難な色でまとめた。だって牡蠣を食べるだけなのだから。みつは元々お嬢だったので趣味が上品である。顔立ちもなかなかだ。ただ、十二分に年をとっていた。

 紺のロングスカートはО脚の脚をみごとに隠していた。半年ぶりに美容院へ行き、完璧に。女は死ぬまで女。化粧をしなくなったらお仕舞い。

 牡蠣のレストランへ行くと、相葉くんが既に待っていた。黒い洋服をかっこよく着ている。同世代の子にもモテることが89歳のみつにもわかった。どうしてこんな素敵な孫みたいな年の男の子と食事をすることになってしまったのか、自分でもわけがわからなかった。でも心のトキメキはおさえることができなかった。

「おまたせ」

「こんばんは」

「じゃ、入りましょ」

 まわりから見たら、どうみても祖母と孫なのだが、一応デートである。相葉くんはどう思っているのだろう。テーブルに案内されてから、深呼吸した。

「こんなおばあさんと一緒でごめんなさいね」

「いいえ。大丈夫です。僕、牡蠣好きなんで」

「よかった。たくさん食べてね」

「ありがとうございます」

 もちろん、みつのおごりである。そうでなければ若い人はついてこない。白ワインのボトルと牡蠣の食べ放題コースを二人前頼んだ。


(つづく)

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