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冥途の土産  作者: 夏目歩知
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親友の死。こんな時でも寿司がうまい。


次の日、家の近所を散歩していると綺麗なピンクの薔薇の花が咲いていた。みつは辺りを見回してからポキッと花を手折った。昨日はきみちゃんに裏切られたような気分だったのできみちゃんの家の前を素通りしようとした時、きみちゃんの家に警察の人間が出入りしているのが見えた。また、白い紙に『忌』と書かれた張り紙が目に飛び込んできた。

「えっ、誰か亡くなったの?」

警察の人に聞くでもなく聞くと、

「ここの家のおばあさんが亡くなったんですよ」

と答えが返ってきた。

「ど、どうして?」

 今調べています、どいて。とつれなかった。

 きみちゃんが死んだ?信じられない。なんで急に?しばらくボーっと警察がせわしなく動く様子をながめていると、そばにいた野次馬の女性たちが話しているのを聞いてしまった。女性たちの話によれば、昨日きみちゃんのお孫さんが暴れているのをきみちゃんの娘さんが止めようとしていたと。家の外まで聞こえるほどの騒ぎで、帰宅したきみちゃんがそれに巻き込まれたらしいとかなんとか。

 信じられない。あの、きみちゃんが。昨日まで一緒にお昼を食べて、お茶をしようとしていた幸せな人が。胸がどうしようもなくざわざわした。じっとしているのが難しかった。本当なのかしら?夕刊が来るのを待って、急いで新聞を開いた。あった。きみちゃんのことが書かれている。野次馬の女性の話に近いことが記事になっていた。孫が祖母を鈍器のようなもので撲殺とある。動機はまだわかっていないし凶器も見つかっていない。

 よくある事件だが、まさかこんなに身近なところで起きるとは。みつは力なく座った。ため息が出る。あの時、自分がきみちゃんを足止めしていたら殺されないで済んだのかもしれないと思った。でも、孫の家庭内暴力が日常化していたなら、事件に巻き込まれるのは時間の問題だったのかもしれない。しかし、お孫さんが荒れていたという話は一度も聞いたことがなかった。話したくないから隠していたのだろうか。

 ずっと、自分は不幸できみちゃんは幸せなんだと思っていた。ハッとしてきみちゃんの言葉を思い出す。「孤独を楽しんでいるの」きみちゃんはそう言っていた。娘と義理の息子と孫に囲まれて、穏やかな生活を送っているものとばかりみえていたが。実際にはそうではなかったということか。きみちゃんに聞きたくても、もうこの世にいない。

 加害者である孫の動機と凶器が気になる。なぜ、きみちゃんは殺されなければならなかったのか。どうやって死んだのか。知りたい。でも、どうやって。

 気が付いたらまたきみちゃんの家まで来ていた。今度は葬儀屋が出たり入ったりしている。お通夜の準備をしているようだった。娘さんに話が聞きたいと思った。うろうろしているときみちゃんの娘さんの心子さんが帰ってきた。みつの姿をみると、「母がお世話になりました」と暗い顔で言った。「こちらこそ」と言ってからお悔やみの言葉を述べた。「あの」と言いかけたが、心子さんはサッと家の中へ入ってしまった。おや?と違和感を覚えた。

 家に帰って支度を整えてから再びきみちゃんのお通夜へ行った。遺影のきみちゃんはやっぱり幸せそうに笑っていた。きみちゃん、あの日何があったの?教えて。隣の部屋から話し声が聞こえる。心子さんとその旦那はリビングで親戚と談笑していた。母親が亡くなったのになぜ笑っている?しかも息子が加害者なのに。先ほど感じだ違和感が益々強くなる。

 みつは、リビングへ入っていってお浄めのお酒とお寿司をいただくことにした。心子はビールを注いで「ありがとうございます」と言った。「お悔やみ申し上げます」と言ってからすまして話を聞いていた。心子は息子がまだ未成年でよかったとか、おばあちゃんの遺産がどうとかペラペラ話していた。なんて軽薄な、と腹立たしかったが黙っていた。まるできみちゃんが死んでよかったみたいな話し方。ひどい、ひどすぎる。こんな人が娘だなんて、きみちゃんかわいそう。

「おばあちゃんがいなかったら私が殺されてた」

 心子の言葉が胸に刺さった。そう、そうだったの。きみちゃんは娘さんをかばって殺されてしまったのね。しかも可愛がっていたお孫さんに。きみちゃんは勇気ある人。愛あふれる人だわ。私にはできない。だって、私、まだまだ生きたいの。もうすぐ90歳だけどまだ死にたくないのよ。

 息子が病気で亡くなるとき、代わりになってあげたいと思った。でも出来なかった。もしかしたら代わってあげられたかもしれない。今となってはもう遅いけど。

「お寿司いかがです?」

 心子さんに勧められてトロ、ウニ、イクラを食べた。とっても美味しいお寿司だった。きみちゃんごめんなさい。こんな時に。でも、美味しいの。ビールをいただいた後に日本酒も呑んだ。

「あら、お酒お好きなんですか?」

 心子さんが話かけてきた。

「ああ、ええ。きみちゃんとよく食事をしたのよ」

「そうですってね、お話聞いてます」

 心子さんはスッピンで煙草を吸っていた。疲れた様子でビールを飲む。

「きみちゃん、何で殴られたの?」

「水筒です」

「水筒?」

「これくらいの、大きな水筒。こどもが野球で使うんです」

「野球で?」

「息子は新しいのが欲しいって言ったんですけど、あたしが中古の買ってきたらキレちゃって」

「そんなことで」

「反抗期で、手が付けられなくて」

「きみちゃん、そんなこと一言も言ってなかった」

「おばあちゃん子だったんです。おばあちゃんじゃなくてあたしを狙ったんだけどたまたまあたっちゃって」

「ひどい」

 気分が悪くなったので失礼した。わからなかったことも少しわかったし。家庭のことはその家庭にしかわからないと思った。心子さんも苦労していたんだ。お孫さんは後悔しているだろう。してもらわないと困る。


(つづく)

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