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冥途の土産  作者: 夏目歩知
2/7

ひとりぼっちで団子をかじる。昔のことが夢にでる。


 和菓子屋で団子を買った。みたらし二本とあんこ二本。みつのアパートで食べることにした。みつが日本茶を淹れながら鼻歌を歌っていた時だった。きみちゃんの携帯のメロディが鳴った。みつはチッと舌うちをした。うるさいなあ。みつは携帯など持っていなかったし必要なかった。

「はい」

 きみちゃんが携帯に出る。

「なに?よく聞こえない」

 きみちゃんが大きな声を出す。みつはお茶の入った湯呑茶碗を持ってテーブルのところにやってくる。

「もしもし?」

 きみちゃんの相手は何かギャーギャー叫んでいるみたいだった。いたずらか?電話が切られた。

「誰から?」

「娘からなんだけど」

「わかるんだ」

「うん、ここに名前が出るから」

「ふーん」

「なんだろう?孫がどうのこうのって言ってたけど」

「またかかってくるんじゃないの。お団子食べよ。お茶淹れたし」

「うーん」

 きみちゃんは携帯を離さないでいる。

「わたし、帰る。ごめんね」

「えっ、食べないの?」

「気になるから、帰るわ。ごめんなさい」

「えええ」

 きみちゃんはバッグを肩からさげて玄関の方へ向かった。みつはイラッとして黙っていた。湯呑から湯気が立っている。みつがよっこらせと立ち上がるとバタンとドアが閉まってきみちゃんの姿はもうなかった。

 部屋はしいんとして、団子が四本テーブルの上にあるだけ。みつはイライラして団子を捨ててやろうかと思った。でもやめた。もったいないから一人で食べることにした。家族がいる人ってやだなと思った。つまらん、つまらん。一人はつまらん。子どものころの一人っ子の思い出がよみがえってくる。団子を二本食べてお茶を二杯飲んだらお腹がいっぱいになって眠たくなった。昼寝でもしよ。誰に迷惑をかけるでもなし。布団に横になった。

 夕方になって目が覚めた。時計を見ると二時間も経っていた。寝過ぎたか。ベランダに干していた洗濯物を入れて、テレビでニュースを見た。また親が子どもを虐待していたという事件が流れている。馬鹿な親がいたもんだ。自分の可愛い子どもを虐めるなんてさ。うちの息子なんて、と悲しい気持ちになる。

 きみちゃんひどいなぁ。やはり友だちより家族の方が大事なんだよね。あたりまえか。もうずいぶん家族がいないからわからないや。夫が死んだのが十三年前。夫は働くのが嫌いな人で体も弱かった。良いところがあんまりなかったなぁ。せめて顔くらい好い男ならよかったんだけど。競馬を始めたのも夫が原因だった。ギャンブル好きのくせに当てるのが下手な男だった。いつもみつの方が勝っていた。

 あの日もそう。雨の中、みつに馬券を買いに行かせた。みつは夫に頼まれた分と自分の分をわけて買った。みつには独特なデータ分析力とクジ運みたいなものがあり、だんだん勝率が上がっていた。いつもは馬連を得意とするみつであったが、その時はなんとなく三連単を買ってみたくなり、試してみた。それが大当たりしてしまったのだ。今で言う所の二億円近くもうけてしまった。夫には黙っていた。

 今日の夕飯は何にしようか。お昼はラーメンだったから、夜は納豆ごはんでも食べよう。野菜も食べないとね。みつは料理をするのが好きだった。そんなに手の込んだものは作れないが、野菜炒めとみそ汁はほぼ毎日作って食べた。お酒も好きだった。晩酌はあたりまえ。時々昼から呑んだ。今夜もビールと赤ワインをちびちびやった。だいたいこんな毎日。遠くへ出かけることはないが、池袋に住んでいるから近所に楽しい所がいっぱいあった。あきない街だと気に入っている。

 九十歳も近くなると風呂に入るのもおっくうだ。特に湯船に浸かると出るのが大変。シャワーで十分。洗面所で服を脱いでいると外でサイレンの音がした。近所で何かあったようだ。救急車か消防車か。ばらくじっと様子を伺う。あまり近くではないようなので風呂に入ることにした。ふときみちゃんのことが気になる。まさか、関係ないやねとすぐに忘れた。

 夜十一時。布団に入って目を閉じると戦時中の夢を見た。池袋が火の海になっている。みつの実家である齋藤病院の周りには大きな杉の林があったため、火が家に燃え移らずに済んだ。みつと母親は防空壕に隠れていた。みつは十代だったけれども、母親から寝ていなさいと言われたので大人しく寝ているうちに火が消えていた。焼け野原となった池袋の西側をただ風に吹かれながらじっと見ていた。


(つづく)

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