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ランヴァルの魔女  作者: 春群端
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桜色の魔女が二人 4

 ヒカルさんは広間の階段に向かって歩く。不思議に思いながらも付いていくと、階段を回り込んだ踊り場の下に、四方を囲まれた中庭へ出る扉があった。踊り場の下の空間には蝋燭を立てるようにできたシャンデリアがあったけれど、火は点っていなかった。


「俺たちがいる建物が奥になる。さっき見た玄関を出ると崖になっているから、用がない限りは開けないように」


 崖にどんな用事があるというのだろうか。

扉を開けて、外に出るよう促される。


「右の方から正面に向かってL字型になっているのが職務用の部屋が入っている建物で、左の建物が資料館だ」


 右の建物は木造で、左の建物はレンガ造りだった。中庭を突っ切った反対側には、建物の外へそのまま出られるようにアーチ状のトンネルが造られている。

 中庭に続く数段の階段を降りると、四隅に数本木が植わっているのがわかる。やはり葉は紫で、幹の色は黒く見えるくらいに濃かった。天気が良ければ陽が降り注いで、気持ちよく寛げるのかもしれない。中庭の中央には四つ、やたら大きな扉だけが立っていた。


「さて……先程の続きだが、魔女が他とどう異なるのかというと、魔女はツァウベルへの感度が高く、どんなにツァウベルがなさそうな場所でもわずかでも見つけてそれを使うことができるんだ。だからさっき話していたような、魔女がツァウベルの性質を特別見分けるというような話も出てくるわけだが」


 再びヒカルさんが先を歩く。中央にある扉に向かって。


「また魔女や魔法使いの多くは水晶より杖を持つ。魔術師とは違い呪文を使わずツァウベルを使うことができるし力も大きいんだが、これが逆に厄介なんだ。魔術師がツァウベルを行使するより影響を及ぼす範囲が広くなってしまうため、その影響をなるべく一点に集めるように杖で示している」

「じゃあ呪文を唱えるようにしたらいいんじゃないですか?」


 そう思うだろう? と彼は肩を竦める。


「魔女や魔法使いは、力を抑えて細かく使うというのが苦手なんだ。だから燈夜のように建物に対して細々と魔法を使うような人間は、そこに努力があることがよくわかる。もともと器用な奴もいるが」


 扉の前に着いて足を止めた。遠目に大きな見た目であることは想像できたものの、いざ近付いてみると自分の背の三倍は高さがあった。どれも不規則な向きに立っていて、巨大な岩から削り出したように継ぎ目のない造りになっていた。それぞれ別の色をして鈍く艶を放って、どんな石材を使っているのかまではわからない。細かく模様の彫られた取っ手だけは金属だと思う。鍵を差し入れるような穴がない。


「最後に魔法使いだが……魔法使いは魔女や魔術師に比べて、ただただツァウベルを受け止める容量が大きい」

「容量が大きい……?」


 力が強いということ?


「些細な魔法であれば、受けたものを自分の身で受け止め切ってしまうんだ。そして個人差はあるがだいたい消化してしまえる。病が移ってもほとんど自然治癒すると言ったらわかりやすいかな? だからまあ、もし何かツァウベルによって異変が起きたりした場合は、まず魔法使いが駆り出されるわけだ」


 はあ、と苦労が滲んだ溜め息が出た。彼やラグノットが魔法使いであることは感じていたので、今まで大変だったのだろうなと察する。


「受け止められるツァウベルが多い分強いかといえばそれは努力次第だし、場合によっては身の内に溜め過ぎて扱い切れずに床に臥す。たまに死ぬ。そんなところだ」


 だいぶカジュアルに最悪の事態が告げられたのは、それが滅多にないことだからだろうか。一抹の不安が過る。

 ともあれ、何か入り組んだ物事に対しては魔術師を、ツァウベルが少ない場所には魔女を、不測の事態には魔法使いを頼るようにとのことだった。そしていずれかに属していても個人差がもちろんあり、自分の特性以外も極められれば、さまざまことに対処できるようになるとも。

 そうは言っても自分が魔女だからと、自分がツァウベルを集めるのが上手いかどうかなんてわからなかった。実感がない。それにまずは、自分にできることを増やさなければならない。


「杖を出して」


 ヒカルさんは指示を出すと辺りを見回して、落ちていた木の枝を拾いに行った。くっついている葉を落としながら戻ってくる。わたしは杖を両手で握りしめて待っていた。


「枝をどうするんですか?」

「杖の代わりだ。指で指し示してもいいんだが、ツァウベルが集まる感覚が苦手で」

「ヒカルさんは杖を持っていないんですか……?」

「少し前に壊してしまったんだ」


 色々あって、と遠い目をされたので深くは聞かないことにした。

 彼は一つ咳をして、枝を象牙色の扉の横に向ける。扉だけが独立して聳えているので、その隣に目に見えるものは何もない。


「ここは扉がある分、色々な空間に繋がりやすくなっている。そして空間の膜みたいなものに手を入れやすいから、空間の開閉を練習するのに打ってつけなんだ。新しい空間が見つけられるなら儲けものだろう。俺たちじゃ滅多なところに繋がらないしな」


 ほとんどこの空間に切れ込みを入れるだけだ、と。


「それじゃあ俺が空間に切れ目を入れるから、それを塞いでみてくれ」


やり方は、と聞く前に枝の先に光が生まれて、下から上へ空気を切り裂くように振り上げられた。空中に糸のように細い線が生まれて、大きな口が開くように徐々に白く発光する粒子が零れてくる。


――()()()()()()


「その杖はもともと空間を開くための形状になっているんだ。扉の四人――最初に世界を見つけて行き来することを発見した彼等の内の一人、リーヴェル・ランヴァルは、中でも飛び抜けて空間の往来に長けていた。何より彼女だけだったんだ。扉を介さず、未知の空間へも移動ができたのは」


 リーヴェル・ランヴァルがすごい魔女だとは、兄にも聞いていたけれど。

 ヒカルさんは少し離れた蒼い扉に凭れ掛かって、こちらを見守っている。


「それでどうしようか。その大鎌は切り裂くためのもの。塞ぐにはどうする」


 この切れ目を塞ぐには、おそらく集中して閉じろと強く念じればいい。杖を出すときも出てくるように念じていたし、秋月さんがエルガーに対峙していたときも、エルガーが元の居場所に戻るようにツァウベルに命じていた。兄にも最初に言われたのだ。ツァウベルを使う時には、それが自身にもともと備わる手足であるように扱うこと。それでツァウベルは――魔法は使うことができるのだ。

ただこの空間の切れ目は、なぜだかそれだけでは塞がらないだろうと直感していた。

 念のため一度杖を切れ目に向けて、閉じるイメージを頭に描いてツァウベルを導いてはみた。切れ目は塞がらずに、どんどん空間の向こうのツァウベルが溢れてくる。

 別の空間から出て来たツァウベルは、徐々にわたしの周りを囲うような動きをする。数が段々増えて、光の渦の中心にいるようだった。その渦からはみ出るように一筋ツァウベルが飛び出して、杖を構える腕にぶつかって弾けた。途端にぞわ、と鳥肌が立つ。


「何……?」


 一瞬渦の隙間からヒカルさんが口を開いたのが見えたが、何を言おうとしたのかまでは聞き取れなかった。渦の勢いが増してくる。

 どうしたらいいのか。

 このツァウベルは何か違う。ここにあるようなものと、自分に宿っているものとは異質なものだ。このままこの空間に存在させていてはいけないものだ。


「そう――だからね、元の空間に戻すのよ」


 耳元で声がして……この声は、


「サリタ?」


 振り向こうとした。


「集中するの。それはあなたたちにも相容れない。まだ自分のツァウベルを感じられる?」

「……ええ」


 わたしは杖を握り直す。どうして彼女がここにいるのかだとか、そういったことは後回しにして。


「杖の先に媒体が嵌っているでしょう。それを喰わせるの。だからそこに、あなたのツァウベルを宿らせて」


 言われた通りに意識する。すると鎌に嵌った石が熱を帯びたように光りだした。


「あとはそのまま、刃で口を留めるように閉じるのよ。そうすれば自然と、綻びを修復しようと理が働くから」


 大鎌を一度振り上げて、空間の切れ目の上部に思い切り突き刺した。三日月型の刃の先が、切れ目の下部から出る。閉じろ、と強く念じた。大鎌に嵌る石へ、渦を巻いていたツァウベルが引き寄せられていく。それが徐々にぽっかり開いていた空間を塞いでいき、最後にひときわ強い光を放つと跡形もなく消えた。


「……できた……?」


 杖もいつの間にか突き刺さっていたのが元に戻っていて、大鎌の石も装飾しているだけの状態になっていた。どっと疲れが襲う。安心して息を吐き、はっとして振り向くと、サリタの姿は見当たらなかった。彼女はどうやって現れて消えたのか。


「……や、広夜」

「え、あ、はい」


 名前が呼ばれて、そういえばヒカルさんはサリタを見ていなかったのかと気になった。彼に慌てた様子が見られないのだ。


「よく一度でできたな。大抵は数時間掛けて試行錯誤するんだが。さすがランヴァルの魔女と言うべきだろうか」

「え……?」


 やはり彼はサリタの姿を見ていない。


「普通はあの穴を見て、中を眺めたり気分が悪くなる者が多いんだ。ただ黒々とした口が開くだけなんだが、自分の立っている場所が不安定になる感覚があるというか……慣れれば問題ないんだがな」


 いやあれは慣れない。少し触れただけで寒気がするのに。……というか、あのツァウベルも見えていなかったのだろうか。わたしが大鎌を突き刺していたところしか見ていなかった? 疑問が次から次に浮かんでくる。

 もう一度切れ目があった場所に目を向けると、ふわ、と頼りない光が浮かんでいた。先程の取りこぼしだろうかと判断しかねていると、光は中庭の向こう、アーチ状のトンネルまであっという間に移動して見えなくなってしまった。追いかけた方が良いのか。迷っていると、淡い桜色の髪が視界で揺れた。それも瞬きの間に消えてしまう。


「待って、」


 迷いが消えて駆け出した。杖は邪魔なので仕舞う。


「広夜⁉」


 背中に驚く声が聞こえたけれど、それよりサリタらしき影が気になった。

 中庭を出てトンネルを抜けると、そこから敷地の外へ向かう通路を駆けてぐるりを囲む壁の向こう、開いた門扉の外へ消える影を追う。門の外に出ると辺りにいっそう霧が立ち込めて、右手に灯りが揺れるのを認めてそちらに向かった。壁に沿って進むと、その途中で左に折れる小路がある。灯りはそこで宙に浮かんでいた。おそらくさっきの小さなツァウベル。


「……サリタ?」


 小路に入ると、霧と暗がりで見えにくかった影の輪郭がはっきりした。彼女だ。


「ランヴァルの子。やっぱりあなたが杖を使えるのね」

「やっぱりってなんのことなの?」


 サリタは無表情のまま首を傾げた。


「あなたにお願いがあるの」


 わたしもサリタに聞きたいことがある。たくさんあるのに。


「わたしは兄を探しているの。彼のいる空間に行きたいのだけれど、わたしでは見つけられなくて」

「お兄さんを……?」

「そう。スクルに会いたいの」


 サリタは目を伏せる。同情と、少しの怒りが湧いた。


「わたしだって、兄さんを探しているわ。あなたは何か知っているんじゃないの?」


 上手く気持ちが抑えられない。


「もう一人のランヴァルの子は、今どこにいるのか知らないわ。秋月か天嶽(あまたけ)に聞いてご覧なさい」

「秋月さん? それに誰なの、アマタケって、」


 何がどういうことなのかわからないわたしの心情なんて余所に、サリタは目を合わせて再度乞う。彼女の瞳の色は、わたしより幾分薄い色合いだった。翡翠より蛍石。


「あなたにしかできないの。百年以上待ったの。どうかお願い。兄のいる空間を見つけて――」


 言葉の途中で、視界で鋭い光が弾けた。


「コーヤちゃん、こっちに」


 眩しさに目を細めて、リウの姿を確認する。視界がくらくらする。


「もう……ブルクの子は嫌いだわ。エリットも話を聞かなかった」


 そう言ってサリタは消えた。小路にはわたしとリウと、それからヒカルさんも駆け付けた。


「大丈夫? 何もされてない?」


 心配される声を聞きたくなかった。どんどん増えるわからないことが嫌になって涙が滲んでくる。わたしは兄さんを見つけたいだけで、でも、サリタが彼女の兄を探しているというのも、辛い気持ちがわかることもあって苛々してきた。わたしがランヴァルの人間だからといってなんでこんな。積み重なるように色んなことが。

 押し黙っているとリウが近づいてきて、顔を覗き込もうとしたその首元のシャツを引っ掴んだ。目を見開く彼を睨んで、


「あなたはわたしに協力してくれるのね?」


 一拍置いて、もちろん、と彼は言った。


「わたしは兄さんを見つけたいの」

「僕もトーヤを見つけたいよ」

「それからツァウベルのことも知りたい。空間のことも」

「なんなりと」

「秋月さんにも会わないと」

「僕も探そう」

「アマタケが誰なのか知ってる?」

「いや、知らない」


 それから、


「サリタのお兄さんも探すわ」

「……なんだって?」


 わたしとリウのやり取りを、ヒカルさんは呆気に取られて見ていた。

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