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ランヴァルの魔女  作者: 春群端
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魔女と魔術師 3

 一晩明けて目が覚めた場所が自分の部屋だったので、昨日の事が実は夢なんじゃないかと寝起きの頭で考えていた。結局聞けたのが魔法使いや魔女、魔術師たちがどういったものなのかということだけで、兄については明日また話そう、と言われたのだ。たくさんのことをいっぺんに聞いても混乱するだろうから、と。そう、明日、と言っていたが、わたしには昨日の彼等のような移動手段がない。ぱっと起き上がって試しに自分の部屋のドアノブを握りしめ、台所に出たいと念じて開けてみたがいつのも廊下に繋がった。兄は自分が本来の姿に戻るための方法やツァウベルの流れを見つける方法、簡単な身の守り方、家に掛かった魔法の使い方は教えてくれたが、空間を移動するための方法は教えていなかった。おそらくこれまでの生活に即したものから順番にと思ってのことだろうとは思うけれど。

 とにかく昨日別れる際に明日ねと手を振ったリウを思い出して、せっかく兄を見つける糸口を掴んだのだから、あれは夢じゃない現実だと信じるしかなかった。

 気持ちを切り替えると出かける支度を整える。今日は終業式だ。朝食を食べ終えて、後片付けもすると学校へ行くのに丁度良い時間になる。今日も兄がいない現実をひしひしと感じながら、自分以外誰もいない場所に「いってきます」と声を掛けてから家を出た。これが合図で、留守の間に家に何か異変があれば、魔法がある程度対処するようになっていた。泥棒を弾き飛ばすとか。兄の近所付き合いのおかげで、おかしな噂は立っていない。

 終業式とホームルームを終えれば、無事春休みを迎える。そうすればいくらか時間ができる。といっても二週間程度だけれど。

 今後についてあれこれ考えながら学校に付き、着々を終業式を終え、ホームルームを終え、いつも通りの平穏な学校生活を終えた。昼食をどうしようか迷ったけれど、誰がいつ家を訪ねてくるかわからないのでさっさと帰宅することにした。部活動を始める人たちが校庭に出てくるのを横目に帰路につく。


「広夜ちゃん!」


 学校を出て程なくして大きな声で呼びかけられた。声のした方に身体を向けると、来た道の途中にあったパン屋から、懐かしい人が姿を見せたので驚いた。片手に持ち手のついた紙袋を持ち、もう片方にトートバッグを持って小走りにこちらにやってくる。


「久しぶりだねえ。元気だった?」

「はい……秋月さんもお元気そうで何よりです」


 西秋月(いりあきづき)さんと知り合ったのは三年程前で、図書館で話しかけられたのが最初だ。彼女はわたしが通う高校の卒業生でもあった。去年引っ越してからは音沙汰がなく、どうしていたのかまでは知らなかった。


「しばらく合わない間に高校生になったんだねえ。制服懐かしい」


 彼女は眼を細めて笑う。


「丁度今から広夜ちゃんのところに行こうと思ってたの。お兄さんいる?」


 そう聞かれてはっとした。秋月さんは兄のことを知っているのだ。一週間も兄がいないと言ってしまおうかとも思った。でもそれで警察に行こうとなったらどうしたら、と考えてしまうと迷ってしまった。彼女に自分の不安を聞いてほしい、助けてほしいという期待と、普通の人にはどうしようもないことなのではという気持ちがせめぎ合う。


「兄は……今はちょっと、家にいなくて」


 結局そういう答え方しかできない。


「そっかあ……」


 ううん、と秋月さんは何事か悩む仕草をする。彼女は兄とも知り合ったあと、たまに家の蔵書を借りに来ていたので、おそらくそういった用事があったのだろう。


「あの、良かったら家に寄って行きませんか? お茶だけでも」

「ほんと?」


 頷くと、


「良かったー! さっきおうちを訪ねるのに手ぶらなのもなあって思って、そこのパン屋さんに寄ってたの。ごはん食べた?」

「いえ、まだ」

「じゃあさっきパンもクッキーも買ったから一緒に食べましょう。あそこのパンね、おいしいの」


 荷物を持とうと提案したら大丈夫と言われたので、そのまま家に向かって歩き出した。いつ昨日会ったリウかミユ、それともチェルニーが来るかわからないのだけれど、少しでも親しい人と一緒にいたいという気持ちが勝った。

 お互いの近況を話していると、あっという間に自宅の門の前まで着いていた。

 鍵を開けて門の中に入ったところで、玄関の扉が不意に開く。わたしも秋月さんもぴたりと足を止めた。咄嗟に逃げようと秋月さんの腕に手を伸ばそうとした時だった。


「あ、コーヤちゃん。まだ帰ってなかったんだね」


 玄関から姿を見せたのはリウだった。このタイミングで。それに勝手に人の家に入らないでほしい。扉を介して移動しているからそれはどうにもできないのだろうか。


「えっなんでリウ」


 そう言ったのは秋月さんで、


「あれアキヅキちゃん?」


 と言ったのはリウで、わたしは二人を交互に見た。二人はというとわたしの方を見て、お互いの顔を見て、


「僕さあこの間からアキヅキちゃんのことも探してたんだよ? どこにいたの」

「やだーわたしのこともってなあにー?」

「気づかないと思ってたー? ……サリタのことに何か関わってるでしょ。君は誰にでも手を貸すから」

「誰にでもじゃあないわねえ。でもそっか、ううん」


 秋月さんはわたしと目を合わせる。どきりとした。リウのことを知っているならば、つまり彼女も魔法使い、魔女、魔術師のいずれかに属するのだ。けれど今までそんな素振りも、何らツァウベルの気配もしなかった。彼女はいったい、なんなのだろう。


「広夜ちゃん、自分が魔女だって自覚あるわよね? 燈夜もあなたにできることを教えるって言っていたから」


 秋月さんが兄を呼び捨てにするのを初めて聞いた。いつも「広夜ちゃんのお兄さん」や「お兄さん」と呼んでいたから。


「秋月さんは……なんなんですか? それに、あの、」


 聞きたいことがわっと集まってきて、何からどう聞けばいいのかわからなくなる。親しいと思う人に自分の知らない面があっても、それを知っても驚いてそれだけだろうと思っていたのに。今回は事情が違った。兄が帰って来ないことだとか、魔術師たちの事情とか、そういったことが重なってしまって、結果動揺が大きくなっているのかもしれない。秋月さんが彼等と知り合いなら、本当は兄について何か知っているんじゃないかとか――


「よっしじゃあ話しましょう。その前にご飯食べてもいい?」


 彼女は手にしていた紙袋を揺らす。


「丁度人数分あるから」


 とりあえずここじゃご近所に見られるしと、三人とも家の中に入った。

 なんだもういっぱいいっぱいで、食事が喉を通りそうにない。

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