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ランヴァルの魔女  作者: 春群端
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プロローグ 一年前に遡る

 去年の冬の終わりのことだった。


「高校生になる君に一つ、秘密を教えてあげようと思うんだけど」


 北向きのほとんど暗い廊下の窓から入り込む日の光に照らされながら、どうしよう、とちょっと困ったように眉をハの字にしながら兄が言っていたのをよく覚えている。この人には明るい場所が似合うのに。


「実はわたしも魔法使いだったとか?」


 そう茶化して聞いてみたら、実はそうなんだよねと軽く返されてしまって驚いた。兄が魔法使いであるのは物心がついた頃には当たり前のこととして受け止めていたのだが、自分にその素養があるとは思っていなかったのだ。


「とは言っても、広夜(こうや)は魔女なんだけれど。リーヴェルの話は覚えてる?」


 廊下を進みながら兄が尋ねてくる。


「ひいひいひいおばあちゃん。ここに家を持って、そのあと静かに暮らしました」

「そのリーヴェルがとってもすごい魔女だったことは?」

「もちろん覚えてる」


 昔々、世界がいくつもあって、それぞれがくっついたりぶつかったりしないようにした魔女がリーヴェル・ランヴァルだ。ランヴァルはこの世界の人ではなかったので、のちに結婚して名前は季高(きたか)はる代となっている。今そんな有耶無耶なことをしようとしてもできないだろう。

 廊下の突き当りには滅多に開けない部屋があって、兄はその扉の前で立ち止まった。


「……どうしよう……やっぱりやめていい?」

「ここまで来ておいて?」

「そっ……うだけど……」


 煮え切らない。兄は他人のために悩む人なので、昔はそれに気づかずよく怒ってしまったけれど、今はそう――ちょっと苛々するくらい。


「僕としては何事もなく静かに君に人生を送って欲しいんだ。ただどうしても自分の力ではどうしようもないことってあるだろう? そういう時に自分で自分のことを知らないのは都合が悪いし対処も遅れてしまうし……何より君は賢いと信じているんだけれどさ」

「わたしのことで何か隠していたのね。いいわ、大丈夫、びっくりはすると思うけど」


 心の準備はしたことを伝えて促すと、ようやく兄は苦笑を漏らして、触らせてね、と断ってからわたしの髪に触れた。そうっと柔らかな手付きで一房掬うように持つと、そこからみるみる髪の色が変わっていく。


「君の髪の色はリーヴェルと同じ桜色なんだ。目の色も彼女と同じ翡翠の色」


 目については毎日鏡を見ていたから知っていた。今時ダブルなんて珍しくもないので取り立てて気にされることもない。でも髪の色は、桜色と言ってはくれても要はピンク色なので、ちょっと……。


「……派手じゃない?」

「落ち着いてて綺麗だよ。いつもの黒髪でいることを自分でコントロールできれば問題ないし」

「一応聞くけど、どうして桜色になるの……?」

「それはツァウベルの影響だね。ただ影響の仕方もどうしてそうなるのかもわからない」


 ツァウベルの影響。ツァウベルは魔法を使うために必要な要素で、魔法そのもの、だったはず。わたしは兄のように普段から魔法使いとして過ごしているわけではないので、教えてもらった知識でなんとなく理解するしかない。わたしはこれからその魔法使いの域に足を踏み入れようとしているわけだけれど。


「大丈夫、とても綺麗だよ」


 微笑む兄の瞳はわたしと同じ翡翠の色。彼の髪の色は亜麻色で、母と同じ色をしていた。

 兄は上着のポケットから鍵を取り出してガチャリと音を立てて開けると、それをわたしに差し出す。


「今日から広夜が持っていて」


 頷いて受け取るのを見届けてから扉を開けた。

 部屋の窓は全て閉ざされて、光が入らないよう――外から見えないように、重たいカーテンが引かれている。小さい頃入った時には明かりがあったと記憶していたけれど、他の部屋と同じように壁にスイッチがあるわけでもなく、燭台や懐中電灯も今は持っていない。


「兄さん、」

「ちょっと待って」


 兄がパチンと指を鳴らすと、途端に天井に吊るされたシャンデリアに灯りが点った。蝋燭もないそこに、丸く発光するものがゆらゆら揺れながら止まっている。

 わたしは指が鳴らせないので、果たしてどうやって魔法を使うのだろうかと不安になった。……たぶん格好をつけただけなんだろうけど。


「さあこっちに来て。ランヴァルの杖、昔見たのは覚えてる?」


 リーヴェル・ランヴァルが使っていたという、今はもう使う人のいない杖だ。壁に取り付けられた金具に掛けてあるそれは、わたしの背より頭一つ分は大きくて、先の部分に透明な水晶のような石が付いている。


「これ実は大鎌なんだけど、扱えたのはリーヴェルと……確かひいおじい様だけで」

「魔法を使うのに大鎌なんているの……?」

「何せリーヴェルはすごい魔女だったから」


 説明になっていない。

 僕が使えたら良かったんだけど、と呟いたのが聞こえた気がした。


「じゃあ持ってみて」

「え?」

「大丈夫、君は扱えるよ。リーヴェルの力を強く受け継いでいるから」


 兄が言うのを信じて、おそるおそる手を伸ばした。両手で掴んで壁から外すと、ふわっと風が生まれて部屋の中に広がった。杖の先に付いた石が、ほのかに光を発している。そこから出たいのだ、という意識が流れ込んでくる。


「え、これ、兄さん、」


 風は止まずに徐々に強くなり、カーテンの端が煽られて音を鳴らした。


「ゆっくりでいい。本来の形になるように、ツァウベルを促して」


 ツァウベルは魔法そのもの、と昔教えてもらった言葉が頭を過る。


「本来の形に――」


 ひときわ強く杖の先が光ると、瞬きの間に、先程まではなかった刃が出現していた。大きくて恐ろしいかと思いきや、身のほとんどが色の付いた石で装飾されていて、とても実用的には見えない鎌。なぜか重みも感じない。


「それがうちで一番の魔法使い――魔女に与えられる杖だよ。魔法を使うときはそうして使うんだ」


 さて、と兄は伸びをする。


「とりあえず杖はそれ。ツァウベルの使い方は追い追い身に着けよう。もうすぐ春休みだったね」


 確かにそうだけれど、まずこの杖はどうしたら良いのか教えてほしい。重くはないけれど、持っていても邪魔になる。


「それから僕の仕事の話もしよう」


 兄はちょっと考える素振りをしてからそう言った。そういえば兄は、自分がどんな仕事をしているのか、今まで明かしてくれなかった。ようやく話してくれるからには、おそらくそれも魔法に関係したものなのだろうと思う。実際聞いてみてその通りだったのだが。

 部屋を出ようとする兄に慌てて杖をどうしたら良いのか聞いて、自分で考えてごらんと悪戯っ子の顔で言われた。

 今では簡単に杖を出したり消したりできるけれど、あの時はなかなか苦労したのだ。

 わたしの魔女としての人生は、そうやって始まった。

 そして今年の春。

 一週間前に消えた兄を訪ねて、魔術師の青年が現れた。

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