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第四話 命の煌き

「なあ、どうやら俺は死ぬらしいぞ?」


 ぼろぼろのベッドに横たわった中年男は、窓の外に視線を向けながらぽつりと呟いた。


 男は画家だった。


 身体は病に冒され、目もかすみ、腕は筆を持つことさえ困難だ。それでも彼はまだ己が画家であると自負していた。


 ああ思い通りに動かない自身の身体が恨めしい。


 窓から空を見上げると、名も知らぬ二羽の鳥が優雅に翼を広げて空を舞っているのが見えた。


「・・・空飛ぶ鳥は、飛びたいなんて考えもしないのだろうな」


 空飛ぶ鳥が飛びたいなどと考えないように。健康な人間が健康を願う事もないのだろう。そんな事実にふとおかしさを感じながら男は口を開いた。


「それで、この病気はアンタの薬で治せるのかい?」


「ソレは無理ネ。病気が進行しすぎてるヨ。流石の私でも今のアナタを直す薬持ってないネ」


 男の問いに妙なイントネーションで答えたのは自らを薬屋だと名乗る奇妙な男だった。黒を基調とした衣服に身を包み、大きな鷲鼻の上にちょこんと小さなサングラスをかけている。つるりとそり上げられた頭が眼を引いた。


 その答えを聞いて落胆した様子の男に、薬屋はしかしと言葉を続ける。


「確かに病気は治せなイ・・・けど、少しの時間身体をごまかす事は出来るヨ」












 男はとある桜の木の前に陣取り、最後の作品の制作に取りかかっていた。


 軋む節々、痛む手足、眼は霞み頭は割れるように痛む。


(・・・それでも手が動くなら描ける)


 筆に絵の具を塗りたくり、真白な紙にそっと乗せる。




『桜は綺麗ね。・・・ねえ×××、私桜が一番好きなの』




 彼女の声が聞こえる。


 ああそうだ。桜は彼女が一番好きな花だった。


 優しい瞳で桜の花を見上げる彼女の横顔が美しすぎて、男は桜より彼女に見とれていた。





『ねえ知ってる? 桜の下には死体が埋まっているんですって。その血を吸った桜は白い花を紅く染めるのよ』





(ああ、ならその死体は俺で無ければならぬ)


 そうありたいと思った。


 自分の死体から吸い上げた血で花は紅く染まるのだろう。


 紅く染まった桜の花を、彼女に綺麗だと褒めてもらえたのならもう男に悔いなど無いのだから・・・。


 紙に絵の具を塗りたくる。


 雄々しくも曲がりくねった桜の幹。生命の力に満ちたその幹は意外にも華やかな花とは対照的に無骨で荒々しいのだ。


 視界がチカチカと明滅する。


(まだだ・・・まだ絵が完成していない)


 この絵の要・・・紅く染まった桜の花を描くために紅い絵の具に手をかけ・・・・・・男の視界が真っ白になった。


 どうやら薬でごまかしてきた身体が限界を迎えたらしい。


 動機は激しく、腕はもう動かない。


 男は描きかけの絵に頭を突っ伏して、大きな咳と供に吐血した。吐き出された血の紅が幹だけの桜に満開の花を咲かせる。


(・・・どうやらこれまでか)


 思えば下らない人生だった。


 画家を志し


 絵を学び


 描いて


 描いて


 そして病に侵された。


 きっと男の人生に意味なんて無く・・・しかしその死体は桜の下にあるのだろう。





『ねえ、知ってる?』




(ああ知っているとも。きっとその死体は俺だ。俺の血が・・・人生がその桜を紅く染めたのだ。だからこそアナタに見て欲しい。俺の・・・絵を・・・)












「これが彼の最後の作品・・・ネ」


 薬屋は一枚の絵画を眺めていた。


 雄々しくも繊細に描かれた桜の幹・・・対照的にその花は暴力的なまでに紅く、そして上から血をぶちまけたかのように荒々しい。


 不思議な絵だ。


 むちゃくちゃな構図の筈なのに何故か見るモノを引きつける力があった。


 薬屋の男はソレを額縁に入れると大事そうに鞄にしまって立ち上がる。


「薬代は確かに頂きましたヨ」









ここは小さな薬屋さん


珍品名品なんでもござれ


出張販売も行っております


アナタが気に入る薬もきっと見つかるでしょう。


またのご来店をお待ちしております。


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