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第三話 幸せな男

 私はとても幸せな男だ。


 美しい妻。


 愛らしい娘。


 充実した仕事・・・まさしく私の人生は欠けた所の見当たらない完璧なモノだった。毎日が幸せで満ちあふれ、心はいつも穏やかだ。


「神よ、幸せな毎日に感謝します」


 そんな幸せの日々の中、私は奇妙な男と出会った。


「アイヤー、そこの素敵な旦那さん。良い薬あるヨ、安くするカラ見て行っテ」


 不思議なイントネーションで離すその男は、どうやら露店で薬を売っているようで道行く私に声をかけてきた。


 愛する家族のためにいくつか風邪薬でも買っていこうかと思った私は男に導かれるままその露店に寄っていく事にしたのだ。


 奇妙な店だった。


 風邪薬や傷薬などなじみ深い薬はもちろんあったのだが、愛の妙薬だの強くなる薬だの見たことも無いような不思議な薬がずらりと並べられていたのだ。


 しかし私には関係のない事。


 風邪薬と傷薬をいくつか選び会計をした(それは驚くほど安かった)。店主は金を受け取りながらニヤリと胡散臭い笑みを浮かべ、私に語りかけてくる。


「旦那サン、他の薬はお気に召さナかったのかイ?」


 他の薬とは陳列されていた奇妙な薬の事を差しているのだろう。私はその問いに首を横に振る。


「おもしろい薬だけど・・・どうやら私には必要ないものだ。だって私の人生は既に幸せに満ちているんだから」


 私の言葉を聞いて、店主は驚いたような顔で眼を丸くした。そして何やら考えているかのようにその禿げ頭をボリボリと掻くと何やら背後に置いてあった薬箱から一つの薬瓶を取り出して私に差し出してきた。


「じゃあそんな幸せな旦那サンに私からのサービスだヨ。幸せな毎日が続くなラその薬の存在は忘れてイイ。もし幸せじゃナイおもたらコレ飲むといいヨ」


 瓶の中身は無色透明で、陽光を受けてキラキラと輝いていた。


 何故だかは分からない、分からないが私は何の抵抗もなくその薬を受け取っていたんだ。














 最近仕事がうまくいかない。


 朝も夜も仕事仕事。休みも少なく真面目に頑張っているというのにどうしたことだろう? しかし私は幸せな男だ。


 どん詰まりの私に、最愛の妻は「そんな事もあるわ」と優しく支えてくれる。愛しい娘も「パパ頑張って」と励ましてくれるのだ。


 何と幸せな事だろう。


 仕事がうまくいかないなんて些細な事だ。


 だって私には愛する家族がいるのだから・・・。










「ママ・・・ママぁああ!!」


 妻の棺の前で泣き崩れる我が娘。


 流行病だった。


 もともと体の弱かった彼女は・・・そのまま帰らぬ人となってしまったのだ。


 ぎゅっと、娘を抱きしめる。


 熱い。


 子供特有の高い体温が伝わってくる。


 泣き言は言っていられない。愛する我が子を守らなくては・・・。


 私は幸せな男だ。


 最愛の存在を失ってなお、命をかけてでも守りたいと思える存在がいるのだから。











「やあ、今日も来たよ」


 私の手には花束が二つ。


 それをそれぞれの墓の前に置く。


 妻と・・・そして娘の墓前に・・・・・・・・・。


 幸せとは何だろう。


 人生とは何だろう?


 わからない


 私には何もわからない。


 そして私は懐から一本の薬瓶を取り出した。


 透明な液体が陽光を受けてキラキラと輝いている。


 コルクを抜いて、その中身を一気に飲み干す。さらりと喉の奥に流れ込んだその液体は柔らかな冷たさを持って胃袋に到達し、ゆっくりと全身に広がっていくのがわかった。


 身体がその感覚を失ってゆく。


 足に力が入らず、私は二人の墓前で力なく膝をついた。


(・・・・・・・・・ああ、これで二人の元へ・・・)


 私は、幸せな男だ。


 だって、こんなクソッタレな現実なんて


 もう


 見たくは無かったのだから。










「お気の毒ニ」


 墓の前で静かに息絶えている男を見て、禿げ頭の怪しい男はそっと言葉を紡いだ。


「アナタは家族を愛しすぎテ、それ以外に価値を見いだせなくなってしまったんダネ」


 そして男は死体の見開いた眼をそっと閉じてやるとその場から立ち去った。


「穏やかな顔をしてたヨ。きっと今頃あの世で家族と会えているンじゃないカナ?」







此処は奇妙な薬屋さん


珍品名品なんでもござれ


アナタの気に入るものがあるかは分からないけど


またのご来店をお待ちしております。



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