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第一話 強さへの誘惑

 底辺冒険者のカイトはうだつの上がらない駄目男であった。


 齢32。働き盛りの年齢だというのに生来の怠け癖もあって、熱心に働くと言うことをしない。修行なんてもってのほか、そんな暇があるならなけなしの金で酒をかっくらうような有様だ。


 そんな男だから強い筈も無く、たまに受ける依頼は薬草取りや掃除の手伝いなど駆け出しの冒険者がやるような人気の無い地味な仕事ばかり。それらを適当にこなして手に入れたわずかな報酬は酒代に消えてゆく。


 夢も無く希望もない。


 その日その日をなんとなく生きている。


 カイトはその日、珍しくいくつかの依頼を終えて懐が潤っていた。


 今日は何を飲もうかとるんるん気分で歩く帰り道。何気なく普段通らない裏道にひょっこり顔を出す。


 するとどうだろう。いつの間に出来たのか見覚えの無い露店が店を構えていた。興味を引かれたカイトはその露店の主人に声をかける。


「・・・よう。この露店は何を売ってるんだい?」


「アイヤー、いらっしゃいませ旦那サン。良い物あるヨ。珍品名品何でも取りそろえたこの店は薬屋ネ」


 妙なイントネーションで接客をする露店の主人。


 黒を基調とした服に身を包み、大きな鷲鼻にちょこんと乗った小さな丸いサングラス。つるつるにそり上げた禿げ頭がその胡散臭さを助長させている。


「薬か・・・まあ俺は冒険者だけどよ、別にポーションのたぐいは必要ねえんだ」


 カイトはがっかりした様子でそう告げる。


 命の危険どころか怪我の危険すら無い依頼ばかりこなしているカイトにとって、ポーションの類にはまったく心が動かされない。


「そんな事言わないデ! うちの商品他の店とは違ウ。面白い薬たくさんあるヨ」


 店主の熱心な勧めでしょうがなく露店の商品を眺めるカイト。


 確かに店主が言っていたように変わった薬が多い。若返りの薬だの不老不死の薬だの胡散臭すぎて買う気にならないような薬が馬鹿高い値段で陳列されていた。


 そんな中、とある薬を見てカイトの視線が釘付けになる。その様子を見た主人がニヤリと不気味な笑みを浮かべてその薬を手に持った。


「旦那サン、あなたこの ”強くなる薬”がお気に召したカ?」


「・・・馬鹿馬鹿しい。薬で強くなれるなんてそんなうまい話あるはずが・・・」


 そうは言ってもカイトの視線は店主の持った薬から外れない。


 ずっと思っていたのだ。


 努力もせずに強くなれたらどんなに素敵だろうかと。


「うーん、旦那サン。この薬疑てるネ? わかたわかタ。この最初の一瓶はお試し価格で300ギルで売る事にするヨ。効果は1日だから気に入ったらまた買いに来てネ」


 300ギル程度なら懐も痛まない。


 もし効果が無かったとしても酒場で笑い話にくらいはなるだろう。


「いいだろう。一本買ってやるぜ」











「店主! いるか!?」


 次の日、血相を変えたカイトが再びあの露店に訪れていた。


「はいはい此処に居るヨ。アイヤ、昨日の旦那サン。どした? 何かあったカ?」


 のんびりと答える店主に、やけに興奮した様子のカイトがツバをまき散らしながら大声を出す。


「あの薬本物じゃねえか!」


 そう、彼は昨日購入した薬をためしたのだ。


 あの薬を飲み、普段は決して受けないコボルト退治の依頼を受けた。


 ギルドの受付嬢には珍しい事もあるようだと皮肉を言われたが、こう見えてもカイトの冒険者歴は長い。コボルト程度なら時間をかければ何とかなるという自信もあった。


 そしてコボルトと戦って実感したのだ。あの薬の効果を。


 効果覿面どころの話じゃない。


 まるで別人に生まれ変わったかのような感覚。


 コボルトの動きは止まって見え、身体のそこから湧き出る力はカイトに全能感を与えた。


「だから入ったデショ? うちの薬は特別製ヨ」


 店主の言葉にごくりとツバを飲む。


 この薬があれば変えられるかもしれない。自分のクソッタレな人生を。


「とりあえずもう一本薬をくれ!」


「アイヨ。一本1000ギルだヨ」


 お試し価格とやらが終わったのだろう。昨日より大分値段が高くなっていたが、この薬の効果を知ってしまえばこの金額でも安いものだ。


「ああ、待ってろ。すぐ金を稼いで残りの薬も買いに来るぜ」


 それからカイトの人生は激変した。


 薬の効果で強大な力を手に入れたカイトは、これまでと違ってモンスター退治の依頼をばんばん受けるようになり、ギルドが定めた危険なモンスターですらもたやすく屠る事ができた。


 強いモンスターを次々に退治していくカイトの名は次第に知れ渡り、いつしかその名は”英雄”とまで称されるようになる。












「ごめんネ旦那サン。もうあの薬あと一本しか無いヨ」


「・・・え?」


 店主の言葉にカイトは愕然とした。


 目の前が真っ白になるような感覚に陥る。


(無い? 薬が? 何で?)


 震える身体を押さえつけて、カイトは小さな声で尋ねた。


「・・・・・・それは、何故だ?」


「んー、詳しくは言えないンだけド。この薬の原料の一つに ”ムキムキ草” って薬草があってネ。最近その薬草の採取場所がドルドーファミリーの縄張りになったのヨ。これじゃ自由に薬草採取できなくてネ。だから薬はこの一本が最後」


 ドルドーファミリー。


 最近力をつけているというマフィアの一派だ。つまりそのマフィアが薬草の採取場所を押さえてそこで薬草を採取している薬師から金を取る算段なのだろう。


 しかし薬が無いと非常に困る。


 何せ今の名声はすべてこの薬の力なのだから・・・。


「・・・店主、つまりドルドーファミリーがいなくなれば薬はまたつくれるんだな?」


「まあ、そういう事になるネ」


「・・・・・・わかった。とりあえずその最後の一本を売ってくれ」













 薬屋の店主はグッと伸びをすると誰も来ない薄暗い店先で新聞を広げた。


 新聞には一面にでかでかと先日逮捕された犯罪者の顔写真が載っている。どうやらその人物は巷で”英雄”と称されるほど有名な冒険者のようで、何を血迷ったかドルドーファミリーを皆殺しにし、返り血で真っ赤になっているところを通行人に見られたらしい。


 ドルドーファミリーはマフィアではあるが、法の穴を突いて上手くのらりくらりと手を広げていたため、犯罪者というわけではない。


 世間的には悪だが、犯罪者でも無い者を殺して良い訳は無いのだ。


「殺しかネー。怖いネ」


 そう呟きながら新聞を読んでいると店先に誰か来たようだ。


「いらっしゃイ・・・何だ、アンタか」


 入ってきた男はいかにも品の良い老紳士といった風の出で立ちで、シワ一つ無い上質な仕事着をピシッと着こなしている。


 頭の帽子をちょいと外して深く一礼をした。


「どうやら上手くいったようですな店主どの。・・・これは約束の代金です」


 そう言って老紳士が差し出したのは金貨がぎっしりとつまった革袋。店主はソレを眼を細めて嬉しそうに受け取ると中身の金貨を数えだした。


「別にドルドー殺したのは私じゃないけどネ。まあ、あの冒険者の旦那サンも自業自得デショ?」


 そう言って微笑んだ店主のその瞳は冷たく濁っていた。


「強くなるために薬に頼るなんて奴はロクデナシだネ。そんな奴が大成するほどこの世の中は甘く無いヨ」







 ここは路地裏の小さな露店。


 怪しい店主のお出迎えする薬屋さん。


 珍品名品なんでもござれ、きっとアナタの気に入る薬も見つかるでしょう。




 またの来店をお待ちしております。



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