表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

勘違いが勘違いを生んで以下省略

 あの夜中の話の続きをしよう。トイレへ行った帰り、会話を立ち聞きしてしまったあの件だ。


「……あの子は、没落貴族の子息かもしれん」


 あの子=イアン。すなわち俺は、親方の声に驚いた。なんだって。それは初耳だ。


「以前、各地を旅する楽団の中にあの子と似た風貌の男を見たことがある。ずっと遠い東の国の出身だと言っていた。読み書きは団長に教わったと。自国では貧富の差が激しく、上流階級の者でなければ学ぶ機会が与えられないのだと話していた」

「あの子がその国の者だと……?」


 名前を伏せているのは周囲を注意してのことか。まあ、当人がここで聞いてるけどな。


「可能性だ。算術が扱え、見知らぬ形だが字が書けていた。話しぶりも丁寧で仕草に品がある。あれは家柄よく育った人間のそれだ。そんな少年が、なぜ村の浜で倒れていた?」

「オースティン……」

「見つけた時のあの子を覚えているだろう。ひどいものだった。ここの言語を読み書きできないあの子が、会話には問題なかった。恐らく、言葉は教え込まれたのだ、商人に……」


 おかみさんが小さく嗚咽した。

 

 スゲーな、俺にそんな事情が? 悲しい過去を背負った悲劇の主人公現る?

 そんなわけあるか。

 悲劇といえば悲劇だったが、俺は押し寄せる美形集団と無事にさよならバイバイした。ここで、この世界で理想のブスを探すのだ。元の世界の両親よ、息子は頑張ってロマンスを見つけにいきます。できれば、こちらでできた両親の誤解を解きたいとも思っています。


 礼儀正しくしていたのは当たり前だ。命の恩人相手にデカい態度を取る程、俺は落ちちゃいない。


 おかみさんがぽつりと呟いた。


「この前、洗濯物を干していたあの子がね、小さく歌を歌っていたんだよ」

「そうか……どんな歌だ?」

「聞いたことがない曲調だったよ。明るいようでどこか物悲しい、不思議な歌だった。あたしに気付くとぴたりとやめて、笑いかけてきたけど……」

「きっと、故郷の歌だ。無意識に口ずさんでいたのだろう」


 今度は鼻をすする音が二人分聞こえた。

 俺はドアの向こうで羞恥に震えていた。その歌はあれだ。気に入ってたドラマの主題歌。ブスが主人公のやつ。どこまでいってもブスだから、俺は可愛くて仕方なくて毎週かかさず見ていた。


 おかしいぞ。ギャグ調のストーリーにあった、アップテンポの曲だったんだが。物悲しさなんて欠片もないんだが。それってつまり、音が外れてたってことなのでは。俺の。


 さえない男は歌もさえないのか。


 割と自信があっただけに、ショックは大きい。まだ見ぬ運命のブスのため自分磨きに余念がなかった俺は、歌だってこっそりと練習していた。

 歌下手なイケメンと歌うまなモブだったら、勝算が微かに高くなるかもしれないだろ。音痴なイケメン君カワイイ~とか言われたらどうしようもないが。イケメンってそれだけで許される風潮があるよな、よくないと思う。

 その日はさすがに枕を濡らしかけた。


 またある日の夜のことだ。


「あの子のことで、手がかりが掴めたらしい」


 俺は耳をそばだてた。話しているのはまた親方夫妻だ。


「占の結果が出たんだね」

「ああ」


 何やら緊迫した雰囲気だ。立ち去るか迷ったが、占というのが気になる。それをやったのは恐らくアリアナだ。俺の何を見たのだろう。

 気分のよい話ではないと前置きして、親方は話し始めた。


「まず、群がる無数の黒い影に抵抗するあの子の姿が映ったそうだ」


 はっと息を飲んだのはおかみさんだ。俺も似たようなリアクションを取った。どれだろうか。思い当たりが多すぎる。


「人影とあの子の姿以外は分からなかったという。複数の人間ともみ合うあの子は、かばうように飛び出した少女に抱きしめられながら苦痛の表情を浮かべていた。少女に伸びる手を払いのけるようにして、やめろと叫んでいたそうだ」


 違う。それは違うぞ。俺はその少女から逃れようとしていたんだ。誰にも渡さないんだからっとか恍惚の美少女顔で囁いてくるから。渡せよ。投げ渡せよ、ブスに。


「あの子がいたのは、船べりか何かだったのかもしれない。少女の必死の守りも空しく、イアンは体勢を崩すと一人どこかへ落ちて行ったそうだ。全てを諦めたように微笑みながら」

「イアン……」

「少女は妹くらいの年頃に見えたと聞いた。……さぞかし、無念だったろう」


 そうだな。無念だったろうな。追いかけるとか言って馬鹿なことしてないといいけど。


「……イアンが落ちたのは海だったんだろう?」

「そうとしか考えられんな。怒号が飛んでいて終始争っている様子だったので、賊に襲われた奴隷商船に乗っていたのではということだった。浜に倒れていたし、あの状況……海神に助けられたとみえる」


 ん? 何か急に展開が変わったぞ。


「長く大きな体に光る目。鳴き声を発しながら、滑るようにしてイアンに向かってきたそうだ」


 ああ、電車ですね。


「全く塩水に濡れていなかったからねえ……驚いたよ。見つけた時の姿はあまりに痛々しかったけれど、きっと海神様が運んでくださったんだね」


 海神様って何だ。この世界には本当にそんなものが存在しているのか。いやいやまさかと思うが、そういえば俺はどうやってここに来たのだろう。元の世界で天に召されたかも定かではない。

 疑問は残ったままだったが、長居しても他の誰かに見つかると面倒だ。その日は大人しく寝床に戻った。


 まあ、全く未練がないと言えば嘘だ。家族のことは普通に好きだったし、寂しさを感じることもある。だが、来てしまったものは仕方がない。今はとにかく、生きる術を学んでいかなければ。その一心でいたのだが。


 あろうことか、元の世界の夢を見てしまった。しかも、諸悪の根源共だ。そう、俺に群がる美形の皆さん。全く愉快でない仲間たちだ。いや、仲間ですらない。


 もう一寝入りする前に聞いた話が影響しているのか、ダイジェスト版でお送りされた。俺はいつだってモテ期だったから素材は腐る程あるのだ。

 これがブスならどんなによかったことか。なんで美形ばかりが寄ってくる。そもそも、モテたいわけじゃない。俺はただ、たった一人のブスと静かに想い合いたいだけなんだ。


 もう嫌だと叫んだ。固く目を閉じて、現実からの逃避を試みた。


「――!」


 誰かが何か言っているようだ。俺を呼んでいる……?

 嫌だ、目を開ければまたあの喧噪の中に戻ってしまうんだろ。なら、俺は起きない。やめろ、揺り動かすな。俺は夢の中でくらいブスと戯れたいんだ。


「――イアン!」


 はっと目を開けると、五つの彫り深い顔がこちらを覗き込んでいた。全員、悲痛な顔をしている。最初に目があったのは髭面の男の顔だ。

 そうだ、今いるのはあの場所じゃない。遅れて気づいた。


「親、方……」


 寝起きの掠れた声が出た。次の瞬間、温かな腕に抱きしめられた。


「イアン……っ」


 これはおかみさんの声だ。何故か涙ぐんでいる。


「大丈夫、大丈夫だよ。ここには、怖いものなんてないんだよ」

「おかみ、さん」

「みんな、おまえの味方だ。悪い奴なんて、オースティンが全部吹っ飛ばしてくれるからね」


 震えるおかみさんの肩に親方が手を置いた。オレもいるぜと拳を握るのはライリーだ。全員でかかりゃあいいなどと呟くのはイーサン。なんで寝室に全員集合してるんだ?


「イアン、今夜は少し寝苦しかったようだな。水を持ってきた、口にするといい」


 親方の声に、チャールズがコップを差し出してくる。礼を言って受け取ると、優しい顔でそれとなく額の汗を拭かれた。

 なるほど、悪夢過ぎて寝言に出ていたようだ。そして、それを聞きつけた同室の弟子トリオが夫妻を呼び、皆が勘違いしたと。


「すみません……」


 出てきたのはそんな言葉だった。ここには色々な意味が含まれている。

 夜中に起こしてすみません。みんなが思うような重い過去背負ってなくてすみません。説明しにくくて真実を話してなくてすみません。なんかすみません。


 この子はまた、とおかみさんに再び抱きしめられながら俺は思った。また妙な流れができてきている、と。


 アリアナの「神託」は村で大きな力を持っている。黒真珠なんとかの時もそうで、あまりの血相に捜索隊が出たそうだ。夜更けということもあって腕に覚えのある者を中心に海辺を歩いた。そして、俺は発見された。


 普通に考えれば、流れ着いたのだから海水で濡れていたりするはずだ。しかし、少しもそんなところはなく、まるでどこからか連れてこられてすとんとその場に降ろされたようだったという。お察しな姿ではあったが。


 そんな俺を見た人間を筆頭に、村人たちは驚くほど優しい。彼らの認識は、「奴隷商人からお察しな扱いを受け、決死の逃走の末、記憶を失った哀れな少年」だ。多分、数日後には大方以下のように更新される。


「海賊に襲われた奴隷商船から転落し、あわやというところを海の神に助けられた奇跡の少年」


 だが、同じく奴隷として売られかけていた妹との悲劇の別れから、記憶喪失となっている。

 という一文も追加されるかもしれない。


 捜索隊から伝わった話に尾ひれがつき、噂としてまた飛んで……。人というのは、妙に悲劇性を求める。それでも、厄介者のレッテルを張られず、友好的だったのは幸運だったと思う他ないだろう。


 大層なお告げの割にパッとしない見た目、魔力もゼロの少年。潜在能力的なものも皆無。

 アリアナに言わせれば、「最強の愛され属性(意訳)」だそうだが恐ろしく迷惑な話だ。美形に限ることは嫌というほど実証済み、俺が愛してやまないブスにはかすりもしないのだ。

 そもそも、誰得なんだよ。モブ男にそんな属性ついていて。

 

 とにかく、普通の人間から見れば奴隷商人が血眼になって探す代物ではないと分かる。だからこそ、語り手は大いに盛るのだ。物は言いよう、口先でいくらでも薄幸の少年は作り上げられる。そして勘違いは続いていくのだ。どこまでも、そう、地平線の彼方まで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ