モーニングコール
どこからか、声が聞こえる。何の声だ? 人――女の声? クラスメイトの女子に必要最低限な会話しかされなかった俺が、なにか優しい声をかけられている。
ていうか、あれ? 俺確か授業中じゃなかったか。なんでこんな夢うつつなんだ? 頭がぼやけているような、そう、眠りから覚めた直後みたいな奇妙な感覚だ。
視界が開けていく。ゆっくりと目蓋が持ち上がると、そこは見たこともない光景が広がっている。真っ白い空間に、大きな虹色の渦が目の前で渦巻いている。そして、その中心には光り輝くような美女が立っていた。
腰まで伸びた金髪、透き通る白肌。海色の眼は優しく俺を見つめている。神々しい白の衣を纏っており、俺は正に女神というものを想像した。彼女はにっこりと微笑むと、俺から視線を外して別の方向へと目を向ける。
俺が彼女の視線を追うと、そこにはもう二人の男がいた。
一人は高身長でガタイが良く、髪は逆立てており染めているのか赤に近い茶髪だ。はっきりいってガラが悪く、人でも殺したのではないかと思うほど凶悪な目つきではあるが、イケメンだ。俺の嫉妬が加速する。
もう一人は真逆で、中性的かつ幼い顔立ちで、髪は絹糸のように細くサラサラだ。背はガラの悪いのに比べて低く、160センチは越していないだろう。これはある種のお姉さん達に人気の出そうな奴だ。
二人とも学生服を着ている。とは言っても一人はスタンダートな黒の制服、これはヤンキーの方。もう一人は緑のブレザーを着ている。つまり、こいつら中学生か、俺と同じ高校生のどちらかってことだ。あれ、俺も紺のスクールブレザー着てる。なんで制服着てんだ?
まあいいか。とりあえずこの二人、少なくとも俺の学校で見たことはない。ていうかこんな奴らがいたら多少目立つよな。違う学校の生徒だろう。
いや、待て、冷静に考えてみろ、そもそもここどこなんだよ! この女誰? 質問するべきなのか。なんで見たことない奴らと同じ場所にいんだよ。ああ、訳分からん。
「どうやら目覚めたようですね」
上品な口調で、女が述べる。それに対して、ヤンキーが舌打ちした。
「おい、誰だテメェ? ここはどこだ?」
「私はネルキス。ここはあなた達に分かりやすく伝えると、世界の狭間です」
俺達は三人揃ってアホな顔をしていた。各々理解出来ないといった顔だ。なにを言ってるのかさっぱり分からない。狭間ってなんだ。俺の教室が狭間に繋がってたとでも言うのかよ。教科書開いた先は異世界でしたってか、ははっ。笑えねえよ!
「えと、ごめんなさい。僕、あんまり頭良くなくて。どうして、その世界の狭間に僕達が呼ばれたのでしょう?」
いいぞ、少年! 俺が言いたいことをズバッと申し上げてくれた!
「そうですね、どこから話し始めればいいのやら。一言で言えば、あなた達三人の世界を救うためにここに呼んだのです」
なんだそりゃ? なんでこんな変なところに呼び出されたのが俺達の世界を救うためになるんだ? ていうか救うって! スケールでかい話だな。
「ふざけてっとそのボケた頭かち割んぞ?」
ヤンキーは怒気を発しており、機嫌を損ねているらしい。ただでさえ悪い目つきが、最早睨むだけで人を殺せそうなほど尖っている。そんなヤンキーの目など興味ないのか、ネルキスは変わらずにっこりと笑んだままだ。肝が据わってらっしゃる。
「その勇ましさは頼もしいものですね。でも、私はボケていませんわ。むしろボケているのはあなた達のほうですよ?」
「テメェ、俺がボケだと? 喧嘩売ってんのか?」
「神と人とでは喧嘩になりえません。一方的な虐殺になってしまいますよ?」
激しくなにかが切れる音がすると、ヤンキーは女神に向って駆け出していた。目を怒らせ、顔を真っ赤に染めながら。しかし、ヤンキーの拳が女神に当たることはなかった。俺が瞬きをする瞬間、ヤンキーはその姿を一瞬で消したかと思うと、遥か上から下へと思い切り叩きつけられた。
骨が折れるような音が白い空間に響く。ヤンキーはそれきり動かなくなったが、ネルキスが指を僅かに動かすと、ヤンキーは急に咳き込み呻くような声を上げる。
「血気盛んな子ですね。でも、少し我慢を覚えなさい」
「がっ、あ……て、めえ……!!」
ヤンキーはまだやる気らしいが、地面に這いつくばったまま動かない。どうやら重傷らしい。それはさておき、神と言ったということはネルキスは女神様で間違いないようだ。なんだかとんでもないことに巻き込まれたような気がする。
「あ、あの、僕達の世界を救うため、とはどういうことでしょうか?」
「その通りの意味ですよ。ああ、はっきり言いましょう。あなた達の世界はですね、滅んだんですよ」
時間が静止した気がした。あっさり塩味よりもあっさりと抜かしたけど、この女神殿はなにを仰ってるのかな? 滅んだ? ご冗談を。冗談だよな?
「ここに来るまでに、自分がなにをしていたのか思い出せますか?」
ここに来る前――俺は最後に見た光景を思い返す。ああ、なんかぼんやりと浮かんできたぞ。