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いつも通りうるさい朝の一幕。
だが、今日は少し違う赴きのようだった。
梅雨に入ろうかというこの時期。
皆の視線の先には一組の男女、剣を突き付け立つは見知らぬ顔の男。
あれが噂にきく転校生だろう、しかして噂とは信用ならないものでまともな能力を持たない最弱と言うのは嘘だったようだ。
転校生、ワースト1に剣を突き付けられ膝を着いている少女がそれを雄弁に物語っている。
赤い髪に燃えるような勝ち気な朱の瞳を持つ爆炎の女王が負けたのだから。
朝の一幕は終わりを告げたが、伝播された情報は人々の間を錯綜し更なる喧騒へと発展してゆく。
動き始める歯車に、非日常に期待を抱いて。
そんな喧騒を背に思うのはただ一つ、ボクの空間を壊すことだけはしてくれるな、と言うことだけだ。
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この世界では皆なにかしらの能力をもち、魔法を使う。
そして能力と魔法を駆使し、デバイスと呼ばれる武器を持って戦う騎士はカタフラクターと呼ばれ、それぞれの国防を担っていた。
それらが強大な力を示すようになると、それまでの集団戦とは違い個々の能力、戦闘力で戦争が決するようになり、国家はこぞって若者のカタフラクター教育に力を入れはじめ、各国で養成する学園が作られた。
国家予算を大幅に割いてでも教育する必要がある、手綱を握る必要があった。
そして、絶海の孤島に鎮座するこの学園もまたそうした思惑を持って作られたカタフラクターを養成する教育機関だ。
各国のカタフラクターを目指す若者が出場する国際大会、レガリアでも数多の実績を残す、名門としてもまた知られ、三つの学派に別れてそれぞれの学園都市を形成していた。
そんな学園のワーテル学派でワースト2、いや先日の転校生によりワースト3になったのがこのボク、夜見涼華だ。
俗に言う落ちこぼれというやつだな。
授業には参加すれどほとんど寝ている、課題も出さず、また生徒間の決闘や行事などのトーナメントにも参加しない典型的な落ちこぼれとも言えるだろう。
現に昼休みの今、それぞれが鍛練やらスポーツやら勉学に励んでいるなか一人でベンチに寝そべっている様は救いようがないことだろう。
だが、ベンチで寝そべりながらもボクは思う。
毎日毎日同じことをして何になるというのかと。
勉学に至ってもそうだ、文字を追い、ただ先人が築き上げた知識を習得してどうするのだ、そもそも何故知識などを求めなければならない?
他の動物はそれをしなくても生きているではないか、知性があることに驕って地を割るような動物よりもよっぽどましな生き方をしているのではないか?
馬鹿でも阿呆でもいけないのは何故だ?理性があるからか?それならそんな理性やら知性やらはすべてドブにでも捨ててしまえ。
そもそも戦争などなくなりはしないのだ、縄張り争いなどどの動物でもすることであり、雌を取り合っての争いなど当たり前の行動だろう?
そもそも人というものが理性やらなんやらを獲得したことが間違えなのだと。
そして、それまで考えた後、たどり着いた先は、
(やっぱり考えるのも勉学も鍛練もめんどくさいなー)
という結論に至るわけで。
ほかにすることもなく、教室を陣取っているリア充から逃げるため面倒な課題やらなんやらをほっぽり出してきたがやはり退屈なことには代わりない。
退屈なのは当たり前だろうか。
やる気のない目、気だるげな雰囲気、誰とも話さない様はボクに原因があることだろう。
もちろん、初めは話しかける人や、もっと回りと仲良くなれという教師もいたし、なかには糾弾するものさえ居た、人の優しさに漬け込むなと。
だが、そんな存在がいることすらボクには退屈に感じる。
人の努力も能力も内面も序列や順位、階級といった数字や記号でしか捉えられない人々の言動は愚かで儚く、退屈でしかない。
所詮結果だけしか誰も見ていないのだから。
友達と言っていながらつるんでいるのは似た序列に居るもの達がグループを作っているだけだなのだけではないか。
それが何事にも勝る理由だと糾弾するものに告げたいものだと。
そんなことを思っているなか、ボクは左手の方から人の視線を感じ目線だけでそちらを振り返ると視線の人物と目があった。
そこには噂の渦中となっている転校生がたっていた。
彼は能力を持たないを持たないというのが専らの噂で、序列がワースト1であることがその噂に信憑性を持たせ噂に更なる拍車をかけていた。
そんななかで起こった出来事が先日の決闘だった。
相手はワーテル学派の序列8位爆炎の女王の異名を持つ2年の桜庭朱音。
なぜ決闘が起こったのか涼華はしらないが偏見をもたず、また誰に対しても容赦しない彼女が負けたという事実はワースト1の事実と伴って瞬く間に広がっていった。
まぁ、ボクがなぜ噂を知っているのかというとただ回りの人間が会話をしているのを聞いただけだったりするのだが。
そういえば同じクラスになっていたはずだが対した興味が沸くこともなく、早々と忘れていたし、今の時点でもそれほど興味があるわけではなかった。
そんなことを考えていると転校生はボクの方へと寄ってきた。
近づかないでほしいのだけど、という涼華の願いは虚しく、転校生は涼華の前で止まると話しかけてきた。
「えっと、同じクラスの子だよね。ここでなにしてるのかな?」
なんで同じクラスなのを知っているのかはいいとして、目が合っていなければ無視できたかもしれないが、それも無理らしい。
にこりと微笑んだ彼の顔はなるほど、整った容姿から放たれるだけ合ってなかなかの攻撃力ではあるし、能力を持たないと言う触れ込みでワースト1と言う事実でありながらも爆炎の女王を倒したことと相まってミステリアスさを醸し出していた。
教室の女子連中が騒いでいたことにも納得が行く。
まぁ、ボクの感性は普通でないから特に感じることがなかったのだが。
「ここでのんびりしているだけだよー」
「君はなんだか変わった子だね、そういえば聞いていなかったけど名前を教えてもらってもいいかな?」
変わっているとはいい目をしている。
「名前を聞くなら先に名乗れば?」
よくよく考えると名前しらなかったなー、と返した後ながらも涼華は思った。
「ああ、すまない。俺は昨日転校してきた七瀬咲人だ、昨日自己紹介したんだけどな。」
そういえば自己紹介してたような気はするが生憎興味がなかったから聞いていなかったし、今聞いた名前もすでに使うことがないだろうなと早々と意識の外に放り出しかけていた。
「………………。」
「………………。」
「……あの、名前教えてくれない?」
「ボクの名前なんて知ってどうするのさ、君が知る必要はないだろう?」
なんだか普通に教えるのもなんだか癪だし、こういった意地悪はボクの十八番だったりする。
まあ、これが友達が出来ない原因だったりするのだろうけれど。
「同じクラスの人なんだから名前くらい知りたいじゃないか、どうしても駄目かな?」
なおも引き下がってくる困ったイケメンオーラを出してくる転校生。
これが普通の女子ならイチコロなのだろうけどもう一度言うが涼華は普通の感性の持ち主ではない。
どうやって煙に巻こうかと考えていると、そんなとき中庭に一人の女子が姿を見せた。
「咲人こんなところに居たの、探したじゃない!学園を案内してたら急にどっか行っちゃうから心配したでしょ!」
姿を見せたのは爆炎の女王。
転校生に用があるらしく、涼華からするとナイスタイミングとしか言いようがなかった。
これ幸いと涼華は中庭から逃げ出すことに成功したが、よく考えたらもう余り休み時間が残っていない。
仕方なく、爆炎の女王ってチョロインぽいなーとメタ発言をしながら辺りをぶらぶらと散歩するほかなかった。
やがて1日の授業が終わった放課後、いつも通りそそくさと荷物をまとめ教室を出ようとする涼華に転校生が声をかけた。。
懲りずに一体なんのようだと涼華が顔を向けるとやがて彼は夕飯と口を開いた。。
「昼のときはごめんね。結局聞きそびれてしまったけどやっぱり君の名前を教えてくれないかな?」
律儀に謝って聞いてくることはポイントは高いと思ったがが生憎と初めからボクの返答は決まっていた。
「ボクから教える気はないよ。それでも知りたいのなら誰かに聞くなり名簿を見るなりすればいいさ。」
それで話は終わりだと告げて涼華は彼の脇を通って廊下へと出た。
教室を出る際に見た彼の困ったような表情は少し気にはなりながらも、結局ボクを悪者みたいにはしないでほしいと言う感想以外なかった。




