エピローグ
北野莉子の通夜でも葬式でも、平尾匠は涙を流すことはなかった。やりきれない感情を
どうしていいか、まだ分からずじまいで。
きっと、この先も発散させることはできないのだろう。彼女のささやかな願いを叶えて
あげることが出来なかった、その報いかもしれない。
「そんなことないよ、絶対」
一音からの言葉だった。
「一昨日、莉子からあんたと付き合うことになったって電話もらったの。そんとき、あの
子がどれだけ幸せそうだったか。明日のデートどうしようって、見たことないぐらい動揺
してたもん。あんたと通じ合えたの、本当に嬉しかったんだよ。そりゃ、これから幸せに
なることはできないけれど、幸せになれて逝けたんだからいいんじゃない」
その言葉は救いだった、そう思えることができれば救われる。
「気を落としなさんな、おいさんはこれからがあるんだから」
そうだ、自分にはまだ先の人生がある。ただ、今それを考えるには気持ちに余裕がなさ
すぎた。
「匠くん、莉子のことはいろいろありがとう」
「いえ、そんな」
何を考えることもなく下を向いていると、莉子の母親からそう言われた。これ、と母親
から渡されたのは、なんでもない画用紙の切れ端だった。昨夜、莉子の部屋の物を見てい
るときに見つけたものらしく、画用紙の前後に書かれていたものから彼女が幼稚園の頃に
書いたものだった。
莉子の部屋に上がり、彼女のベッドに腰を下ろすと部屋にあったCDデッキの再生を押
した。Mr.Childrenのベスト盤だった、清涼な音が聞こえ出すと匠は画用紙の
切れ端に目を通していく。雑な文字だったけど、当時のことが思い出されて懐かしい気分
になった。
「たっちゃん、こんばんは。
きょー、うれしいことがありました。
たっちゃんのおよめさんになりたいっていったら、たっちゃんがいいよっていってくれ
たの。
ワーイって、ピョンピョンとびはねたいぐらいだったよ。
やったっ、これであたしはたっちゃんのおよめさん!
そんで、たっちゃんはあたしのだんなさん!
おててつないで、ごはんたべて、おふろはいって、ちゅーして、べっどでねようね。
おとーさんとおかーさんがやってるから、あたしたちもやろうね。
ずっとずっといっしょにいようね、ぴったりくっついてようね!
あたしのだいすきなたっちゃんへ、チュッ!」
幼稚園のときに匠が莉子のプロポーズをOKした日に書いたものなのだろう。匠に記憶
がないということは、きっと恥ずかしかったとかで渡しそびれたものだろうか。
莉子からの最初のLOVE LETTERは12年越しに匠のもとへ届いた。
本作は今回で最終話となります。
読んでくださって、ありがとうございました。