表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LOVE LETTER  作者: tkkosa
4/8

第3話



 心が洗われるような空間だった。日々の中で溜まっていたストレスやらをスッとどこか

に流してもらえるような。

 公園を入ったすぐ左手には、ジンチョウゲの花々が良い香りを放っていた。白と紫に色

づく花びらは咲きごろを呈していて、その美様に迎えられている感覚に苛まれる。

 レンガが敷き詰められて出来たいびつな道の先へ行くと、左右への選択権をせまる分岐

点へ。そのまま真っすぐ突っ切ることもできる、左右に分かれる道が囲むように中央には

これでもかというほどの大きさの野原が広がっている。サッカーぐらいならできるぐらい

の幅がある、奥行きはどこまでも伸びていきそうなほどだった。

 前を行く平尾匠は迷うことなく右の道を選ぶ、それに続いて北野莉子も右へ曲がる。そ

こからは切り絵で描くハサミの切り取り線みたいに曲がりくねった道が続く。

 心の底から気持ちよかった、今年1番の温暖日になった今日の気候が自分に味方をして

くれたようにも思えた。

 もう、春はその顔を完全に見て取れる時期に入っていた。今日の春の顔はニコニコして

いる、その笑顔のまぶしさが光になって大地に降り注ぐ。高い気温と直射の日光で、長い

冬の寒さに慣れていた体は違和感を憶える。まるで初夏に差し掛かったような錯覚になり、

ジャンパーを着ていた匠はいいが、ニットセーターを着ていた莉子は汗が滲んでくる。

「暑いね、なんか今日」

「・・・・・・うん」

 単調な返事、きっと上の空でいたんだろう。でも、気持ちは分かる。こんなうららかな

日和に包まれてるんだから、何も考えずにただこの温かみの中にいたい。

 砂利道を進んでいくと、いろいろな人たちと擦れ違っていった。ランニングをするジャ

ージ姿のお爺さん、5歳ぐらいの男の子が先頭をきっていく家族連れ、今このときが最上

に幸せだと頭の上にでも書いてそうな高校生のカップル、鬼ごっこでもしてるのか全速力

で駆けていく子供たち。

 その誰もが善良に見える、この公園を訪れる人に悪い人はいないだろうと。鬼ごっこを

している子供たちの鬼とおもわれる子が通り過ぎる、鬼であるあの子でさえ正義の味方に

感じれる。

 見上げると、緑々と生気にあふれる緑の世界の中を自分たちの歩いている砂利道の白が

通る景色はまだまだ長くあった。


          ☆


 今日は匠のとっておきの場所である、この公園に莉子が初めて足を踏み入れた。

 先日の剣道の練習試合の勝利のごほうびといきたいところだが、実際はそんなキレイに

はいっていない。

「どうして、わざわざ待っててくれてたの?」

 練習試合のあった日、一緒に自転車を走らせて帰ると、匠の家に着いたときに莉子は言

った。

「何が?」

「いや、なにか裏がありそうだなぁって」

 匠が1時間半も自分を待っていてくれたのは嬉しかったし、素直に受け止めたい。ただ、

つむじまがりな考えかもしれないけど、彼がそんなことをするのは主だった理由がありそ

うな気がしてならない。

 「お前のことを待ってたかったから」なんて言われたら顔が真っ赤になっただろうけど、

そんな直球な人間じゃないのは百も千でも分かってる。

 匠は一度目線をはずして、また莉子の方へ戻して言う。

「一音から言われた」

 あぁ、もらすように息をつく。莉子はその一言で全部を分かった。

「私のことを待っててくれ、って?」

「来る時間が遅いんだから、帰る時間が遅いのも当然でしょ、ってさ」

 フッと莉子は笑みを見せるが、内心はすきま風に似た空しさがあった。やっぱり自発的

に待っててくれたんじゃないのか、その事実に。

「それで、嫌々に私のことを待ってたんだ?」

「・・・・・・どうだろう」

 そうはぐらかされたけど、心内では一音にナイスアシストと思った。

 本当に嫌だったら、匠の性格からして真っ先に帰ってるだろう。なのに長い時間あんな

自転車置き場で待っててくれたんだから、少しぐらいの蛇足はいいとしよう。

「そうだ、いいこと思いついた!」

 明るい顔をして言うと、莉子は両手で支えていた自転車を停めた。せっかく匠がいつも

より心扉を開いてくれてるんだから、もうちょっと一緒にいたいと。

「たっちゃん、今度どっか連れてってよ」

 莉子は緊張していた、こんなこと言ったのずいぶん久しぶりだったから。

「どっかって、どこだよ」

 匠はウザそうに言う。ホントにウザいのか、本当の感情を隠してのものなのかは読み取

れない。

「どこでもいい、たっちゃんの好きなところ」

 好きなところ、漠然とした返答に匠は後頭部をかきながら考える。

「それは、右太や一音も誘って?」

「えっ」

 匠の言葉に莉子は困る。彼は照れて4人で行く提案をしたんだろうけど、彼女はそれを

したくはない。

 「そうそう、4人だったら盛り上がるからね」と言いそうになって、その言葉を喉元か

ら飲み込むように戻す。「勇気を出せ、北野莉子!」と、何度も自分にエールを送る。

「ううん・・・・・・」

 莉子はかぶりを振る、次の言葉がうまく言えなくてもどかしくなる。言うことは決まっ

てるのに、そう自分を奮い立たせるようにもう一度かぶりを振る。

「・・・・・・たっちゃんと、2人で」

 緊張で固まりそうだった、正直もう泣きたいくらいに。

 それに反するように匠は顔色の1つも変わらない、なんでそんな冷静なんだとやきもき

してしまうぐらい。

「考えとく、行くところ」

 そう言うと、「じゃ」と家に入っていった。莉子も「じゃ」としか返せず、遠くなる匠を

置き物のようにただ見ていた。

 その姿がなくなると、莉子はその場にペタンと崩れる。さっきまでの一連の自分を思い

返し、頬の色が変わりそうになるのを両手でおさえる。地面はまだまだ寒風で冷えていた

けれど、それ以上に彼女自身がほてって熱くなっていた。

 急くようにスクールバッグから手帳とシャープペンを取り出し、手帳の切れ端に書きな

ぐったものを玄関ポストに入れる。

 早くこの場から離れたい、逃げるように自転車に飛び乗るとペダルを全力で漕いでいく。


「今日は試合を見に来てくれてありがと〜、嬉しかったよん。匠コンダクターのおすすめ

スポット、お待ちしてまっす!」


 おちゃらけないと、このドキドキを元に戻せなかった。匠に気持ちが筒抜けになってる

んじゃないかと思うと、堪えきれないから。


          ☆


 白や灰色、ところどころの黒という色合いの連なっていく砂利道を歩き出して10分ほ

どになるだろうか。ゆっくり歩を進ませてることもあるが、この公園の広さに感激を覚え

る。

 しかし、その奥行きも最後をむかえたようだ。入口で左右に分かれていた2つの道が繋

がる、ここが砂利道の終着点。

 あとは左側の道を通って入口へと戻るのか、そう思っていたら匠は先を行きはじめる。

砂利道を抜け、ガサガサと草地に足を踏み入れていく。

「たっちゃん、どこ行くの?」

 そう聞くと、こちらを振り向くこともなく

「着いてきて」

と一言だけがあった。

 何もない草地、向こうには行く手をさえぎるように木々が横一列にそびえている。行き

止まりに向かう、方向音痴の運転ドライバーがなんとなく浮かぶ。こんなとこ進んでどう

するんだ、莉子の頭には疑問符がともるのみになる。すると、匠は目の前の木々の隙間を

かいくぐりながら先を行く。莉子は訳も分からぬまま、彼に着いていくしかなかった。何

度か木に体をかすめたため、木のくずが匠のジャンパーや莉子のニットのセーターに刺さ

るように付く。

 5本から7本ほどの木を抜けると、その先の別世界が2人を待っていた。一面の緑地、

そこを貫流していく野川、川を挟むように伸びている紅葉の木々。映画の世界に身を置い

てるような、自然に彩られた景色が目の前に広がっている。感動という言葉はこういうと

きに使うんだなと思わされるほど、心を奪われた。

「すごい・・・・・・」

 それしか言えなかった、それで充分だったし。

 匠はある程度は見慣れてるからか、構うことなく歩を進ませる。莉子も後を着いていく、

やがて野川に差し掛かる傾斜で止まった。

 春のただよう温暖、空から浴びる陽光、真っ白な雲が不定に並ぶ青い空、透き通る野川

のせせらぎ、緑々と生い茂る草木。その中に囲まれると、なにか大きな力を注いでもらえ

るような感覚になった。体にみなぎるように心を清らかに洗ってもらい、清廉とした心持

ちにさせてもらえた。

「ここ、たっちゃんが見つけたの?」

「見つけた、ってほどじゃないけど・・・まぁ、そんなもん」

「すごいね、たっちゃんのオリジナルスポットだ」

「そんなことないけど、他の人だって来ることあるし」

 ただ、今にかぎっては、そこは匠と莉子の2人だけのものだった。

「でも、今は貸し切りだよ」

「まぁね、あんまり人来ないから。こういうふうになるし」

 匠はジャンパーを見せる。いくつも木のくずが付いて、わんぱく小僧みたいだった。

「なるほど、そういうことね」

 フフッと笑うと、匠も続く。

「でもさ、水くさいよ。こんな良いところ知ってるなら、教えてくれてもいいのに」

「嫌だよ、俺だけの憩いの場のつもりだったんだから」

 俺だけの憩いの場、だけど莉子にはそこを紹介してくれた。それに彼女は喜色を憶える、

匠にまた近づけた気がして。

「ホントに素敵なところだね」

「うん、ここ来るとさ、なんだか良い人間になれるんだよ」

「へぇ・・・その割には、なぜか捻くれてるよね」

「どういう意味?」

「そういう意味」

 笑いながら言うと、匠は

「この野郎っ」

と莉子の髪をくしゃくしゃにする。

「もぉ、何すんの!」

「自業自得」

「バカっ! 全然良い人間なんかじゃないじゃんか」

 匠は不器用な笑みを浮かべると、知らないといったふうに草地の傾斜に寝転がる。

 い〜だっ、そう顔を崩して届かない気持ちばかりの仕返しをすると、莉子も匠の側に寝

転がる。

 足元に生えてる草々は風に揺れ、2人の体をくすぐるようにする。心地良い春風は2人

を通り抜け、その先へ吹いていく。

 その柔らかさに負けたように、しばらくすると匠は眠りにつく。それを見届けるように

して、莉子も眠りについた。


 目を開くと、青と緑、空と草々が視界にあった。一瞬ここはどこだと疑ったが、記憶を

戻すと「あぁ」と体を起こす。先まで見渡せる、永遠に続いていくような景色に変わりは

ない。

 視線を降ろすと、寝入ってる匠の姿があった。寝息をたてて完璧に沈んでる、こうなっ

たら中々起きないのが常。朝は毎日の莉子の連続攻撃、昼寝は先生にはたかれないかぎり

目は覚めない。

 莉子は何か意地悪でもしてやろうと、彼の方へ忍び寄っていく。ササッ、擦れて鳴る草

の音は最低限におさえて。

 寝息をうかがって顔をのぞく、油断しきった顔つきだ。莉子はそのまま匠の顔を眺めて

いた、なぜだか見取れるように見入ってしまっていた。その寝顔はいつもの性質のねじけ

た匠とは違って、従順なものだったから。

 あまりに自然に体が動いた、ここからの景観と同じぐらい整然と。吸い込まれるように

顔を近づけると、目の前の匠の唇に口づける。

 時間にして20秒くらい、息をかけてしまうと起きてしまいそうだから呼吸を止めてい

られるだけの時間。息がどれだけ続くかという方に神経がいってしまって、キスに集中し

きれなかった。

 唇をはなすと、またおさえるように彼から離れる。元の自分の位置に戻ると、急に冷静

になって恥ずかしさが込み上げてきた。彼に背を向けるように寝転がり、「何やってんの、

私」と心内に何度と叫んだ。

 ファーストキス、なのに自分はなにを大胆なことをしてるんだと羞恥心にやられる。鼓

動は速度を上げることを止めず、過去にないドキドキに襲われてく。押さえ込もうと身を

抱えても、関係なしといったようにそれは続いてく。

「ぅん・・・・・・」

 もがくように動いてたせいか、匠が目を覚ましてしまった。

 ちょっと待ってよ、まだ心の整理の出来てない莉子は無理やりに自分を落ち着かせよう

とするが無理な話だった。

「俺、けっこう寝てた?」

「んっ、そう、それなりに」

 動揺してるのが丸分かりだ、彼には伝わってないとしても。出来損ないの自分の恋心情

の移ろいが嫌になる、これまでそれを使うことをサボってた自分にも。

「何?」

「えっ?」

 知らないうちに時が止まってるみたいに莉子は匠の顔をじっと見ていた。匠は顔に何か

付いてるのかと思い、その裏を読み出す。

「お前、顔になんかしたろ」

「へっ?」

 莉子の返答はキーが上がっていた、心臓に針でも刺されたぐらいになって。

 それで匠は確信を得る、きっとイタズラ書きでもされたんだろうという間違った確信を。

「ふざけんなっつうの」

 息をつくほどに小さくこぼす、寝起きだからか呆れてかは分からない。

「ちっ、違うから。何もしてないから、ホントに」

 必要以上に莉子は否定をする、それが逆に怪しかった。

 なら証拠に残らないようなイタズラをされたんだろう、と匠が思うだけだ。

「いいよ、別に」

 そう起き上がると、体についた草を手ではらって匠は歩き出す。莉子は同じようにして、

彼を追いかけるように歩き出す。


 家に着いたのは日暮れ方、青空も残りながらオレンジが相まって変にキレイに思えた。

 ケンカをしてるわけじゃないが、帰り道の間に匠と莉子に会話はなかった。匠は特にも

う何を感じてるわけじゃなかったけど、莉子は罪悪感が残って彼に目を合わせることもで

きずにいる。

「ねぇ、なんなのこれ?」

 匠はいい加減イヤだった、自分が怒ってるでもないのに莉子がどんよりしてしまってる

のを。

 顔を上げた莉子は、おもちゃを買ってもらえなかった子供みたいにシュンとしている。

「何もしてないんでしょ?」

「そう・・・だけど」

 本当はキスしました、なんて口が裂けても言えやしない。

「何かしたんだろうけど、何もしてないんでしょ?」

「・・・・・・うん」

「じゃあいいじゃん、何もしてないんならさ」

 言葉はなしに、莉子はうなずく。

「そんな下向かれると、とっておきの場所にまで連れてった俺の気分までそうなるから」

「・・・・・・分かってる」

「なら顔を上げなさい、そして楽しそうな顔をしなさい」

 言われるとおりにやってみた、匠よりも不器用な笑顔になった。

「・・・・・・いいや、もう」

 息をつくと、匠は「じゃ」と家に入っていく。その姿が見えなくなると、莉子は静かに

泣いた。

 こんなふうにしたかったんじゃないのに、後悔の念で体がいっぱいになる。もっと楽し

くふざけまわるようにしたかった、実際に途中までは順調だったし。勝手にキスなんかし

たバチがあたったんだ、そう自責の念に駆られる。

 多分、あれは匠にとってもファーストキスだったはず。匠には中学時代に彼女が1人い

たけど、周りに聞いたかぎりではキスまではいってない。莉子も同じく中学時代に彼氏が

1人いた、ただ彼女もキスはしなかった。大人への階段を上りたがる年ではあったけど、

心の中には別に確かな相手がいたから。

 唇に手を触れてみる、まだ彼の意外に柔らかかった唇の感触が残っている。触れていた

手の先に涙がこぼれると、緩んでいた心が締まった。このままで帰っちゃいけない、それ

が強い思いになる。

 気持ちが高揚していたせいか、心にある言葉を素直に手紙に書き出せた。それを玄関ポ

ストに入れると、ようやく莉子は心の重荷を取り払うことができた。


「今日はあんな素敵なところに連れてってくれてありがとう。

 本当に嬉しかったよ、これに嘘偽りはございません。

 たっちゃんだけの安らぎの場所に招待してもらえて幸せだった。

 最後は困らせちゃってごめん、私のせいで。

 私だけが悪いの、たっちゃんは気にしないでね。

 押しつけがましいかもしれないけど、もう一つお願いしてもいいですか? 

 いつでもいいから、またあそこに私を連れてってください。

 それじゃあ、またね。」



 新学期をむかえ、匠と莉子は2年生になった。

 そして、莉子の懸念は悪くも正解となってしまう。クラス替えで2人は別々になった、

匠は2組、莉子は4組。1/36という、わずかの可能性に賭けていた彼女の思惑は35

/36に打ち砕かれた。

 ただ運が良いのか悪いのか、一音が2組、右太も4組に入る結果となる。

「なんで、私があんたと一緒なのよ」

 ため息をつきながら、一音は言い捨てる。

「いいじゃないの、仲良くいきましょうよ」

 なだめるように、匠が言う。

「あぁあ、天は私を見放したのね」

 そう言い、一音は机に軽く崩れる。

「まぁ、右太と一緒になれなかったのは悔しいだろうけど気にすんな」

「ちょっ、バカなこと言わないでよ。莉子に決まってんでしょ」

 そんなこと言っちゃって、とニヤつく匠が腹立たしくなる。

「最悪だよぉ、こんな変態くんと同じなんて」

 もぉお、そう机をドンドンたたく。

「まだ根に持ってんのかよ、相当しつこいな」

 2年2組、どうにも重ならない子供コンビの完成。

「ごめんよ、一緒になったのが俺で」

「なんでよ、右太と一緒になれてよかったよ」

「そう、それなら安心」

 2年4組、子供ではないが大人にもなれていないコンビ。

「匠のことなら、俺も2組に行ったりするし、一音に聞くのもいいし」

「別にいいよ、気を遣ってくれなくても。朝起こすのは変わってないから、どうせ毎日の

ように顔合わすわけだし」

 そう、右太は笑みを見せる。

「右太は? 一音と離れて淋しい?」

「そうだなぁ、うるさいのがいなくて物足りないかも」

 そうだねと言うと、2人でアハハと笑い合う。

「右太もアレだね、一音の気持ちに気づいてるのに何もしないんだから」

「なんていうかね、向こうからアクション起こしてもらわないと。自慢じゃないんだけど、

今までの恋愛って全部相手から告白してもらってきてて。そういうの言ってもらえないと、

こっちも本当の気持ちが分からない体質になっちゃって。俺もみんなのこと言えないぐら

い、単純で複雑なんだよね」

 妙に納得した、青春時代なんて単純すぎて複雑すぎる。



 1週間、2週間、何が起きることもない平和な日が過ぎていく。春の世界のように穏や

かで、それは4人にとってみれば平和ではなく退屈といえた。クラスに仲のいいメンバー

はできたけれど、しっくりくる感じじゃない。

 窓の外にはふわふわ流れてく雲々、廊下にはぎゃあぎゃあ騒ぐ生徒たち。どこか蚊帳の

外のように感じられた、いつものメンバーがいないだけで。2組と4組を行き来すること

はあっても、器用に2人に声をかけられるのは右太だけで、匠は莉子、莉子は匠、一音は

右太にはなにか気さくには話しかけられないのが現状だった。下手に意識してしまってる

せいか、クラス2つ分の壁がやけに大きくなっていた。

「莉子ちゃん♪」

 部活終わりに帰ろうとすると、下駄箱で一音が待っていた。

「一緒に帰ろうか」

「うん」

 自転車を押しながら歩いていく、歩くスピードは前より遅くなった。クラスが違う分、

お互いに話したいことが増えたから。それを話しきるには、これまでのスピードでは速す

ぎた。

「1年の新入部員の子に負けたんだって、剣道部の子から聞いたよ」

「あぁ・・・ちょっと油断しちゃって」

「最近、集中できてないんじゃない?」

「うん・・・でも、それは言い訳にしかなんないし」

「あぁあ、やっぱり莉子には匠の力がいるのかぁ」

「なにそれ、意味わかんないよ」

 はぐらかしてみたけれど、思い当たる節はいくらでもあった。

「あんなのが力になんのかぁ、私には怒りしかくんないのに」

「まだ言い合ってんの?」

「だって、あいつから絡んでくるんだからしょうがないじゃん」

 想像しやすい画に、莉子は笑う。

「そんなことより、莉子は匠に何かアプローチはしないの?」

「アプローチ?」

「そうだよ、何もしなかったら何も進まないでしょうに」

 それは本人が重々に承知している。

 ただ、クラスが替わったこともあって、あの公園に行った日から2人はどこか心に距離

があった。

「分かった!」

 沈んでいた莉子がハッとすると、一音は彼女の肩をつかむ。

「私もするから、右太にアプローチ」

「えっ」

 莉子より奥手といえる一音の一大決心、自分と親友を奮い立たせるための。

「そりゃ、もしダメになったらとか考えると怖くてたまんないけど。でも、私は頑張る! 

だから、あんたも頑張りなさい!」

「一音・・・・・・」

 一音は下唇を噛んで、莉子の肩にあった手に力を入れる。温かかった、そこまでして自

分を励ましてくれてる彼女の手が。

 莉子は一音の手に手を重ねて、笑みを浮かべてコクリとうなずいた。


 住宅地を分ける一本道を進んでいくと、左に自宅がある曲がり道を右に折れる。毎朝通

る道だけど、この時間に通るのは1ヶ月ぶりになるだろうか。

 目的地に到着すると、自転車から降りて家に入ろうとする匠と鉢合わせになった。こん

な玄関口で会うとは思っておらず、準備がしきれてない心内を落ち着かせる。

「何、どうしたの?」

 匠の第一声、莉子はまだ心持ちが定まってなくて返事に迷う。

「それ、どこか行ってたの?」

 莉子の第一声、何を言うか決まらず、匠の提げていたスーパーの袋に話題を変える。

「あぁ、調味料の買い忘れ」

 夕食の準備に掛かったところ、それに気づいて二度手間をしてきた帰りだった。

「そう、ちなみに今日のメニューは?」

「カレーチャーハン」

「あっ、いいなぁ。食べたいかも」

 さりげなく足してみる、もしかしたらお呼ばれしないかなと。

「あぁ、今日は親父がいるから」

「そうなんだ・・・じゃあ、ダメか」

 莉子は肩を落とす、そんなうまくいってくれないなと。

「じゃあ」

 じゃあと返しそうになったのを留めた、莉子は

「ねぇっ」

と玄関の方に体の向きを変えようとしていた匠を呼び止める。

「手紙・・・手紙、書いちゃダメかな?」

「手紙?」

「うん、1年のときに書いてたやつ」

 あぁ、と匠は莉子の言葉を理解する。

「クラス替わっちゃって、時間割とか違うから前みたいなのは全然書けないんだけど。普

通に私が書きたいことを書いて、また読んでもらうことはできないかな?」

 匠には正直言っていることの意味はよく伝わっていなかった。ただ、目の前の莉子のた

どたどしく羅列していく言葉と訴えかけている切な瞳で、どれだけ真剣に言ってるのかは

伝わった。

「ダメ?」

 匠は莉子の瞳を見ていた、こんな必死な瞳で見られてるのは初めてかもしれない。なん

でこんなに切願してるのかは読み取れなかったけれど、返事は決まっていた。

「いいけど、読むぐらいなら」

「ホント? 読んでくれる?」

 うなずくと、莉子は安心して顔をほころばせる。

「ありがとう、じゃあまた書くね」

 莉子は「じゃあね」と自転車に乗って走らせる。

 勇気を出してよかった、そう心から思った。



 ガララララ、玄関扉を開けると鍋の御出汁の匂いがしてきた。

「莉子? おかえり」

「ただいまっ、これ貰ってくよ」

 テーブルにあった肉まんをつかんで、木製の艶のある階段を上がっていく。

 自分の部屋に入ると、気焦ったように引き戸を閉めて机に向かう。引き出しから久しぶ

りにモンチッチのプリントされたかわいい便箋とピンクの封筒を取り出すと、息をついて

口先をとがらせながらカラーペンを走らせる。

 といきたかったが、そうもうまくはいかなかった。最初の1行も書き出せないまま、時

間がただただ過ぎていく。

 何を書いたらいいんだろう、それを悩んだまま抜け出せない。これまでは時間割の連絡

事項という主目的がしっかりしていたけれど、これからは莉子のオリジナルの書きたいこ

とを書かないといけない。本当は自分の気持ちを全面に出したような文章にしたいけど、

それだとあまりにも自分勝手になりすぎて匠には引かれてしまうかもしれない。

 お風呂と夕食をはさんで、書き終えたのは23時だった。その間に投げ捨てた便箋は数

知れず、頭を抱えて髪をくしゃくしゃにしたのも数知れず。

 学校の試験よりもずっと難しかった、だって正解がないのだから。優劣があるだけで、

この手紙の内容に正解なんかない。だから莉子は何十回と息をつきながら書いた、完成品

に満足もいってない。これを送っていいのかですら迷い、一音に電話すると案外あっさり

と返された。

「それでいいの、莉子が書いた一生懸命さもこもってるはずだから」

 その言葉でようやく安心できた、不安はいつまでも消えなかったけれど。

 本当にLOVE LETTERを書いてるようなドキドキ感に莉子は苛まれ、胸に手を

当てて加速していく匠への想いを感じた。

 すぼむ胸に手を当てながら、目の前のCDデッキを再生する。透明感溢れるピアノ・サ

ウンドに導かれて繊細なイントロが流れていく。くせのある歌声と静かで穏やかなメロデ

ィー、1つ1つが彼女に響いて。


「たっちゃん、こんばんは。

 読んでくれるということで、またこうやって手紙を書くことにしました。

 そう粋がったように言ってはみたものの、いざとなると何を書いていいやらだけど。

 どうしよう、何を書こう、そんなことを考えてる間に時間は過ぎるばかり。

 ああでもない、こうでもない、悩んでるうちになんとかテーマに辿り着きました。

 こういうのって身近にあるものだったりするでしょ、それがヒントになって。

 というわけで、今日は私・北野莉子について書くことに決まりました。

 私のことぐらい、長い付き合いなんだから知ってるよって思ったら甘いのだ。

 私も知らぬ間に成長してるんだよ、だから匠の知らない私についてをレクチャーします。


 先ず始めに、この前にやった身体測定。

 身長は160cmに到達、体重は40kgちょっと、スリーサイズは内緒。

 気持ちばかしのヒントをあげるなら、友達いわく「莉子の体型って理想的、出るとこ出

てるし、締まるとこ締まってるし」とのこと。


 勉強は上の下、得意科目は国語、苦手科目は数学、これはあんまり変わってないね。

 数学だけは毎回たっちゃんに負けてるもんね、下の中のくせに。


 そうだっ、キュウリが食べれるようになったんだよ。

 前はサラダとかに乗ってるの、たっちゃんに食べてもらってたよね。

 もう大丈夫、漬物だろうが和え物だろうがバンバン出しちゃって。


 音楽は洋楽も聴くようになったの、アニメソングを大声で歌ってた頃とは違うんだから。

 最近は特にラブソングを好んで聴いてます、理由は・・・ヒミツってことで。

 今はちょうど、ヴァネッサ・カールトンの「サウザンド・マイルズ」が流れてます。

 この曲は超好き、CDショップで流れてるの耳にして一目惚れで買っちゃった。

 んっ、音楽だから「一目惚れ」って表現は違うか・・・まぁ、いいや。

 たっちゃんは知ってるかな? 最近、映画のCMで流れてるんだけど。

 知らなかったら、貸してあげるから聴いてみて。

 きっとハマっちゃうと思うよ、ただ借りっぱなしはナシだからね。


 今日はこのへんにしとこうかな、長々と書くのもなんだし。

 どう? まだまだ、たっちゃんの知らない私はいろいろあるんだよん。

 と言いつつ、逆に私の知らないたっちゃんもいろいろあるんだよね。

 案外そういうの多い、あなたは私に中々そんなこと話してくんないから。

 ・・・・・・分かるかな、言いたいこと。

 強制はしません、「読むだけなら」って言っちゃったし。

 でも・・・知りたいなぁ。」



 翌日の帰り道、匠の家の玄関ポストに1ヶ月以上ぶりの手紙を送る。読み返す度に最後

の一文を消そうと思ったけど、自分を奮い立たせて、そのまま封をした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ