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LOVE LETTER  作者: tkkosa
1/8

第0話



 瞬間、莉子の姿が野川の川道にあったように見えた。

 凝らされてない無造作な髪に健康的なニンマリとした笑顔、掴まれてもすぐ振りほどけ

るぐらいに細い腕に跳ぶように軽やかにはねる細い足。

 匠の瞬時的な景色の中に映されたキャンバスに、3年前の彼女のそのままがそこにあっ

た。

「たくみっ!」

 今にもそう呼ばれそうだった、洗心されたあの甘ったるい顔つきで。

 だが、その名前を言われる前に莉子の姿はなくなる。後ろから吹いてきた北東風が彼女

ごとさらっていってしまったように、匠のキャンバスにある制服姿の画は消されてしまっ

た。

 春を告げる風があの日のように莉子を自分のもとから奪っていく。

 一面の緑地、そこを貫流していく野川、川を挟むように伸びている紅葉の木々。いつも

のような、自然に彩られた景色が匠の前に広がっている。先まで見渡せる、永遠に続いて

いくような景色。

 そこから莉子だけを奪われた、彼女にだけは永遠がないと言われてるように。永遠を夢

見ることもさせてもらえず、その姿は匠の前からなくなる。

 下を向いてるとハッと気づく、モノクロ写真のように止まってた思考の世界からカラフ

ルな現実の世界へ引き戻される。

 まただ、また莉子を幻想の中で映し出してしまった。

 そんなことをしても、彼女が帰って来ないことは分かっている。なのに、自分の身体の

片隅で莉子は未だに生きていて、こうしてたまに眼前に浮かんできてしまう。

 その度に匠は後悔の念に駆られる、なぜ自分はもっと彼女に優しくしてやれなかったん

だろうと。思春期特有の羞恥心で素直になることができず、彼女の前では突っ張ることし

かできなかった。

 そんな匠に対して、莉子は素直だった。自分では中々手を出せないようなところまで、

気持ちを届けてくる。

 今なら分かる、きっと彼女だってたまらなく恥ずかしかったんだろう。けど、それ以上

の強い信念でもって、自分に体ごとあたってきてくれていたんだ。瞬間瞬間で、今という

時をムダにしないように一生懸命に。自分の納得いかない人生なんか過ごしたくない、い

つか君が言っていた言葉だった。

 君はそのとおりに、ひたむきに北野莉子の人生に頑張った。


 春風は暖かな空気をともに運んでくれ、匠をさするように抜けていく。足元に生えてる

草々も風に揺れ、彼の足をくすぐるようにする。同じように川道に伸びてる木々も揺れて

いる、小歌をさえずるように。

 暖かい日だった、これから訪れる季節を祝うように。

 春は莉子の好きな季節だ、何かが始まるスタートの時で心が弾む。彼女自身も春にぴっ

たりな存在だった、明るく元気いっぱいな性格。

 この時期が来ると、匠は莉子と過ごした思い出の場所を巡る。

 その理由は、はっきりとは分からない。思い出を忘れないように、自分の背中を後押し

してもらうように、彼女がまたそこにいるような気がして。

 どれも正解なようで、明確ではない。理由はいらない、ここに来たかった、ただそれだ

けでいい。

 ネックバンド型のストリート・ヘッドフォンを掛けると、匠はCDプレーヤーを再生す

る。

 一音目から心に入り込んでは打つピアノの音色。幾度と耳にしてきたのに、この伴奏が

鳴るとスッと自我の世界に入ることが出来る。ヴァネッサ・カールトンの「サウザンド・

マイルズ」、莉子が毎日のように聴いていた曲だ。この曲を聴くと、最初の1フレーズだけ

で莉子の姿を思い浮かべることができる。

 2人の思い出の曲に浸りながら、匠はカバンの中から封筒を取り出す。その1つ1つを

開いては読んでいく、莉子から送られたいくつものラヴレターを。



7作目の小説です。全6話です。

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