表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(改)乙女ゲームにトリップしました。  作者: 宮野 圭
第一章:戸惑いと喜び
6/6

01 距離(上)

 

 この世界で目を覚まして、今日で五日。

 身体は順調に快復しているようで、予定通り今日退院する。


「透夏ちゃん、忘れ物はないかい?」

「はい、大丈夫です」


 藤堂さんはあれから毎日来てくれて、服や日用品を持ってきてくれた。どれもシンプルでだけど女の子らしさもちゃんとあり、あたしの年齢や好みを考慮して選んでくれたんだと思う。お礼を言うあたしに、奥さんが楽しそうに買い揃えてくるのだと教えてくれた。

 お陰で私物の一切なかったあたしの荷物は、入院生活が退屈しない程度に増えていた。

 ちなみに、藤堂さんの家族つまりあたしの新しい家族には、まだ会っていない。藤堂さんと話して、顔合わせは家でゆっくりすることに決まったのだ。つまり、今日。


「よし、じゃあそろそろ行こうか」


 いつの間にか、あたしの荷物を全部持ってドアのところで微笑んでいる藤堂さんに、あたしは慌てて駆け寄った。


「あ、荷物自分で持ちます」

「いいから、ここは甘えてほしいな。今日退院っていっても、まだ体は万全じゃないんだから。ね?」

「……はい。ありがとうございます」


 藤堂さんの優しい眼差しに、あたしは内心動揺しつつ小さな声でお礼を言った。動揺の原因は藤堂さんのこの目。この優しい眼差しが、あたしは苦手みたいだ。

 あたしがこの世界で目覚めてから今日まで、藤堂さんは毎日来てくれて、短い時間だけれど一緒に過ごした。その時間のなかで度々、藤堂さんがこの目であたしを見るのだ。優しい、温かい眼差しで。まるであたしが藤堂さんに、大切に思われているような、愛されているような、そんな錯覚をしてしまうような眼差しで。

 そんなわけない、あり得ないことだって、ちゃんと分かってる。だけど、今までそんな目で見られたことなんてないから、正面からその眼差しを受け止めることなんてできなくて……。最初の頃はさりげなく目を逸らしたり、顔を背けたり、話題を変えたりしていた。後から思い返せばそれはあからさまで、藤堂さんにもバレバレだったんだろうなぁ。

 だからここ二日くらいからは、あたしからも笑い返したりするように頑張っているんだけど……。たまに目が泳いじゃったり、今みたいに声が小さくなっちゃうのが現状だ。

 でも、いつかきっと。いつかきっと、本物の家族みたいに、藤堂さんと藤堂さんの家族から、大切に思われて、愛してもらえる日がくるって信じたい。今みたいに、錯覚じゃなくて。

 だってせっかく、セリアちゃんがチャンスをくれたんだもん。そのときにはあたしも、同じ想いを藤堂さん達に返せるといいなぁ。


「透夏ちゃん大丈夫? 少しでも気分が悪かったりしたら、遠慮なくすぐに言ってね?」


 車を走らせながら、助手席に座るあたしを気遣う藤堂さんに、こくりと頷く。車に乗るなんて経験、ほとんどしたことがないから、酔っちゃったらどうしようと思ってたけど、心配なさそうだ。

 それよりも今は、緊張でおかしくなりそう。

 顔を強張らせてシートベルトを握るあたしに、藤堂さんがクスリと笑った。


「緊張してる?」

「はい」

「ふふ。まぁ、緊張するなっていう方がムリか」


 赤信号で、車が静かに止まる。

 小さく笑った藤堂さんは、「……けど」と言って左手をあたしの方に伸ばした。そしてぽんぽんとあたしの頭を優しく撫でる。


「前にも言ったけど、妻も息子も、もちろん俺も、透夏ちゃんのことを歓迎しているから。だからなにも、心配しなくて大丈夫だよ」


 信号が変わって藤堂さんの手が離れてしまったけど、その手の温もりはまだ残っていて、じんわりと胸の辺りが温かくなる。それなのになぜか、心臓がぎゅっと痛くて。

 どうしてなのか分からないけど無性に泣きたくなって、あたしは目に力を入れてグッと堪えた。いきなり泣き出したりなんかして、藤堂さんを困らせるなんてことはしたくないから、必死に涙を堪えた。

 だから気づかなかったんだ。そんなあたしの様子を、とても優しい眼差しで藤堂さんが見ていたことに。

 それから数十分。車はいつの間にか住宅街に入っていた。


「透夏ちゃん。右手正面に、茶色い屋根の白い家があるんだけど、わかるかい?」

「……あ、はい」

「あれが我が家だよ」

「…………」


 おっきい……。

 だんだんと近づく家に、あたしは目を丸くした。だって、想像していたのと全く違うんだもん。こんなに大きな家だとは思わなかった。

 前の世界で引き取られた家と比べたら小さいけど、その家は政治家の家だ。だけど藤堂さんはサラリーマンだって言っていたし、普通の一般家庭だって……。


「透夏ちゃん? 大丈夫……?」

「……ぁ。大丈夫です。えっと……お家、大きいですね……」

「んー? そうかな? 普通だと思うけど……。ああ、そうだ。ちゃんと透夏ちゃんの部屋もあるから安心してね」

「え…………」


 それは、本当にあたしが使っていい部屋なのかな? 藤堂さんはなんでもないように言っているけど……。もとは誰かの部屋で、あたしのせいでわざわざ空けてくれた、とかだったら居たたまれない。だけど結構大きな家だし。もともと部屋が余ってた、とか?

 なんて返せばいいのかわからなくて困惑していると、車を車庫に入れながら藤堂さんが小さく笑った。


「ふふ。透夏ちゃんは本当に気にし屋さんだね。大丈夫だよ、もともと余っていた部屋だから」

「…………」

「実は子どもが二人欲しくてね。悠登が生まれる前に、子ども部屋が二つあるこの家を建てたんだ。だけど残念なことに悠登しか生まれなくてね……。だから透夏ちゃんが気に病むことは何一つないから安心して?」


 「ね?」と優しく微笑まれ、あたしは頷いた。

 もしかしたらあたしは、藤堂さんと奥さんの、他人には触れられたくない部分に触れてしまったのだろうかと、一瞬不安がよぎった。だけど、あたしを見る藤堂さんの眼差しがとてもまっすぐで、あたしはそれ以上深く考えることを止めた。

 藤堂さんは、気にしなくていいと言ってくれているんだ。それを必要以上に気にして、深読みして……。これから家族になるっていうのに、こんなんじゃうまくいくわけないよね。今は、あたしの部屋を用意してもらったことを素直に喜べばいいんだ。


「よし。じゃあ行こうか」

「……はい」


 藤堂さんに促され、車から降りる。

 ……いよいよだ。いよいよ藤堂さんの奥さんと息子さんに会うんだ。そう思うと、今まで経験したことがないほどに、心臓がドクドクと暴れだした。

 緊張しながら、藤堂さんの後に続く。

 大丈夫。大丈夫だ。藤堂さんは二人とも歓迎しているって言ってたし、藤堂さんもあたしを受け入れてくれてる、はず。だから大丈夫。不安になる必要なんてないんだから。

 そう思うのに、どうしようもない恐怖が込み上げてくる。

 拒絶されたらどうしよう。冷たい目で見られたらどうしよう。家族じゃないって言われたら……。調子に乗るなって言われたら……。また、前みたいになったら……。

 ドクドクと暴れる鼓動が、あたしの不安を掻き立てる。

 ああ、思ってたよりも、前の世界での傷は深かったみたいだ。気にしないようにしてたけど、しっかり傷ついていたみたい。期待しないで諦めてたつもりだったけど、やっぱり心のどこかでもしかしたらって、期待していたみたいだ。


「…………っ」


 玄関の前に立つ藤堂さんの隣で、微かに震える手をきつく握り締める。

 前は前だ。今は、これからは、セリアちゃんがくれた新しい人生を生きるんだ。前は無理だった家族が、今は手の届くところにあるんだから。だから大丈夫。あたしは、自由に生きるんだ。

 何度も自分に言い聞かせる。だけど、それでもやっぱり不安が消えることはなくて、ぎゅっと目を瞑った。すると、頭に重みを感じた。


「大丈夫。みんな透夏ちゃんを歓迎しているよ」


 その温かな言葉に、胸の辺りがぎゅっとなって、思わず涙が溢れそうになった。今目を開けたら、絶対に泣いてしまう。だから、目を閉じたまま、コクンと頷いた。

 ゆっくりと深呼吸を数回繰り返して、心を落ち着かせる。よし、大丈夫。

 あたしはゆっくりと目を開けると、藤堂さんを見上げて、頷いた。優しい眼差しでじっとあたしを見ていた藤堂さんは、力強く頷き返してくれて、それから玄関を開けた。

 無意識のうちに、下を向いていた顔を上げ、家の中に入ろうとしたとき、何か柔らかいものに包まれた。


「……!」


 え? 何が起こったのか理解できず、内心パニクっていると、柔らかいものが離れ、両肩をがっしり掴まれた。そして。


「あなたが透夏ちゃんね。佑さんに聞いてた以上に可愛らしいわ! あぁもう食べちゃいたい!! 今日からここがあなたのお家よ。そして、私達が家族。うふふ。遠慮しないで何でも言ってちょうだい。あー、もう。ほんとに可愛いっ! 私の事はママって呼んでね。ずっと娘が欲しかったの。もう夢みたいだわ。こんな可愛らしい娘ができたなんて。娘ができたらやりたかったことがたぁ~くさん、あるの。毎日が楽しみね。うふっ」


 頭を撫で回され、顔を撫で回され、力一杯抱き締められて……。目の前で繰り広げられる、マシンガントークに頭がついていかず、あたしはピシリとその場に固まった。

 えーっと……。この人が、おっとりした癒し系の、詩織さん……? ぜんぜん、違くないですか?

 未だ喋り続ける詩織さんを前に、理解が追い付かないあたし。するといつの間にか、詩織さんの隣に青年が立っていた。


「母さん、透夏ちゃんがびっくりしてるよ?」


 少し困ったような笑みを浮かべる彼は、息子さんの悠登君だろう。二人によく似た顔立ちの悠登君は、詩織さんをやんわりとあたしから引き剥がしてくれた。それから「ごめんね。びっくりしたよね」と申し訳なさそうに言った。


「ほらほら、いつまでもこんなところで話してないで、中に入ろう」


 藤堂さんの言葉に、ようやく落ち着いた詩織さんが頷き、みんなでぞろぞろと家の中へ入り、リビングへ移動した。詩織さんはとてもご機嫌な様子で先頭を歩き、その右手はしっかりとあたしの左手と繋がれている。

 誰かと手を繋ぐなんて幼い頃以来で、あたしは内心パニックだ。おかげでさっきまでの緊張はどこかへ行ってしまった。

 リビングに着くと、藤堂さんの隣に悠登君、向かいにあたしが座り、詩織さんはあたしの隣に座った。全員が席につき落ち着くと、藤堂さんが口を開いた。


「さて、落ち着いたところで、自己紹介をしようか。改めまして、俺は藤堂佑。是非パパと呼んでくれると嬉しいな。悠登は恥ずかしがって呼んでくれないからね」

「父さん……」

「ふふ。……よろしくね、透夏!」

「! ……はい、よろしくお願いします。……パパ」


 悠登君をからかいながら、優しく微笑む藤堂さん。そして続けられた言葉に、あたしは目を丸くした。

 透夏。今までちゃん付けだったのが呼び捨てになった。たったそれだけのことなのに、あたしは胸がいっぱいになった。それはきっと、藤堂さんの眼差しが今まで以上に優しかったから。今までもとても優しくて、あたしを受け入れてくれていたけど、今のは、あたしは間違いなく家族なんだと、そう思わせてくれるものだった。

 それが嬉しくて、あたしは顔が赤くなるのを自覚しながら、藤堂さ……いや、パパに笑いかけた。これまで生きていくなかで培ってきた作り笑いじゃなくて、心からの自然な笑み。たぶん下手な笑いかたなんだろうなぁと思いながらも、頬は緩んだまま。

 すると、あたしの隣に座っている詩織さんが、ずいっと身を乗り出してパパを睨んだ。


「まぁ! ずるいわ佑さん。透夏ちゃんのこんな可愛らしい笑顔を向けられるなんて……。しかも先に呼んでもらえるなんて! 私の方が先に言ったのに……。透夏ちゃん、藤堂詩織よ。ママって、呼んでくれるわよね!」


 可愛らしく頬をふくらまし、次いであたしに向き直ると、美しい笑顔で詰め寄る詩織さん。笑顔だけど、その目は真剣で、イエスorはいしか認めないと言っている。

 詩織さんのその勢いに、ほんの少し恐怖を感じる。今まで関わってきた人の中で、こんなに賑やかというか、自分のペースに巻き込んでくる人はいなかったし、どちらかと言えばそういうタイプの人が苦手だった。だけどなぜだか今はそれがとても嬉しくて。


「はい、よろしくお願いします。……ママ」

「あ~もう! 透夏ちゃん可愛すぎる!!」


 パパに向けていた笑顔のまま、いやむしろもっとひどくなったかもしれない。ほにゃりと下手な笑みを、ママ、に向けると、ママは一瞬停止して、それからがばりと抱きついてきた。

 とたん体が強ばる。さっきも二回抱きしめられたけど、あの時はママの勢いに驚いてて、抱きしめられていることに意識が向かなかった。だけど……。

 ぎゅっと優しくあたしを抱きしめる柔らかな温もりに、じんわりと伝わるママの体温。とくん、とくん、と穏やかな鼓動。そのどれもが初めてのことで、どうしていいのかわからない。

 知識としては知っていた。親子や兄弟、友達だったり、想い合う人だったり。場面は違っても抱きしめるということが愛情表現のひとつだということは知っている。抱きしめられたら抱きしめ返すということも、それが幸せだということも、知っている。

 だけど。だけど経験したことはなかった。

 あの施設の職員が抱きしめてくれるわけがなかったし、同じ施設の子どもたちとは、必要以上の関わりを持たなかった。それに友達なんていなかったし、想い合う相手もいなかった。引き取られた先では、それこそあり得ない。

 そもそも人と触れ合うということがほとんどなかったんだ。幼い頃に施設の子どもと手を繋いだ以来、誰かと接触することがなかった。あっても偶然ぶつかったりとか。

 だから、ママに抱きしめられて頭の中が真っ白になった。どうしていいのかわからない。いや、体の力を抜いて、同じように抱きしめ返せばいいことはわかってる。わかっているんだけど、あたしの体は硬直したまま動かない。

 見事に固まってされるがままの状態のあたしに、苦笑するパパと悠登君。その眼差しはバカにするでもなく、無関心でもなく、ただただ優しくて温かい。そんな二人の眼差しと、今まで感じたことのない人の温かさに、思わず視界がぼやけた。自然と体の強ばりも解ける。

 ああ、温かいなぁ。胸の辺りがぽぉ……と温かくなって、なぜだか無性に泣きたくなる。きっと、これが幸せってことなんだと思う。嬉しくて、温かくて、ポカポカして。悲しくないのに涙が出そうになる。体の中に、何か温かいものが沸き出してくるような、不思議な感覚。

 ありがとう、セリアちゃん。あたしは今、今までの人生の中で一番幸せだよ。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ