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ツカサ、部活に入ろう  作者: 弥栄 譽
第一章 ツカサの岐路
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青峰よ、永遠に!

 我が学び舎こと、市立青峰高等学校は古い歴史がある、そうだがそんなことは俺は知らない。歩みを見たって何かが思いつくわけでもない。俺が知っているのは青峰高校は普段、市内の老若男女から『青高』と呼ばれていることくらいである。


 しょせんは古いだけが取り柄の、後は地元青峰市の中学生の大半が通っていることを除けば普通の学校ではないだろうか。


 ああ、いや、まあ一つだけ、青峰高校のOBが誇りにしていることがある。高校野球史において青峰高校を知らない者はモグリと言われるくらいに、青高にはそれくらいの伝統ある野球部が存在する。


 かつては選手権大会予選を五連覇したこともある。甲子園では優勝を1度、準優勝も2度の、通算勝率六割超えは誇るべきところであろう。


 しかし、それらの成績について俺は疑問を持っている。なぜかって? それは青高野球部の輝かしい歴史が皆、本当に歴史のなかにしか語られていないからである。


 今でも野球部ある。ただし、あるだけだ。寄る年波には勝てないってやつかしらないが、最近では万年一回戦負けの『超』がつく弱小チームだ。ちなみに青高が最後に甲子園に出場したのは半世紀前のことである。


 理由はまあ、察せられるところであろう。青高に通う学生のほとんどは青峰市内の学生だ。しかも最近では青峰市でも野球不人気に拍車がかかり、よもや野球部の存在しない中学校もあるほどだ。


 そんな中で騙し騙しではあるが、伝統ある野球部を存続させているのは称賛に値するのではなかろうか。まあ、だからと言って俺が青高野球部を応援するわけないけどな。俺は野球が嫌いなんだ!



 しかし何故、俺はグラブを持ってグラウンドに立っているのだろう。久々に学校に来たせいでまともに頭が働かないなぁ……。ああ、普段から働いていないけど。


「じゃあ行きますよー!」


 カーンと乾いた音とフェアリー西の声がしたと思った瞬間、俺のみぞおちに素晴らしいバウンドボールが決まった。ゴール、1点だ……!


 痛みのあまりその場にうずくまっているとフェアリー西が駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫ですか、村上さん!?」


「ダイジョーブ、ダイジョーブ……」


 あれ、これ死亡フラグじゃね? とは思ってはいけない。心配そうにこちらを覗くフェアリー西に無理して笑顔をつくりサムズアップしてみせた。そうさ、フェアリー西から受けた暴行だと思えば愉悦。


「これくらい、何てことないさ。しかしフェア、西さん、どうして俺はグラウンドでノックなるものを受けているのだろう?」


 俺もミレニアムな数とは言わずとも、幾つかの特技を持っている。一番目はもちろん、そうもちろんアレだ! それはともかく、その幾つかのなかに『野球のノックを受けること』は入っていない。


 フェアリー西は俺の問いに一瞬言葉を失い、すぐに怒ったような顔になった。


「酷いです、村上さん! 私と約束してくれたじゃないですか、一緒に野球の練習をしてくれるって!」


 いやいや、そんなことは有り得ない。俺は首を激しく横に振った。しかし待て、こうなるように仕向ける奴なら、いるやもしれぬ。


「あのさ、その話さぁ……。もしかして、三段論法とか、そういう感じじゃないの。ほら、ハタケとか桐島とか」


 俺の言にフェアリー西はパアっと顔を明るくした。


「そうです! その畠山さんとアヤメさんです! お二人が『村上は死ぬほどノックを受けたがっている』ってお話を聞いて、それなら私がやります、って言ったらお二人が村上さんみたいにグッてしてくれたんです!」


 ああ、この娘あれだ、ミスターみたいな感じの人だ、多分。それにしても桐島め、羨ましいな。フェアリー西から名前で呼んでもらえるなんて。俺だってフェアリー西に『ツカサ君』って呼ばれたいな。ああチクショウ……。


 いや、そうか、今度桐島め、俺も奴のことを『アーヤーメちゃーん』と呼んでやろう。意趣返しってやつよな、アハハ。よし気を取り直していこうじゃないか。


「グッとしたのか」


 俺はサムズアップした。


「ええ、グッと!」


 フェアリー西も同じようにサムズアップ。おお、その笑顔が眩しく、素敵だな! その笑顔に元気を貰った気がした。立ち上がり、二三グラブを叩く。


「よし、それなら仕方ないな! 俺、ノック受けるよ!」


 俺のやる気にフェアリー西も破顔した。そして、


「そうしましょう、そうしましょう!」


 と言ってフェアリー西はホームベースへと戻った。野球は嫌いだが、フェアリー西と一緒にいられることを今は喜ぼう。あまり内野守備は得意ではないが、まあ何とかならぁ!


「さ、こい!」


「わっかりました! 改めまして行きますよ!」


 カーン、ではなくカキィン! だな。脇の締まった見事なスイングから繰り出される打球に驚きつつも俺はさっと捕球態勢に入った。いやらしいショートバウンドではあるが、これなら! そう思った瞬間、そいつはイレギュラーバウンドをし、俺の額に直撃した。


「に、二度あることは……ぐうぅっ……!」


 俺はもんどり打ってぶっ倒れた。こりゃあいかん、まためまいが再発したような気さえする。遠のく意識のなか、俺は確かにフェアリー西の声を聞いたが、聞き取れたのは「へいイージー! ……あれ?」だった。


 あのショーバンがイージーとか、どんなけ要求される守備力高いのよ……。



 目の前がチカチカした。これはあれだな、星を見ておいでですか、って奴だろう。


「……そんなわけないか」


 見覚えのある天井、そうだ、俺はまたしても入院したのだった。これで何度目の入院だよ、と文句も言えまい。頭部死球がどれほど危険なものかは、まあ知ってはいるし。


 しかしついてない。フェアリー西と、事故みたいなものとはいえ、一緒にいられる時間を有したと言うのにまた入院とは。


 もっとも、今回はただの検査入院だから明日には退院できるんだけどね。それでもやっぱり、入院する回数が多いとは思う。担当の看護師さんもお医者さんも同じだし、そのうち「やあ、また来たね!」と陽気に挨拶される日も遠くはないかもしれない。


 ふと横を見ると、そこにはまた花束が置いてあった。どうやら俺が眠っている間にフェアリー西がやってきたらしい。ああ、まったく、俺のタイミングの悪さときたら最悪だ。いやしかし、何かの間違いでフェアリー西が帰ってきてくれないかとも思う。


 俺の祈りは確かに神につうじたらしい。しかし、まともな伝達ではなかったらしく、やってきたのは裏切り者のハタケだった。


 ハタケは椅子に座るなり俺に向かって「ご愁傷様」と言ってきた。ふん、だからお前は阿呆なのだ。俺は鼻を鳴らした。


「あのな、俺はこの境遇をまったく不幸だとは思っていないぞ。なぜならこの痛みもまた、フェアリー西から受けたものだからだ」


「そんな馬鹿なことを言えるうちは平気だろうなぁ。まま、そう興奮しなさんな。こちらも実は、そのフェアリー西のことで話があって来たんだ」


「何だと! 貴様、彼女というものがありながらフェアリー西を狙っているのか!?」


 俺は思わず身を乗り出してベッドから落ちそうになった。それをハタケが懸命にささえて事なきを得る。


「馬鹿なことを言うない、見損なうない。こちらは彼女と円満だ」


「そうかよ! それで、じゃあフェアリー西のことってのはなんだ!」


 ハタケののろけ顔など見たくはなかった。とう言うか、気持ち悪い。それはともかくフェアリー西のことだ。


「うむ、そうね。実はな、こちらもフェアリー西に誘われたんだ、甲子園に行こう、と」


 ああ、そうですか。また、その話ですか。


「予選大会の抽選も終わっていないうちからチケットの心配をしないといけないな」


「冗談、お前さんらしくもない。フェアリー西の言いたいことを曲解したっていいことはないよ」


「なにがいいコトか。そう言えばお前、フェアリー西に余計なことを吹き込みやがったな。お前だけじゃない、桐島もだ」


「さあ、なんのことだか」


 ハタケはとぼけたふうをして話を続けた。


「ともかく彼女は本気だ。本気で我が青高野球部を甲子園に連れて行こうとしている。そのためにはこちらと、そこもとの力が必要だとな」


 ハタケは「そこもと」と言ったところで俺を指差した。しかし問題はそこじゃない。


「なあ、もしかしてフェアリー西は野球部のジャーマネになったのか?」


「違う。フェアリー西はまだ正式には部活動に所属していない。桐島が言っていたから本当だろう」


 それはよかった。もしもフェアリー西が野球部のジャーマネになっていたら危うく俺も野球部に入るところだったぜ。しかし、それならどうやってフェアリー西は野球部を甲子園に連れて行くという話になるのだろう。その答えをハタケは何と持っていた。


「お前はほとんど学校に来ていないだろうから教えるが、フェアリー西こと西ホノカの父親はこの町の市長だ」


 へえ、フェアリー西は権力者側の人間なのか。


「でも、だからと言ってそれが甲子園とどう繋がるんだよ?」


「察しの悪い奴だな、お前さんそれでどうやって青高に入学できたんだ」


 余計なお世話だ。俺だってやる時はやるのだ。まあ、勉強は桐島に教えてもらったからなんだが。ともかく俺は無言で話を催促した。ハタケも察したのか話を続ける。


「まあ、それは今どうでもね。つまりフェアリー西の父親は、少子化が叫ばれて久しい時勢にどうやって学生を呼びこむかと考えたわけ」


「ああ、そういうこと……」


 そこまで言われて俺も察した。青高の在学生のほとんどは市内の者。しかし、それではいずれ目減りしていくし、できることなら市外からの学生をたくさん呼びたい。では売名行為のために手っ取り早い方法とは? 伝統の野球部を全国ネットで喧伝すること。なるほど、馬鹿な俺でも納得できる方法だ。


「でもさ、それならどうしてフェアリー西が勧誘活動なんてしているんだ? もっと積極的に部の顧問なりなんなりやるべきだろう」


「ああ、それは無理だ。今の野球部の連中はまるっきりやる気がないからな。頭の上からつま先にいたるまでやる気がない。それに焦りを感じんで、フェアリー西は一所懸命に人集めをしているんだ」


「人集め、ねぇ……。そんな非効率なことをするより既存の部員を鍛えたほうがいいだろう」


 俺がそう言ったところ、ハタケは盛大にため息をついた。


「あんだよ?」


「いや、まさか、お前さんがここまで察しの悪い奴とは……。これじゃあ桐島だって苦労するはずだよ」


「桐島は今、関係ないだろう。それじゃあ、フェアリー西が部員を集めている理由ってのはなんだ?」


「決っているだろう。試合を成立させるためだけの人員確保だよ」


「それはつまり……?」


「今の青高野球部には部員が七人しかいないんだ。だからフェアリー西は必死になって部員集めに奔走しているわけだ」


 は、はあ……。これは物が物なら来るべきものが来たと言うべきだろう。ここで俺とハタケが野球部の助っ人として参加して練習試合で勝つ、何てことは現実にはありえんな。それと一つ、俺は疑問に思ったことをハタケに聞いてみた。


「なあ、確か青高って今サッカーとかバスケとかのほうが強かったよな? 俺が市長だとしたら、一からやり直す手間のないそっちのほうを優先するけど、またなんでそんな酔狂なことを市長はするんだ?」


「お前さん、変なところで鋭いのね」


「それは褒めているのか……?」


「もちろん。現にお前さんそのとおり、今青高ではサッカー部とバスケ部に関して予算の拡充が決定しているそうだよ」


「だったら、どうしてフェアリー西は野球部なんぞを強化しようとする」


「決っているじゃないか」


 ハタケは妙に落ち着き払った声で言った。


「野球が好きだからだよ」

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