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ツカサ、部活に入ろう  作者: 弥栄 譽
第一章 ツカサの岐路
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桐島と部活と俺と

 コンポジット・ボウで胸を正確に射られた気分だった。今やまた自室に引きこもり中の俺は、悔しさのあまりに泣いていた。


「チクショウ、何で野球なんだよ……」


 枕を涙で濡らすなんて経験がこれではじめて、というわけじゃないがあまり体験したいものではなかった。しかし惨めだ、俺……。


 フェアリー西は理想の女の子だ。少し話しただけだが、俺にはわかる。俺は詳しいんだ。そうに違いない。それにしたって『野球好き』というところが全てを台無しにしている。


 現実はそんなに甘くないとは知ったつもりで、それでいてもしかして甘い現実もあるんじゃないかと淡い期待を抱いて、結局現実は俺をまた奈落の底へと叩き落とした。


「こんな馬鹿な話があるかよ、ああ、まったく可笑しいな、アッハッハ」


 無理くりに笑ってみて、多少は気晴らしになった。よし、とりあえずアニメイションの時間だ。学校なんぞ俺の知ったことか。どうせ俺に現実は合わない。現実が俺に合わせるつもりがない。


 さあ愛しき君よ、今、会いに行きます。そうは問屋が卸さないのがまた、現実である。


「気持ち悪い声で笑わないでくれる?」


「げぇ、桐島!?」


 俺の部屋の扉を開けたは桐島だ! 我がクラスの委員長にして、俺の隣の家に住む腐れ縁、桐島アヤメだ! 何か説明くさいな……。いや、それはともかく。俺は立ち上がり桐島を指差した。


「てめぇ、部屋に入る時はいつもノックしろって言ってるだろうが! なんでいつもそう唐突に入ってくるんだよ!」


 ノックはマナー。これ、大切なマナーである。しかし俺の指摘を意に介さず桐島は足元に転がっていたペットボトルを拾い、おおいに溜息をついた。


「アンタの許可なんて一々求めたってしようがないでしょ。それより退院したと思ったらまた引きこもって、おばさんも嘆いていたわよ?」


「嘘をつけっ。あの母がそんなことを言うものか。それよか桐島、一体全体、何のようだ?」


 桐島は肩をすくめた。


「私、クラス委員長よね。しかも嘆かわしいことにあんたの家の隣に住んでいる。そしてあんたは四月から今まで、まともに登校もしない。で、様子を見てこいと言われたわけ」


「そりゃあご愁傷様! だが残念だったな、俺は元気にしているぞ! ああそうだ! 入院中、俺に鉢植え送ったのはお前の差金だな!」


「まったくやかましい男ね。誰もあんたの心配なんかしていないわよ。それに、鉢植えを送ったのは事実だけど私は一応、反対らしい反対っぽいことくらいしたわ」


 健気な! でもそれって反対じゃないよな!


「つまり消極的賛成ってことだな! まったく嫌な女! お前がいなければ俺はフェアリー西のところにいられたのに!」


「何を馬鹿なことを言っているの? というかフェアリー西って、もしかして西ホノカさんのこと?」


「他に何があろう! 君、フェアリーとは彼女のことを言うのだ! お前は悪魔だがな、デビルアヤメだ! デビルイヤーとかあんだろ!」


「……いい加減、疲れない?」


 心底冷めた声で桐島は言った。うん、確かに。


「……はい、疲れました」


 それを口にすると一気に脱力してしまい、その場にへたり込んでしまった。はあ、病み上がりって辛い。


「じゃあ馬鹿を言っていないで、さっさと下にきなさいな」


「何かあるのか?」


「おばさんに頼まれたのよ、今日は出かけるからよろしくねって」


「ああ、成る程……」


 俺は全てを理解して、力なく立ち上がった。



 桐島アヤメが腐れ縁と言うのは嘘じゃない、本当のことだ。隣の家に住む、奴の家とは実に家族ぐるみの付き合いだったりする。


 ただまあ、家庭環境ってのは対照的だろう。うちは両親揃ってアレな感じだが、桐島家は真面目を絵に描いたようなものである。それでいて、親同士は気が合うというのだから、人間よくわからないものだ。


 ただ、親同士が仲良しだからって子どもが自動的に仲良しになるわけがない。俺はどうにも昔から桐島のことが苦手だ。


 奴はドのつく真面目で勉強もできらぁ。その真面目さもさることながら、物事をハッキリと主張するのも煩わしく感じるし、何より奴は俺の領域にズケズケ入ってくる、それが俺は嫌だ。俺、繊細だからパーソナルスペースを大事にしたいのに、アイツはそれを平気で無視してくるんだ。


 その証左が部屋のノックの有無だろう。奴は俺の部屋に入る時、絶対にノックをしない。それは治外法権の侵犯だ、権利侵害だと喚いてみてもまったく聞く耳を持たない。


 そもそも我が家に平然と入ることがおかしいと思う人もいるだろうが、奴はうちの合鍵すら持っているから空恐ろしい。まったくうちの親は、何でか桐島のことも自分の娘のように可愛がっている。自分の娘なら鍵を持っていてもおかしくない、と言っていたがそりゃあおかしいだろうと俺は抗議したさ。でも無駄だったね。


 まあ、権利侵害の面ばかりみても仕方ない。桐島にだって、少しくらいは良いところがある。奴は家に頻繁に来ていただけに、そういや最近はまったく来ていなかったが、まあとかく家に来る時はたいてい料理を作ってくれる。


 母は仕事に人生の九割九分を使っているとかのたまうくらいの、まあ仕事が好きなのは結構だぜ? でもだからと言って、今まで手作りの料理を食べた記憶がほとんどないのもどうなのかなあ!


 だからこそなのだろうかね、桐島はいつしか料理を覚えて俺や母に振る舞ってくれるようになった。今も目の前に並ぶ数々の料理は桐島作だ。


「これはたいへんよろしいことで。あれか、お前、いや君、お料理的な研究会に入っていらっしゃるので?」


 俺はおおいに真面目にそう言ったが、前に座って頬杖をつく桐島は嘆息しただけだった。


「何で妙な口調になっているのよ。まあ、料理研究部にはたまに顔を出すけどね」


 あ、マジで料理研究部ってあるのか。恐るべし青高。だがそれなら、どうして古典部はないのだろう。俺は箸を止めて、真面目なら学校に詳しいだろうと桐島に尋ねることにした。


「桐島、お前部活に詳しいか?」


「何よ急に。まあ古典部があると信じて、あまつさえ美少女がいると妄想していた誰かよりは詳しいわ」


 こいつ、やっぱり俺の敵だわ。まあ、ここで怒ってもしかたない。俺には聞きたいことがあるので、フェアリー西の関連で。


「お前は確かまだ、ソフトをやっていたよな。女子ソフトにはあれだ、フェアリー西は入部したのか?」


「さあ、西さんがソフト部に入ったとは聞かないわね」


「さあ? お前、ソフト部なのにはっきりとわからないのか?」


「私はソフト部じゃないから」


「は? 何で?」


「あんたのせいよっ!」


 桐島は激しく怒った口調で言った。しかし、話を聞いただけで怒られなければならないんだ!


「何が俺のせいなんだよっ! 俺がお前にソフトを辞めろなんて言ったか!」


「言ったも同然でしょう!」


「ふざけんな! 何時、何時、何処で俺がそんなことを言った!」


「あなたが――」


 桐島は怒り心頭で立ち上がり拳をかざし、何かを思い出したかのように急にしおらしく座ってしまった。こうなると俺も拍子抜け、である。だがまあ、そもそもどうして俺たち、喧嘩していたんだろうな。


「……アレだ、まあ、とにかくお前がソフト部じゃないことはわかったよ。理由も聞かない。でも、それじゃあお前、もしかして帰宅部なのか?」


「言ったでしょう、料理研究部にたまに顔を出すって。今は一応、料理研究部の部員なの」


「そうか。ま、お前の料理は確かに美味いからな」


「ば、何を言っているのよっ。こんなのまだまだよ!」


 何と、これでまだまだなのか。料理の道は険しいらしいな。しかし、何もそんなに顔を赤くして怒ることないのにな。俺は手近の揚げ豆腐を食べた。


「うん、これなんか特に美味しいぞ。やっぱりお前の料理の腕は――」


 全てを言い終えるまえに今度こそ鉄拳が俺を捉えた。チクショウ、俺には某指南書をくれる人がいないからクロスカウンターなんてできないぜ……。


「やっぱりアンタ、最低だわ! それは売っているものをただ出しただけよ!」


 桐島は俺を殴るだけ殴っておいてそれだけ言うと今度こそ席を立って出て行ってしまった。俺は痛む頬をさすりつつ、ためしに味噌汁を啜ってみた。うん、口のなかは切れていない。


「それにしたって、見事な右ストレートだったな。あいつ、料理研究部よりボクシング部のほうがお似合いだわ」


 そうでなくともじゃじゃ馬、おてんば、しかしソフトを辞めてしまったとはね。高校に入ってかれこれ一ヶ月以上経つのに俺、何にも知らないのな。いや、フェアリー西がいること、彼女がソフト部ではないことは知ったし、まあいいか。いいのか?


「ともかく、俺も少しは学校に行くべきか」


 銀シャリを一口、うん、見事な炊き加減だぞ桐島。お前は将来良いお嫁さんになれる。桐島はワシが育てた、何てね。


 うん、本当に桐島には感謝しているんだよ、これでも。

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