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ツカサ、部活に入ろう  作者: 弥栄 譽
第一章 ツカサの岐路
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憧れの古典部へ

 縦令、私が古典部なる部活に入ったとして。その部室に美少女というものはいないだろう。


 悲しいかな、それが現実だ。しかし、だからといって、諦めるというはよくないだろう。


 さて、何故私は古典部に入りたかったのか。


 久々の学校、放課後の教室でその理由を聞いてきた友人、畠山に私は自信を持って答えた。


「そりゃあお前さん、面白いアニメイションを見たからさ」


「どうせそんなだろうと思っていたよ」


 呆れ顔の友人を尻目に、私は喜々としてそのアニメイションの素晴らしさを滔々と語った。こう言う時、この畠山もとえ、ハタケと言う奴は嫌な顔をしつつも話を聞いてくれるから、まあ良い友人であると思う。なんだかんだで付き合いも長いしな。


 さて、私はさるアニメイションの主人公と同じく高校三年生、ではなくて、高校一年生だ。部活には所属していない。もう五月になるにも関わらず、だ。


 部活の説明会にだって行っていない。正直、暇をもてあます学生の一人だ。


「それで、暇すぎてアニメのDVDを借りて一気に見てみたと。それで学校を休むかね……」


 ハタケが合いの手を入れてきた。私はおおいに頷いた。


「その通り! そしてそれがあたりも当たり、大当たり!」


「それで古典部に入りたいと」


「然り。だがな、実際にはそんな美人がいるわけもないよなっ」


「あんまり教室で、そんな大声で話すなよ。ほら、睨まれている」


 ハタケの指摘の通り、見れば幾人かの女子生徒が私たちを指差してヒソヒソと話をしていた。むう、少し声量を落とさなければなるまい。


 私は一つ咳払いをした。同時にキィ、と椅子が軋む音がした。


「ともかく、俺としては知識はなくとも古典部に入るか、どうかということなのだが」


 椅子の異音よりも小さく、耳打ちするような声で私は決意を告げた。しかし前に座る畠山は苦笑を浮かべた。


「そりゃあ無理だよ、お前さん」


「何故。俺の国語の成績がお世辞にもよくないからか?」


 違うよ、とハタケは首を振った。それから何かを思い出したようにハタケは学生鞄から小冊子を取り出した。


「これにお前さんが古典部に入部できないワケがあるよ」


 ニヤニヤとしているハタケから小冊子を受け取る。タイトルは……。『青峰高校で青春しよう!』と銘打ったものだが、ページをめくると成る程、これが我が学び舎の部活動紹介の冊子であることが察せられた。


 冊子は雑把に前半を『運動部篇』、後半を『文化部篇』としている。もちろん私の目当ては文化部なので『文化部篇』のページに飛んだ。そこからページをめくっていく。めくっていくが……。冊子を閉じて私はハタケを見た。


「これ、印刷ミスがあるだろう」


「いいや、ミスはないよ。ページ番号を確認してみたら」


 言われた通りに確認する。確かに、ページは飛んでいない。


「ならさ、これに記載されていない部活っていうのもあるんじゃないか?」


「残念ながら、青高の部活動はそれに収録されているもの以外ないよ」


「馬鹿なっ!」


 私は憤りのあまり立ち上がり、椅子はけたたましい音たてて後ろに倒れた。いかん、クラスメートの注目が! 私は咳払い一つ、そそくさと椅子を直して座った。もう一度ハタケに相対し、慎重に話を切り出す。


「ハタケの言うことが本当ならば、青高に古典部はないことになるな」


「そうなるね。というかそんなことで嘘つかないから」


「なんてぇこったい。じゃあ俺、古典部に入れないじゃん」


「うん、そのつもりでこっちも言ったんだけど」


「……じゃあ俺が、誰もいないはずの教室で美少女に会う可能性は万に一つもないわけだな」


「そうなるね。と言うか自分で美少女なんていないって言ったじゃん」


 シャラップ。夢は夢だ。ハタケはまったく無粋だ。


「それじゃあ俺、何で部活に入ろうかって話になるぞ」


「そりゃ知らんがね」


「有り得ないだろ、こんなこと……。俺、十六歳になってしまったんだぞ」


 私は思わず手で顔を覆った。こんなことじゃ、ないはずだった。俺の人生はバラ色になるはずだったのに。馬鹿か、俺は!


「あれ、そうだっけ? まあそんなことより部活だろ?」


「部活、何もかも懐かしい響きだ」


 ハタケが俺の誕生日を覚えていないことなどどうでも、よくはない気がするがよもや部活に入る気概はなくなってしまった。


「となるともう、教室にいても意味がない。さあハタケ、帰ろうか」


「や、そりゃ無理だよお前さん」


「何故に? このロンリー・ボーイを見捨てるっていうのか?」


「ロンリー・ボーイって。まあいいや。だってこれから部活があるのでね」


「馬鹿な!」


 二度目。しかし今度は立ち上がりはしない。静かな怒りがふつふつと心の底から湧き上がってくる。


「お前が部活に入っているなんて聞いてない」


「そりゃあ言っていないからね」


「それは裏切りだ!」


「裏切るもなにも、別にこっちは部活に入らないとは言っていなかっただろう?」


 なに、まさか。ざっと記憶を掘り返してみると、確かに。ハタケはそんなことを一言も言っていない!


「しかし! それでは!」


「落ち着けよ。話をしなかったのは悪かったと思っているさ。でもさ、こっちとしても何時までもお前に付き合ってばかりでもいられないんでね」


 ハタケはそれだけ言うと席を立ってさっさと教室を出て行った。何がやつを、あんな能動的にしたのだ? その答えはすぐにわかった。奴が教室を出たその時、隣に並ぶ女子生徒の存在を私は見とめたのだ!


 これが現実。俺ひとり、そして俺だけ残った。いや、教室にはまだクラスメートがいくらかいるけど。とにかく酷い話ではないか。


 浮き世の辛さから逃れるために引きこもってアニメイションを見ている隙に、やつはその、いわゆるガール・フレンドを得ていたわけだ。


 畜生、どうしてこうなった! 俺はやり場のない怒りを心に秘めて、いや正直顔に出ていたと思うけど、ハタケに遅れること数分で教室を出て、校門を抜け、帰路についた。


 惨めな思いをした日は現実逃避に限る。自室に入るなり私はDVDプレイヤーを起動し、お気に入りのアニメイションをまた最初から見ることにした。はは、明日からまだ学校は休みだな。


 どうだハタケよ、この私の満ち足りた顔。どうだハタケよ、この場の静寂。どうだハタケよ、誰も私に指図できない。どうかハタケよ、ガール・フレンドと上手くやれよ……。


 俺はもう、現実に帰れそうにない。しかしなハタケ、俺は後悔していないぞ。悲しみを抱いてはいるがそれも想い出さ。二次元への扉(DVDパッケージ)を開いた俺に、もう涙はない。あるのは希望だけさ。


 でもなんだろう、この頬を伝う暖かな涙は。ああそうか、あまりの嬉しさに涙が出たんだな。ふはは、やはりロンリー・ボーイが最高さ。そうさロンリー・ボーイ。


 おお、ロンリー・ボーイ……。俺だって本当は青春したい……。

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