第8話 ―帝都の日常・その8(新たなる協力者)―
お待たせして申し訳ありません。
その後、猫に逃げられ続けるベアトリスを見守りながら、悠とルルは朱音たちと別れた。
名残惜しそうな朱音とティオの後ろ、ベアトリスの眼はまるで死んだ魚であった。
そして二人は今、帝都の中心から離れた区画の、とある飲食店の前に来ている。
帝国においては差別されがちな亜人や他人種が多い区画だ。
天高く降り注ぐ陽光の下、雑多な街並みに、けっこうな数の亜人種が行き交っていた。帝都の中心街ではまず見られない光景であった。
悠の目の前に立つ男は、そんな亜人の中でもひと際目立っている。
「お初にお目にかかります、ユウ殿。自分はガウラス・ガレスと申します」
全身を青みがかった体毛に包んだ、狼人の男。
狼人といっても、ルルと異なりその顔立ちは狼そのものだ。いわゆる狼男といった感じの外見である。
何よりも人目を引くのは、その堂々たる体躯であろう。
驚くほどの巨漢である。身長は2mを優に超えている。胸板は、圧倒されるほどに分厚く、腕回りは悠の腰よりも太い。
大柄な体躯で知られる武田省吾よりも、さらに一回り以上は大きい威容であった。
しかし不思議と威圧的な気配を感じないのも、省吾と同様である。
己の屈強な肉体を完全に御している武人であるためだろうか。
“鋼翼”の序列者――序列第13位、ガウラス・ガレス。
彼こそが、ルルが悠に引き合わせたいと言っていた人物であった。
身長差に気を使ったのだろう、彼は膝を折り、身をかがめ、悠があまり見上げなくてもいいように顔を下げてくれていた。
ルルと同じ琥珀の瞳だ。獣のごとき容貌だが、確かな理性の光が宿っている。
差し出された大きな手を、悠はやんわりと握り返す。
「神護悠です。はじめまして、ガウラスさん……その、別に敬語じゃなくていいですよ?」
「しかし……ひ――ルル様の、主であられますので」
「でも、省吾先輩とはタメ口なんでしょう? 僕は省吾先輩に敬語使ってるのに、それじゃ調子狂っちゃいますよ」
「……むう」
ガウラスは、少し困った様子で悠のかたわらのルルに目くばせする。
静かに佇んでいたルルは、ガウラスに穏やかな表情で頷いた。
先ほどまでちょっと挙動不審気味であったルルであるが、ガウラスの姿を認めるといつもの冷静さを取り戻している。
「ユウ様の求められるように願います、ガウラス」
「はっ、では……以後、よろしく頼む、ユウよ」
「はいっ」
ふにゃりと人懐っこい笑みを浮かべる悠。
ガウラスも、微笑を返していた。
悠たちとは大きく異なる顔立ちをしているが、こうして見ると表情の変化は普通に見てとることができる。
狼人は、ルルのような人間に近いタイプと、ガウラスのような狼に近いタイプがいるらしい。
傾向としては、男性が狼型、女性が人型になりやすいようだ。遺伝子的には同じ狼人なので、タイプの違う狼人同士でも子供は普通に生まれる。
「では、挨拶も済んだことですし、昼食にしましょうか」
にこやかなルルの声で、3人は料理店へと入った。
巌のような巨躯と、怜悧な美貌の狼人の組み合わせである。店内の注目を一気に集めるが、2人は慣れているのか気にした風もなく歩を進め、空いているテーブルに着いた。
ガウラスは椅子が壊れるからと、その場に敷物を敷いて胡坐をかいている。それでも目線は悠たちとさほど変わらない。
悠はオマケのような心地で、ルルの隣にちょこんと座った。
「自分が奢りますので、どうかお好きなものをお頼みください」
「えっ、そんな……いいですよ。僕、けっこうお金持ってるんですよ! むしろ僕が奢りますよ!」
帝国から受け取った報酬は玲子に渡してグループのために運用してもらっているが、それでも悠自身の取り分はかなり多い。
そのせいで、最近ちょっと気の大きくなっている悠であった。
薄い胸を張る悠に、ガウラスは真面目な眼差しで口を開く。
「ユウ、こういう時は大人の男に恰好を付けさせるものだ。素直に喜んで奢られておけばいい……それと、ここはあまり治安が良くない。お前のような見目の者が、金を持っているなどと迂闊に言わん方がいいぞ。余計な諍いを起こすことになる」
「あう……すみません」
正論であるように思えた。
しょぼんとする悠に、ルルがメニュー表を見ながら声をかける。
「ユウ様、ガウラスは一見貧乏くさく見えますが、伊達に“鋼翼”の序列者ではありません。下手な資産家よりもよほどお金を持っていますよ。どうかお気になさらずに。私も、気にしませんので」
次のしょぼんとするのはガウラスである。
耳がぺたんと寝て、尻尾が力無く垂れ下がるのは、狼人の共通の感情表現のようだ。
彼の巨躯を包むのは、何らかの獣のものと思しき皮製の衣服である。
お世辞にも上等なものには思えない。
それを摘みながら、やや憮然とした様子で、
「……貧乏くさいでしょうか」
「物持ちが良いのはけっこうですが、同じ服ばかりというのは感心しませんね。その服、もう10年前から着ているではありませんか。そんなことでは婦女子に逃げられてしまいますよ」
相当に年季が入っていると思しき傷み具合だった。
いくつか、補修の痕跡も見受けられる。
「はっ……精進いたします」
ガウラスは、その巨体を竦ませるようにして、気まずげに応える。
強壮という言葉を体現したような男だが、どうやらルルにまったく頭が上がらないらしい。
ルルは、狼人の亡国の要人であったと聞いている。
そしてガウラスは、その国でも屈指の戦士であったらしい。つまりは、ルルは上司でガウラスは部下だったということだろうか。
「本当に、変わりませんね」
ルルの表情は、過去を懐かしむような穏やかなものだ。
ガウラスとの間には、確かな親しみと信頼が結ばれているように思える。
自分は邪魔なんじゃないかなあ、と思わなくない悠であるが、今回のルルの目的は、悠とガウラスを引き合わせることなのだ。
「……ガウラス。すでに言い伝えた通り、私は自分の意思と目的でユウ様にお力添えをしています。あたなが私の力になりたいと言うのなら、それはユウ様の力になるということと同義であること忘れなきように」
「委細、承知いたしております」
恭しく頭を下げるガウラス。
そして悠を真っ直ぐ見つめ、実直な口調で語りかける。
「ユウ。何か俺にできることがあれば、言ってくれ。ルル様が信じた男ならば、俺も無条件で信じよう」
「よ、よろしくお願いします……」
つまりは、悠の――ひいては玲子たちのグループの協力者が増えたということだ。
“鋼翼”の序列者、しかも“九傑”に迫る上位の実力者である。
実力も地位も伴った、心強い味方といえた。
……まあ、具体的にどう力を貸してもらうかなどは思いつかないのだが、そこは玲子やルルも交えて相談していくことになるのだろう。
そういえば、伝言を頼まれていたのだった。
注文を終えた悠は、ガウラスにそれを伝える。
「省吾先輩が、よろしくって言ってました」
「……奴は、息災か?」
省吾は、ガウラスとの戦いで相当な重傷を負った。
筋肉の断裂が多数、骨はいたる箇所が折れたり砕けたり、内臓も破裂に至らないまでもかなり痛めていたようだ。
常人であれば数か月は身動きの取れない大怪我だが、帝国の医療技術と彼自身のタフネスさのおかげですでに平気で動き回っている。
……悠に両腕を切断された粕谷京介は、いまだに医療施設にいるようだが。
彼が第一宿舎に戻ってきた時にどう接すればいいか、最近の悠の悩みの一つである。
つい思い出して沈んだ気持ちを、弾んだ口調で無理矢理に上げていく。
「もうピンピンしてますよ。今朝だって元気に稽古してました。ガウラスさんも、大丈夫なんですか?」
省吾の剛腕を、魔道を無効化された状態でまともに受けたと聞いている。
まともな人間であれば、即死どころか人間の形すら留めないかもしれない。
だがガウラスは、省吾の拳を受けた胸をドンと叩いて笑って見せた。
「問題ない。身体の頑丈さは狼人の取り柄だ。まあ、治療に金はかかったがな」
魔道を使った医療は、高度な設備と人材、そして燃料として希少鉱物の魔石を要するため、かなり費用がかかるのだそうだ。民間でも受けられる場所はあるが、医療費は平民ではそうそう手が出ないほどに高額らしい。
悠たち異界兵も、重傷を負って帝都の魔道医療設備の世話になった時には、ペナルティとして報酬が減額されることとなる。
「機会があればまた手合せしようと、伝えておいてはくれないか」
「……まともにやったら、まず自分が負けるって言ってましたけど」
彼我の戦闘経験、技術以外のすべてが省吾に有利な条件であったと言っていた。
それに、恐らくガウラスの戦闘のモチベーションは、相当に低かっただろうとも。
「どうだろうな。奴とてあの時のままではないだろう。まったく、ついこの前まで平和な国で生きていたとは信じらん。あれで俺より10も年下だとは、末恐ろしい話だ」
省吾への、確かな敬意がにじんでいる口調。
省吾がガウラスを語る時の口調にも、似たような響きがあった。
夕刻の河原に寝ころびながらの「やるじゃねえか……」「ふっ、お前もな……」的なアレだろうか。
激闘の末に互いを認めた、男同士の友情。
ちょっと羨ましい。
キラキラした眼差しでガウラスを見つめる悠を、ルルは微笑ましげに見つめている。
ああそうだ、とガウラスは話題を少し変えてきた。
「例の夢人の少女は、どうしている?」
「レミルですか? 元気ですよ。まあ、まだちょっと空元気な部分もあるのかなとは思うんですけど……」
彼女はまだ10歳なのだ。
最後の家族であったカミラを喪ってから、まだ10日も経っていない。
あの天真爛漫な笑顔の下には、きっと癒えない傷が残っているのだろう。
「……そうか」
ガウラスの口元に、安堵めいた笑みが浮かんだ。
“覇軍”のユギル・エトーンの依頼を受けた“鋼翼”が、特級依頼という実質的な命令によって、複数の序列者を夢幻城攻略に差し向けたという話は聞いている。
彼としては、やはり相当に不本意な戦いだったようだ。
そうこうしているうちに、注文していた料理が届いた。
ちなみにここは、肉料理がメインの店である。
3人ともに、頼んだのはステーキであった。
「うわあ、美味しそう……!」
スパイスをすり込んだらしき香ばしく焼き上がった表面、その内側にはたっぷりの肉汁を閉じ込めたジューシー赤身が隠れているのだろう。
そのまま食べても、付け合せのソースを絡めても美味しそうだった。
思い切って頼んだのは400gほどの大きさの厚切りステーキだ。
悠は、こう見えても健啖家である。
傍目からはどうやって胃袋に収まっているのか疑われるぐらいの量を平らげることができた。
しかもまったく太らない。
だが今ばっかりは、悠は他の二つの皿に圧倒されていた。
「す、すごいね……そんなに、お腹に入るんだ……」
「そうですか? 普通だと思いますが」
「普通ですな」
まず、ルル。
悠のおよそ1.5倍ほど。600gはあるだろうか。
あのほっそりしたお腹に果たして入るのか、よしんば食べられたとしても、その後の彼女のお腹は妊婦みたいになってしまうのではないか、そんな心配がよぎってくる。
以前に悠が奢った時は、かなり遠慮していたのかもしれない。
だがガウラスの皿の前では、彼女の弩級ステーキですらも霞むだろう。
それがステーキであると、認識するのは躊躇われるほどの大きさ。
およそ1kgはありそうな、横にも縦にも大ボリュームの極厚肉。
……それが、2枚。
まあ、ガウラスの身長体重を思えば有り得ない量ではないのかもしれないが、信じがたい光景ではあった。
どちらも超レアだ。
表面を軽く炙っただけの表面は、まだ赤さを残している。細菌とか大丈夫なのか。
二人とも穏やかな表情であるが、その尻尾のテンションは、ぱたぱたとものすごく上がっていた。耳はピンと立っている。漂う肉の香りに、鼻がくんくん鳴っていた。
食いきれるかどうかの心配など、微塵もしていないようだった。
まあ、狼人は筋肉の質も普通の人間とは違うのだと聞く。これぐらいのたんぱく質は、消化吸収してしまえるのかもしれない。
「……いただきます」
悠は手を合わせ、ルルとガウラスは祈りのような仕草を見せて、ステーキにナイフを入れる。
切り込みから肉汁が溢れるのを見ながら、悠は別行動をしている友達に思いを馳せた。
(朱音たち、どうしてるかなあ)
彼女たちは今頃、“鋼翼”の方でもう一人の序列者と会っているはずであった。
更新ペースの回復は、書籍化作業がひと段落するまでしばしお待ちください。
追加の書籍版専用シーンが非常に多いため、ちょっと時間がかかっております。
美虎、伊織の出番がかなり増える予定なので2巻では二人のイラストも付くんじゃないかなと思います。




