そんな、とある一日
梅雨入りしたはずなのに夏のような日射しの中、わたしはようくんとお出かけしてた。
こんなむし暑い日なのにようくんはパーカーなんか着て、見てるだけでよけい暑く感じてしまう。
いつも休みの日はどちらかの家ですごすことが多いのに
「ねぇ、なんでこんな暑い日に?」
ようくんだって家でまったりするほうが好きでしょ?ってうらめしげに目で訴えたら
「今日はいいことがあるから」
いいことって何だろう?
この暑い日に外に出ないといけないほどなのかな?
そういえばまだ知らなかった行き先がハイキングだと分かり、白いくつをはいてきたことも後悔した。
でも、思った以上に道がきれいに舗装されて、お気に入りのこのくつが汚れなくてすみそうだなってほっとしてたら
「ようくん、雨だよ」
夕立?そんな時間じゃないと思って、そういえば梅雨だったなと思い出した。
ようくんかさ持ってるかな?ちょうど聞こうとしたのに
「ゆうちゃん、かさ持っている?」
なんて聞かれたから、首をふってやっぱりいいことなんてひとつもないやとみっつめの後悔。
ようくんがいつの間にか案内マップを広げて
「ここだ、もう少し先に雨宿りできる場所があるみたいだから」
地図から目をあげて
「行こう」
っていうから、走るために作られていないわたしのくつの速度に合わせて、ようくんとその場所を目指した。
けれど、雨はわたしたちのために待ってなんかくれなくて、ぽつりぽつり降ってた雨がいつの間にか強くなって、ようくんの無地のジーンズを、わたしの花柄のスカートを、少しずつ水玉模様に変えていった。
「ごめん、こんなつもりじゃ」
そういえばなんで前もって行き先をいってくれなかったんだろう?
いってくれたらいつもは見ない天気予報も見たかもしれないのに…
でも、やっぱり
「かさ持ってないし、お互いさまだよ」
って苦笑いして、いくら晴れていても梅雨入りしたんなら、折りたたみがさくらい持って来ればよかったなぁと、思いなおした。
「僕、知っていてね」
ようくんがぽつりというから、わたしの頭のなかはハテナマークでいっぱいになっちゃって、続けて
「雨降るの知っていて、ふたりで雨宿りしてみたくて」
なんていうから、わたしバカらしくなっちゃって、顔がほころんだ。
きっとようくんはあの目的地までこんなにはなれてるなんて知らなかったんだろうなって思ったら、せっかくのお出かけだし楽しまなくちゃ、だから
「ねっ、ようくん、そのパーカー確信犯でしょ、かして」
きっとようくんのことだから、よくテレビなんかで見るように雨にぬれたわたしにそのパーカーを、そっとかけてくれるつもりだったんだろうなぁ
「バレてた?」
ようくんは心底おどろいたようすで、でもわたしには
「バラしたんでしょ」
としか思えなくて、でもぬれてたら意味ないじゃんって内心つっこもうとしたら
「ぐしょぐしょだよ?」
っていいつつ
「でも、やってみたかった」
はにかみながら、ふわりとかけられたパーカーのことを思うと、それをいう気もなくなってしまった。
だから最初に思いついた通り、わたしたちの頭の上にようくんのパーカーをかぶせた。
今度は、ようくんのあたまの中がハテナマークでいっぱいになって、わたしはくすって笑って
「わたしもね、相合がさ、したかったの、でもね、わたしたち今かさもってないでしょ、だからこれでかわりね」
防水もなにもないただのパーカーだから、よけいに雨にぬれてるだけのような気がした。
それでも、こうやって雨の中を、ようくんとくっついて歩くのも悪くないかな?なんて、思ってしまった。
もうお互い全身ずぶぬれだし、急ぐこともやめて、ふたりで頭にパーカーをかぶって、よりそいながら山道を上った。
汚れないかな?と、期待してたお気に入りの白いくつはもうよくわからない色に染められて、水もしみこんできて、二度とはけないだろうなって思った。
ようくんのスニーカーも水がしみてるかな?
「ねねっ、ようくん」
ってようくんに体重をかけると、予想通り、ようくんの右足が水たまりにはまった。
そこからは、お互いおし合って、水たまりにはめ合い、かさがわりのパーカーのとり合い。
きっと天気予報で雨だってわかってるこんな暑い日だから、だれ一人いなくて、思うぞんぶんふたりでふざけ合った。
そうしているうちに、目指してた休憩所にいつの間にかついてた。
やっぱりここにもだれもいないけれど、わたしたちももう雨宿りする必要がないくらいにぬれていて
「どうする?」
ってわたしが聞いたら
「お昼まだだから、食べよ」
ようくんのカバンの中に入っていたわたしたちのお昼ごはん
「雨にぬれてない、よね?」
とっさに目をあわせて、ふたりでおそるおそる朝買ったコンビニ弁当をのぞいた。
ちゃんと雨はレジ袋で防がれて、中身もそんなにくずれてなくて、ふたり同時にほっと息をはいて、どちらともなく笑いあった。
それでも、雨の中ずぶぬれのまま食べるコンビニ弁当なんて…
食べ終わってぼぅっと雨をながめながら思ってたら、ようくんがカバンをさぐりだして、水とうを出してた。
コンビニでお茶も買ってたのに忘れたのかな?
「はい」
ようくんがフタに入れた中身をわたしてくれた。
なんだろう?って受けとってみて、その温度にびっくりした。
中身はあたたかいスープだった。
「ほんと、へんなとこで、気がきくんだから」
嬉しさをかくして、わざと唇をとがらせていってしまった。
「雨にぬれて、ゆうちゃんが冷たいだろうって思ったから」
それじゃなんで
「パーカーが雨にぬれて、意味ないってこと、気づかなかったの?」
さっきはいうつもりなんてなかったのに、つい、口に出してしまってた。
ようくんは少しかんがえてから、ようやく気づいたようにはっとして、そのようくんらしさに笑った。
「僕、全然ダメだね」
ようくんが声を落としていった。
きっと今までのことで引け目を感じてるのに、わざわざ準備してたパーカーが結局役に立たないってことで、さらに落ち込んでるのが、わたしには手にとるようにわかって
「ダメなくらいでいいの、だって、こんなお出かけだけど、わたしとっても楽しい」
ふたりで上ってきた坂道に目をむけながら、心からそういった。
ようくんとしゃべってると、いつの間にか雨足が弱くなって、ふと、とつぜん雨がやんだ。
「雨やんだね、帰ろうか」
時計を見てみると、時間もちょうどいいころだったからわたしもうなずいて、でも
「虹はでないんだね」
からかうようにようくんにいった。
ようくんの思いえがいているようなテレビの場面なら、ふたりで仲良く雨宿りしたあと、雨あがりに虹が出るのがセオリーだから
「僕らには虹がでないくらいで、ちょうどいいんだ」
空を見上げて、さっきのわたしの言葉をまねるように、ようくんが誇らしげにいうから
「幸せすぎたら、バチがあたりそうだもんね」
どんより曇った雲のすき間から、たよりなさげに射している光をみながらそういった。
もしかしたら、また下ってる途中で雨がふるかもしれないけれど、またようくんと雨にぬれるのもいいかな、なんて思った。
わたしたちが山道を下りだしたその後ろで、さっきの雨でできてしまった水たまりが、わたしたちを、この幸せな世界を逆さまに写していた。
それをわたしが知るのはもう少し後。
そんな世界をわたしたちが知るのはもう少し後。
今はまだ、雲間から射す弱光のような幸せにまどろんでいる…
そんな、とある一日