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◇8話◇王族の色彩

☆☆☆


 東の森に至る道程は、ヒラリスにとって、とても長く厳しいものだった。


 三弥山で、またもやその辺り一帯の悪人達と戦い、剣を交え、彼は肩を斬られた。


 自ら簡単な手当をし、逃れついた洞窟のなか、ヒラリスは体を休めた。


 その顔色は酷く悪かったが、彼は諦めない。

 瞼を上げたなら、その蒼の眸が情熱を失ってないと知らせるだろう。

 美しい王子は、白い肌に焦燥を載せて、それでも絶望する事はなかった。


 それは紫蘭への想いもあるだろうが、ヒラリス生来の前向きな明るさがモノを云う。

 誇りや名誉も、王子にとって重要な問題だったが、彼女に想いを馳せれば、それらは脳裏から消えた。

 自らに暗示をかける様にして、ヒラリスは紫蘭への想いを深める。


 無意識に、セリカの魔法に畏怖を抱き。

 心に掠めた不遜な感慨を、熱烈な恋で上書きしようとした。


 ヒラリスは基本が大らかで明るい性質の男だった。

 故に、そんなきっかけでも捻れる事はなく、本物以上の愛が育つ筈だった。

 何せ、ヒラリス自身は殆ど無自覚だ。


 庭園で、美しい姫を見た。

 力を含む美しさに警戒した。

 その美しさに陶然とした。

 警戒心はヒラリスの内心奥深くに沈み、意識したのは綺麗な幻の記憶だけだ。


 そもそも、東国の王家は心を操る魔法に強い。

 セリカは特に神に愛され――能力に恵まれ――姫の美貌ならば、確実に。

 全くチカラを持たない、等とは考え難かった。


 神司、太宰、王家。


 熱い息を吐いたのは、だが、姫への気持ちからではなく傷が熱を持ち始めた故だ。


 神司はカンシ、何故かイシとも云われる。


 神の歴史を学ぶ時に、真っ先に出て来るのは、やはりセリカだ。

 神に1番近い、神司を当たり前の様に産む国。


 神の司だ、その『宝』への通詞を行う。

 故に人へのそれと画して通司が、この場合は正しい。

 小さき門、狭き門を司る存在。


 教育係の声を、ヒラリスは思い出す。神官と、王宮の宰と、何人もの声が、語る。


 イシとは神殿の鍵の管理者と云う意味も有ります。


 イは狭き門を表現します。


 出納を司った為に混同されたのでしょう。


 神司カンシ、カムシでも宜しいですが、と教師は云う。


 神司のツウジする『宝』は、神の存在です。


 お言葉。お声。

 その煌びやかな、存在の証を、神の従僕たる人間に届けて下さる、それが神司です。


 だがソレは巫覡の存在とも違う。


 何故なら。

 巫女や神官は。

 神の声を聞く事があっても。


 人間でしかナイからだ。


 人間として生まれ、神に列なる。

 ソレが。

 神司で有り。

 太宰で有り。


 王家は、それに膝を付くものでしかない。



 神司と太宰の違い。


 それは、統治するか否か…だ。


 教師の声が云う。


 立場として、どちらが上と云う事は無い。

 強いて云うなら、神の寵愛次第とも云うし、その『神次第』とも云う。


 些か不遜だが、

 と教師は声を低める。


 神にも、上下関係が有る。


 リア・リルーラを頂点と讃えるのは良い。

 ソレは神々が謡うコトバだ。


 シ・エンを頂点と讃えるのも良い。


 リアを例外とすれば、主月神は神々を統べる存在だ。


 主月神の下に月神達。勿論、17番目の月女神たるリア・リルーラを除いて、ソレは全くの『事実』である。


 単にリアと称えればリア・リルーラの事だが。

 単にリーと称しても、リー・シェンを示しはしない。

 シ・エン。またはリー・シェンと唱えるのが慣例となっている。


 リア・ダ・リアルテ。

 女神の中の女神。


 男神を呼称するならリーだが、リア以上に名を喚ばぬ様に気遣わねばならぬ神も存在しない所為もある。


 他の神々は月神達に仕える。


 ギリギリで、大丈夫だ。


 だが、リア・リルーラとシ・エン以外の月神の上下やその関係は口にすべきではない。

 ましてや。

 他の神々の問題となると、人の世界もかくやと乱れ。

 決して、正しい解答など有りはしないのだ。



 では先生。

 と、ヒラリスは尋ねたものだ。


 主月神やリアの寵を得る神司や太宰が居たら、

 その人は神さえ憚る存在と云えますか?


 教師達は息を呑んだ。


 不遜窮まりない、それは言葉で。

 言ノ葉に載せた、その事実に寧ろ憚り。

 教師達は、教育係の権限をもって、ヒラリスに禊ぎを命じた。


 熱の所為か唸され乍ら、ヒラリスはいつしか夢を見ていた。


 過去の夢を。


 教師の一人は、しかし後に云った。


 あれは、不遜では有りますが、事実でも有るでしょう。


 二度と口になさらぬよう。

 と、飽くまでも慇懃に、命じられもした。


 西国は、神の加護が少ないのかとヒラリスは思っていた。

 だからこそ。

 その光栄以上に恐怖をも知らず。

 不遜な念いが生まれたかとも感じた。

 王家に生まれて、口に出来ない想念だったが、教師達は、周囲は、全く逆の事を王子に見ていた。


 こんなにも。

 神の寵愛を得る王子が、西国に生まれた事が有るだろうか?


 その王子は、期待通り、東の姫を娶る。しかも、東の中でも名門中の名門、王家の中の王家。

 惑星フライサ、最古の王朝の直系の媛宮である。


 クルトの民の熱狂は如何ばかりか。


 その姫が掠われたら、そりゃあ助けない訳にはいかない。


 神に愛された美しい媛宮、多分チカラ持つ姫君に、ヒラリスは嫌われる訳にはいかない。


 そして、惹かれるに充分な美しい姫君だ。


 ヒラリスは無意識に、姫君に対する熱狂的な恋慕を己に課した。

 枷として心を縛り、その打算は奥底に沈め鍵をかける。


 媛宮が心を読むならば。

 もっと、深く、甘く、優しい。

 恋を、愛を、育て上げないと――――


 倖い。

 ヒラリスは恋を知らなかった。

 今までに一番衝撃を受けたのが。

 外ならぬ紫蘭姫相手だったから。

 擬態はきっと。

 本物の恋になる。


 筈。


 だった。


 世の中は。

 そんなに上手く行かないと。

 神の寵愛をうけたヒラリスは、知らなかった。


 だが。

 此処に。

 神の寵愛は錯綜する。


 ヒラリスの夢の中で、教師の声が云う。


 気まぐれに東の魔王と称しても、あちらの太宰であるには違い有りません。


 あのお方こそが、主月神に任じられた東国全ての王であられ。

 リアのご寵愛は、なんと人間ヒトの王子で在った頃から変わらぬものと云います。


 決して、関わってはいけませんよ。


 東是王――トウゼオウ――。

 東の王は是なりと、神が宣告した存在。

 東を統べる王。


 東国全てが、従う王。


 東の森、中呶あたるだの奥に住まいする、

 隠遁を気取る王。


 いつしか。

 黒の王子。


 東の森と魔王と喚ばれ、自らも称して憚らない。


 千年王。

 とも呼ぶ。

 永き時を。

 神の代わりに。

 東を統治する。


 トウゼ王。


 梨燕紫夜蘭リエンシヤラン


 美しい夜の魔王。


 普通は。

 そんなモノに。

 勝てる訳がナイ。


「関わっちゃったよ……先生。」


 熱の所為で、常の強気が鳴りを潜めた。


☆☆☆


 姫?


 覗き込む眸の色はセリカの王族の金銀妖瞳。

 銀と青の髪が月の光を呼び込む。


 冷たい手が額の熱を掠う。

 熱に浮かされ乍ら、見上げた貌は。


 庭園で垣間見た姫よりも、硬く冷ややだ。


 月よりも、なお冷たい美貌。


 なんて。

 綺麗なんだろう。


 ヒラリスは手を伸ばす。

 届かない月かと思ったら、冷たい髪に指先が触れた。

 肌に触れれば、温かみがうつる。


 綺麗な貌が微かに驚きを示し、眉を寄せた。

 我慢出来ずに引き寄せる。

 触れた唇は。

 すぐに逃げると思ったが。

 不意に。

 強く求められた。


 唇を吸いあげ。

 舌を絡め。

 唾液を交換し。


 ヒラリスは、自分が一体何の夢を見ているかも解らなくなる。


 息が苦しくて逃れた。 追いかけて来て、舌を吸われ相手の口中に引き込まれ、歯をたてられた。

 欲望を刺激され、ヒラリスも積極的に応える。角度を変え深く口付ける。上唇を軽くはむ様にして、舐めて、吸って。

 口腔内の快楽が、下半身にも熱を与える。


「はっ……?」


 ヒラリスを押さえ付けるようにしていた影が。

 唐突に離れた。


 直前迄、強く求められていたのに。


 熱を分け合い。

 喉を吸われ。

 白い手に肌をまさぐられ……。



 姫……は、そんな事は、しない。


 ぼんやりと、思って。


 けれど、やっぱり離れた熱が恋しいような。

 そんな気がして。

 混乱したまま、意識を手放した。


 別の熱が、取って代わり気付かなかった。


 ヒラリスの。

 傷からもたらされた熱は下がっていた。


 深く裂かれた、怪我そのものも。

 月の光の下で。


 痕を消していた。


☆☆☆


 前日は、痛みに呻いた。

 今現在、傷は何処にも無い。


 前日は、熱に喘いだ。

 今、スッキリと爽やかだ。


 あれは、三日で治る感じでは無かったなあ。

 とヒラリスは独語する。


 これは最早死ぬのかと、半ば覚悟した頃に……。

 救けは来た。


 神の、寵愛を湛えた姿で。


 西にはチカラを持つ者が少ない。

 だから、多少、戸惑いはするが。


 このチカラが、神の加護なのは解る。

 美しい、青年が、傍に居て。

 そりゃあチカラの一つや二つもつだろう美貌で。


 明らかに。

 セリカの血筋だった。


 眠る前に気付いていた筈だが。

 眠りに落ちる前より。

 意識してしまうのは何故だろう。


 傷の所為で高熱を出した。


 そこに。

 顕れたのが彼である。


 その美貌は単なる民とも思えず。

 それ以前に。

 

 『白』の住人と知り。


 女神の、お膝元。

 疑うのも、不遜。


 熱に浮かされても、ヒラリスは冷静に受け入れた。


 その美しい同行者を。


 身分的に、受け入れざるを得なかった。


 とも云う。


 熱の所為か、記憶は、所々曖昧だ。


 それでも、とヒラリスは思う。

 大事な事は、覚えている筈だ。


 その時も。

 ヒラリスはちゃんと、自分が何と云ったかを覚えている。


「ではどうか、私に対して先程のような言葉を用いられません様。立場がなくなってしまいます。」


 なくなるのは勿論ヒラリスの……だ。


 白の塔で白のくらいを持つ相手に対し。

 それは不遜と斬り棄てられても仕方ない態度だった。


 当然、美貌の青年が、慇懃な挙措に騙される筈もないと気付いて、なお発言するのがヒラリスなのである。


☆☆☆



 やっと、神司カンシ太宰タイサイの説明出せました。

 燕夜の立場と。

 同行者も。

 同行者は名前が出せてナイ事に気付き、見直しましたが、捩込めるか悩み中です。


 全部、頭の中では終わって、新しい物語が始まってますのに……もどかしいですね。


 神司は造語、太宰は…地球とは大分違いますねww

 仕える相手が帝ではなく神なので、まんま王と云う呼称に。


 イシは割と、まんまな説明ですが、そうやって明らかな語源や燕夜が採取した花などに、地球匂わせてますが。


 この話には地球は全く出て来ません。

 

 思わせぶりでゴメンなさいm(._.)m


 これから、燕夜の過去…リナキアごめんね事件とか、

 砂久弥とヒラリスの旅路とか、

 女神がアチコチ出没したりとか、


 やっと、具体的に話の骨格が。


 読んで下さる方に、過去と現在が混乱して判別付け難い……等と云われぬ様に、落ち着いて書きたく思います。


 来月から2ヶ月間は土日祝日がお休みなので、更新は休日か、明けた夜がメインになるかと存じます。


 次回は11月にお会いしたいです。


 お付き合いの程、宜しくお願い致します。



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