◆夜闇神◆人間の毒
この中で告げる、蒼月の梨夜と悪魔の話は、『冥王と永久』に記載しております。
副題「◇死者と緋耀番外編1◇囚人◇蒼月の梨夜〜蒼い月が生まれた理由〜」←これ以外には砂久弥以外の神司は今のところ特に出番ないです。
宜しければ、梨夜の人がましいところをご覧下さいませm(._.)m
☆☆☆
夜闇の神々は月神系の神々よりも、人間の世界に関わる事を好む。
それは人間の心を愛でるが故だった。
夜闇の神々程に人間に影響を受ける神は存在しない。
また夜闇の神々程に、人間に影響を与え得る神々も存在しない。
月系列の神々ならば、ただその美貌のみで人を狂わせるが、夜闇は人の欲を増幅して反射する誘惑の神なのだ。
その美貌が月に劣る訳では無い。
そんなモノよりも。
自らの毒に嵌まる。
それが人間と云う存在であり、人間に関わる夜闇の存在意義でもある。
神々が人に左右される訳も無い。
しかし、夜闇の神々は確かに人を誘い惑わす毒を振り撒く。
夜闇が抱える多くの誘惑よりも尚、人から得た毒を撒くのだ。
そして。
普段知り得ぬ高揚に、夜闇の神は魅了される。
その哄笑は。
人から得た毒。
その誘惑は。
人の欲望そのもの。
人が秘めた心の内を、当たり前に暴き掻き回す。
忘れた欲望を呼び覚まし、煽り惑わせ焚き付ける。
それは鏡。
そして、甘い毒。
その毒を、夜闇の神々は甘露と味わい。
人には強すぎる毒素になって還元される。
誘い唆す神に、人は抗う術を持たず。
騙り惑わす甘やかな毒に溺れる。
その毒の大半は人が吐き出したモノである。
『そなたは……強いな。』
「滅相もございません。」
感心した風情の夜闇の最高神に、紫蘭花は視線を合わさぬ様に伏せた眼差しに媛の気概を煌めかせた。
夜闇のセルスト神は、彼女の前では比較的穏やかだった。
それは彼女に迷いが無いからであり、高い媛のチカラが彼女を護り、結果的にセルストへの影響も最低限に抑えるからだった。
燕夜とは大違いである。
しかし。
セルスト神を昏き欲望の神とした燕夜からも、最近ではめっきりと冷めた反応しか還らない。
セルスト神への嫌悪が減じた訳でも無い。
寧ろ厭ずる事は弥増すばかり、媛に近付くなとセルスト神を蛇蠍の如く忌み嫌う。
だが。
精神の芯が安定し、硬く強固な砦を造った。
歪まぬ欲望は、寧ろ平穏を呼ぶのが夜闇の神々なのである。
人はそれを純粋な愛のチカラ等と呼ぶ。
『間違いではナイが……。』
と。
こんな状況もソレなりに楽しんでいるセルスト神が独りごちて、クツリと僅かな嗤いを口元に形作った。
神が視る揺らがない想い。その頑固な精神は、人が夢見るモノとは違う。
人間が邪悪と見る願いでも、真実堅固な砦が精神に築かれたなら、それは全き願いとなるのだ。
その願いを神々が掌に掬い上げるかは別問題では有るが。
前提条件は、ソレでしか無いのである。
人間は揺らぐ。
最近セルスト神が出逢い、拾い上げた願いは二つ。
リ・エンヤの父、ラア・シィリンと、紫蘭花姫くらいのモノだった。
千年の時を超過して、ただ二人である。
それ以前ならば、梨亜砂久弥や比奈瀬・ウィドマーク・梨夜、そしてルゥイリア・シー・カイリァス。他もセルスト神が知る殆どの者が、女神の側近である。夜闇側で拾えた願いなど、精々が冥界の王須胡砂くらいのモノだった。
『いや……アレがあったか。』
怠惰を愛したラアシーリンの、余りと云えば余りに無害な願いと、紫蘭花の頑なな迄の燕夜への恋慕。
人の世で吟遊詩人が吟うに相応しい煌めく光に隠れ、夜闇『らしい』願いをハッキリと告げた一人の女が存在した。
悪魔を愛した少女。
その願いは、地球に夜闇の神々を顕現させて、不確かな未来を暗黒の中に手繰り寄せた。
『迷い無く、正義を宣ずる蒼月の梨夜と、惑い無く、暗黒に沈んだ闇媛。』
同じ行動を取り乍ら、揺らがない精神と祈りを持ち乍ら、よって立つ場所は光と闇にクッキリと道を違えた。
魂の相似。鏡の中に生きるもう一人。
血を浴びて、命を奪い。
高らかに嗤う。
その幼さを残した美貌。
悪魔を愛して欲した二人。
一人は悪魔の棲む地下に下り、一人は悪魔を拐い光の世界に闇の檻を造り閉じ込めた。
性別が違う。
立場が違う。
住む世界が違う。
だが。
その魂は同一。
信仰などと云うモノは。
所詮その程度のモノなのだ。
と。
最高神故に、赦される感想を、セルスト神は呟いた。
それは。
月神殿の神官を、甘く誘う罠となって世界に紛れ……流れた。
セルスト神は特に意識しない。
夜の慰撫も。
闇の誘惑も。
セルスト神には等価に過ぎず、つまりはドチラも、ドチラでも、どうでも良い事柄でしか無いのだ。
面白ければソレで良い。
永き時を。
悠久を過ごし。
神々の正義は、退屈を凌ぐ遊戯にこそ存在する。
人や魔物、妖の類いでさえ、およそ命ある有限のイキモノならば、怠惰の謗りを受けずにはいられないソレが。
神々が最も意義を認める『世界』の存在する価値だった。
☆☆☆
不意に、己に向かう興味が逸れた事を、紫蘭花は意識した。
その事実を、出来るだけ意識しない様にして、紫蘭花はそっと吐息する。
心を凍らせて、夜闇の息吹を受け流す。セルスト神の好意を疑う訳では無い。
しかし。
所詮は元人間の紫蘭花には理解出来ない、真なる神である。
せめて、下級の神々ならば、生命の欠片を感じ取れる。
その心を知る事が出来る。
しかし。
創世の神に、それは期待出来なかった。
況してやセルスト神は夜闇であるのだ。
夜闇の神々の精神は、移り気に過ぎる。状況と人に左右される。その時々で、真逆の想いさえ口にする。
セルスト神はその夜闇の最高神なのだ。
セルスト自身として、そして夜闇の神として、二面性どころか、多岐に渡る心を持つ全てで紫蘭花を愛するとセルストは告げる。
紫蘭花は、その詞を疑わなかった。何故ならば媛としての自身がソレを認めたからだ。そしてまた、リア・リルーラをさえセルスト神はこの恋に巻き込んだ。
故に、想いに疑念は挟まない。
それでも。
信頼出来ないのが。
上位神。
創世の神であり。
その上に。
夜闇であるセルスト神だった。
しかし、関心が逸れたと安堵したのも束の間、すぐにセルスト神は紫蘭花を見つめた。
悪魔を希み、睦み合う恋人達を思い出した故か、セルスト神は未だに人間の心を捨てない紫蘭花への気持ちに希望を持つ。
少なくとも、紫蘭花は既に神に名を列ね、その人間としては永い生命の終焉には、セルスト神の手を取ると誓っている。
その誓約は、リア・リルーラの認めるところでもあり、あと一柱……彼さえ邪魔をしないならば果たされる約定の筈だった。
セルスト神の意に染まぬ働きが赦されるのは、リア・リルーラのみ。そして、それを成すチカラを有するのは、リア・リルーラと冥王。
最初は永久も警戒したセルスト神だったが、アレは既に冥王では無いとセルストは知る。緋耀でありトワである神は、冥王の記憶を持つだけの別柱に過ぎない。
その記憶が厄介と云えば厄介で有るし、その気になれば冥王のチカラを取り戻せる存在でもある。
だが。
冥王がそれを赦さない限りは、そんな事態を迎える事も無いだろう。
あの脆弱を装う神を、セルスト神は嫌いでは無い。もちろん、冥王の事も嫌いでは無いが、セルストは冥王を理解できた例が無かった。
永久に倣い、封印を強めた冥王神のチカラは、闇大神にさえ敗北を喫するかも知れない。
そんな存在にセルストが警戒するのは、もはや滑稽に近い事態と云えるだろう。
それでも。
滅びたいと願い、冥王が生まれ。
何故滅ぼさないのかと疑念を抱いた。
新たな希望を抱いたセルスト神は、今度は逆に……滅っされるのでは無いか、と疑いを抱くのだ。
これを『恐怖』とか『怯え』などと呼ぶのだろうか。
セルスト神はそう考えて、愛する媛に手を延ばした。
ギクリ。
と、媛の肩が強ばる。
それこそ、怯えさせたくは無い。
しかし、触れずにもおれなくて、セルストは壊れ物を扱う様に、媛を抱き寄せた。
――セルスト神?
その様子に何を思うのか、それは女性の本能と呼ぶべきなのか。
紫蘭花は溜め息を吐いて、愚かで可愛い男に向ける様な、優しい眼差しを浮かべた。
但し。
相手は夜闇の神なので、顔を見るような愚は犯さず、ただ、眸を伏せたまま、じっとしていただけとも云える。
動かぬ紫蘭花の纏う空気が和らぎ、優しい気配に満ちた事を、しかしセルスト神は知る。
これを不遜と云わずに、何を不遜と呼べようか。
恐らくは、怒りの鉄槌を下してもオカシクは無い事態だったが、何故かセルストはその気になれなかった。
トワが………冥界で愛を知り始めたように、セルストも媛にそれを学んでいるのかも知れなかった。
今回の『世界』は余りにも『違う』。
変わらないのは………唯一柱、冥王神だけなのかも知れなかった。
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