◇神司◇ルゥイリアの失恋
砂久弥の神司仲間。砂久弥の仲間はこんなんばっかりですね。
燕夜、梨夜、ルゥイリア……と、やっと三名登場しました。
『ある日、天使が堕ちて来た!』の邪悪天使です。読まなくても支障は有りません。
リー・一族と云う地球での『儀式』を赦された一族特有の血をひくルゥイリアが、うっかり間違って引き込まれて、恋をして相手にされず邪険にされて、告白もせずに帰還した。それだけの話です。その帰還直後の場面がこの話「ルゥイリアの失恋」です。
☆☆☆
惑星フライサ。北国転の王子。ルゥイリア=シー=カイリァス。
碧のグラデーションを銀の髪に溶かし、淡い紫と紫紺のオッドアイ。外見だけなら東国セリカの皇室と称しても誰も疑わないだろう色彩を持つ、美しい王子だ。
性格は狷介を極め、短気且つ粗暴と噂される。
神司として塔に昇殿し、白に在籍して幾星霜か。少年の姿は時を止めた神司の中でも珍しいくらいの幼い容姿だったが、その可憐な美貌が愛でられたのだと想像するに難くは無い。
実際は単に早期の昇殿と、更に早いチカラの確定と、当たり前の如く女神の手となり足となり、仕事もそつなく熟した故だ。
寧ろ余りにも幼い容姿で時を止めた為、一気に加齢を加えた結果がこの少年の姿だった。
既に、親兄弟も墓の中。老いて滅した後では有るが、永きに渡りルゥイリアは王子のまま、少年の姿のまま、いつしか神司として不動の地位を獲得していた。
「ナンバー2にさえ成れないのに、何が不動の地位だよ。」
せせら笑うのは、当人であるルゥイリアくらいのものである。
至高と呼ばれる女神の神司。
リア・リルーラの神司として、五本の指に入るのだ。
それは下級の神ならば膝を折る位に位置する。
位人臣を極めたと云っても良いくらいだが、それを口にしたルゥイリアの祖国の身内は鼻で嗤われた。
「五本の指って、つまり他に少なくとも四人は居るんだよ?」
嗤ったのは勿論ルゥイリアである。
血族を自慢した「身内」であるルゥイリアの子孫は、は当の自慢の源から真っ向から否定されたのである。
こんな逸話に事欠かない男だから、祖国テンではルゥイリアの話題は禁忌に近い。
うっかりその名を口にしようものならば、何処からともなく顕れて、どんな罵詈雑言を吐かれたものかと警戒するに若くは無い相手なのである。
勿論、警戒するのは祖国の人間だけでは無い。
下級の神々さえも、ルゥイリアには一歩控える。ルゥイリアと同じく白の塔に在籍する者たちも同様だ。
その例外は、精々が同じくリア・リルーラに仕え、ルゥイリアと同様にリルーラの神司として五本の指に入ると称される仲間くらいであろう。
仲間意識など彼等の間には、欠片たりとも見当たらないが。
その日のルゥイリアは、しかし様子が違った。
常に何事かを企み、悪意に満ち溢れた笑顔を何処かに置き忘れたかの様だった。
何処ぞの世界に跳躍でもして来たのか、「翔ぶ」為の便利な補助魔法。白い翼を背中に飾り、それは異世界の神話、天使の姿に酷似していた。
実際の天使は如何様な意味でも、こんなに儚い風情で在ろう筈も無いのだが。
儚い……などと云う言葉が似合う。そんなルゥイリアなど誰にも想像は出来ない筈だったし、そんなルゥイリアが存在し得る筈も無かった。
無かったのだが………実際にソコに在る。
「ルゥイリア?」
それを発見、いや見咎めた、もとい視界に映したのが砂久弥だったのは倖いだった。
誰にとっても。
女神の側近とも称される上位に位置する神司達は、ルゥイリアを始めとして性格に難が有る存在が殆どだった。
難が無い者も、ルゥイリアに対してならば酷な性質を見せかねない。何故ならば、ルゥイリアに嫌味と嫌がらせを受けた事の無い神司は存在しないからである。
珍しい例外が砂久弥であったのだ。
砂久弥は女神の第一のお気に入りの一人である。
別にルゥイリアが権力に阿る訳では無い。第一のお気に入りは三名を数えたが、その内の一名である蒼月の梨夜とは犬猿と読んでも良い間柄である。
梨夜の妹とは然程険悪では無いが、それでも積極的に近付きたく無いのは兄の存在がある故だったろう。
地球から戻った瞬間。
ルゥイリアは洋の姿を瞼の裏に焼き付け、洋が恋をした天使そのままの美しさを披露していた。
残念乍ら洋が此処に居る訳も無く、目撃者と成ったのは神司仲間の砂久弥一人だった。
「………何?」
自分を凝視る砂久弥の眼差しに、常の無表情以上の感情を捉えて胡乱げに見やったルゥイリアである。
砂久弥はしかし、直ぐに常の冷厳な雰囲気を取り戻し、二人にとってその瞬間は無かった事になった。
「いや。何処に翔んで来たんだ?珍しいものでも有ったか?」
「地球。リー家の罠に嵌まって来た。」
当たり前に訊かれ、当たり前に返答したが、ルゥイリアとて愚かでも鈍くも無い。
何とはなしに砂久弥に譲られた感触を得て、それは今すぐでは無いまでも、ルゥイリアが珍しく気を許す相手として砂久弥を定める切っ掛けとなった。
差し当たり、二人は軽く談笑を交えた程度だったが、ルゥイリアを知る者にはその毒を控えたルゥイリア自体が驚愕の対象で有るだろう。
「それは得難い経験だな。」
「うん。中々面白かったよ。」
そう。
それは嘘では無かった。リー家の罠に嵌まりでもしなければ、地球に行く許可など得ようとしても難しい。
ルゥイリアはそれを僥倖と捉えて、長期の滞在を目指してもオカシク無かったのだ。
赦されるか否かは別として。
実際には直ぐに帰還した。
逃げ帰って来た。
神に仕え、神々の美貌に慣れ親しんだ自分が………と、ルゥイリアは自嘲する。
リー家の血をひくとは云え、人間に一目惚れして。
剰え、片思いのまま惚れさせる事も出来ずに逃げたのである。
情けなくて泪が出そうだった。
ルゥイリアは砂久弥を前に、いつも通りの邪悪な笑みを浮かべ、いつも通りの嫌味を交えて語り乍ら。
心の中では悲鳴を上げていた。
――直ぐに忘れる。
その悲鳴を心の奥底に無理矢理沈め、自分に云い聞かせるようにルゥイリアは内心呟いた。
情けなくて泣きそう………だ等と強がりを繰り返し、心が望む恋に蓋をしたのだ。
そんなものが役に立つのなら、誰も恋に溺れたりはしないだろう。
ルゥイリアは失恋をして、やっとそんな簡単な事を学んだのである。
☆☆☆