◇神司◇蒼月の梨夜
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澄んだ声が笑う。
それは清浄な空気を纏い、美しい少年の綺麗な笑声だった。
その姿もまた、神々が愛でるに相応しい。柔らかく揺れる青い髪は、明るい空の色。眸は煌めく碧玉の月。
月の女神が愛し子と呼ぶ、清浄で全き人間の形。
そう。
誰も疑う者は居ないだろう。
その光景さえ見なければ。
そこには、死が蔓延していた。
血臭と悲鳴が犇めく空間だった。
そこは地獄だった。
美しい少年は、血の海で、大量の死体に取り囲まれて、笑っていたのだ。
その笑顔は邪悪の欠片も無かった。
それは無垢。
何にも染まらぬ純白の輝き。
明るい昼の月が似合う、澄みきった極めて清浄な神の愛でし子。
だが。
地獄の中で笑う少年は、その無邪気ゆえに忌まわしい存在だった。
何故。
この少年は月の神に愛されるのだろうか。
この光景は。
夜闇の化身にこそ相応しいモノなのに。
少年は剣を奮う。
楽しそうに、いとも無邪気な笑顔で。
月光が女神の祝福を纏い、煌めく光の剣を飾る。そこに鮮血を浴びて、けれど祝福により血の脂を寄せ付けない剣は、ただただ美しい光を世界に振り撒いた。
人の肉を断ち、命を絶ち、血の薫りを纏い乍ら。
美しい光の剣が少年の手の中で、月の祝福を地獄に散らしていく。
その矛盾。
神の遣い。
神の代行者。
美しく残酷な、裁きの………天使。
蒼い月と呼ばれる少年。
少年の二つ名は。
蒼月の梨夜。
至高の女神の遣いにして、最も残酷な神司である。
惑星をひとつ。
壊滅した天使。
残虐非道な無慈悲な月。
だが、蒼い月は。
何処までも、どんなに血に染まっても。
決して闇には染まらない。
明るく。
燦々とした月光を浴びて。
キラキラと昼の光を身に纏う。
月神の清浄な使者。
誰よりも忠実で。
決して惑わぬ月。
その蒼い月に並ぶのもまた、美しい月の化身だった。
それは悪名なのか。
それとも名声なのか。
蒼月の梨夜は頓着せず。
相棒たる砂久弥は。
その是非に関わらず。
蒼い月を嫌悪した。
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