◆神々の憂鬱と娯楽◆囚われた夜闇
久々に猫かぶりデス。と云うか通常ページ久しぶりデス。18禁も宜しくデスm(._.)m
☆☆☆
繰り返す世界。
幾通りもの道筋。
どんな道を選択しても、リルーラはシエンの手をとった。
その度毎に、セルストの闇は深まり、澱み、夜の優しさが衰えた。
セルストが争乱の神、破壊の神とも喚ばれる様になった所以だろう。
闇は誘惑する。
暴力と血を求める。
捧げられた当人の勝利よりも、捧げられた敵の血と敗北をこそ悦ぶ神々が存在した。
セルストの心が揺らぐ度、配下の神々の天秤も振れる。
影響されないのは、夜闇の神界を任された冥王くらいのものだろう。
セルスト神は孤独の神だ。
月神の住まう神界も、夜闇の神界も、等しく自らの場所では無かった。
人も神も。
セルスト神の心に慰めを与えない。
だが。
今回は何かが違っていた。
燕夜は、今までになくセルストの関心をひいた。
燕夜の傍らに立つ少女の眸を、初めて覗き見た。
初めて。
セルストは囚われた。
リルーラ以外の存在に。
人の生は短い。
生憎、燕夜は神に連なり、延いては少女も神に座を連ねたが、それでも創世の神に並ぶものでは無かった。
何より、セルストには次の『世界』がある。
☆☆☆
セルストは繰り返す世界を、後一歩で呪うところだった。
リルーラの世界を呪いに腐らせる気にもなれず、自らに代わる冥王を生んだ。
何故か、冥王が『最初』から存在した事にセルストは気付いた。
代行者を生んで、冥王であると気付いた時の困惑は、セルストの中にひっそりと眠り続ける謎になった。
自分を滅ぼし、夜闇の最高神になる筈の代行者は、しかし代行者の名を名乗りさえせず、夜闇の神界をセルストに代わり統治する。
夜闇界を上界とする冥界で、永久の神であり続ける。
永久にも代行者が存在し、冥王が最高神になっても支障などある筈も無い。
そもそもが、トワよりも冥王の存在の方が重い。
夜闇の神と、ただ単純に喚ばれるならば、セルストの事を指す。しかし、セルストは知っていた。
その呼び名は冥王にも当て嵌まる。
冥王の姿を見て、人々は『セルスト』とは呼ばずとも、『夜闇の神』とならば呼ぶ。
漆黒の闇に紅き闇は並び立つ。
それは既に冥王が最高神でもあると云う証だった。
何故。
冥王は自分を滅ぼさないのだろう。
セルストは疑問に思う。
何故『最初』から存在したと気付かなかったのだろう。
リルーラによってセルストが『誕生』する『直前』の僅かな『空白』。
そこにはリルーラ以外に『何』も無い筈だった。
なのに。
セルストが生まれたその時も、冥王は存在した。
なのに。
冥王を生んだのはセルストなのだ。
時軸の神。
冥王の存在が『無い』時間は無い。
冥王の存在が『無い』場所も無い。
もしかしたら、リルーラよりも神秘に満ちた神。
それが冥王だった。
しかし。
時軸の神が最高神になれない法も無い。
セルストとリルーラ以外の神々を容易く魅了するチカラも有する。
冥王は冥王のままで、最高神たりえるだろう。
セルストが抵抗しないなら、それは簡単に為し得る事だ。
冥王は興味もないのか、セルストに対して敵対する気配など、欠片も持たなかった。
しかも、冥王は『記憶』を有する。
既に冥王は最高神では無いのか?
それに気付いた時、セルストは思った。
ならば後は自分が滅する事で事は成る。
そう考えた。
だが、やはり冥王は何もしない。
どんな挑発も冥王には効かない。
セルストに対して、ぞんざいな口調で接して、時に命令を無視する事すらあるが、それでも敵対はしない。
飽くまでも、無礼な『部下』の立場を貫く。
セルストは意味が解らなかった。
本気のセルストには『決して』勝てないから敵対しない冥王。『簡単』に勝たして貰える勝負なら挑む気にもなれない冥王。
冥王が挑戦しがいのある『敵』にセルストはなれなかった。
その事実に、セルストが気付く事は無かった。
冥王の稚気に満ちた気概は、セルストが理解し得なかった故に、発揮される事も無く眠り続けた。
☆☆☆
そして。
セルストは自らの滅びを希求する心を忘れた。
一人の少女に出逢い、魅了された。
リルーラに囚われた闇が、人間の少女に解き放たれた。
そのまま少女に囚われた最高神を、未だにリルーラに囚われたままの紅い闇が視ていた。
☆☆☆
セルスト神が嗤う。
愉しそうに、歓びに満ちた愉悦が漂う。
闇に熔けた毒が、人界に注ぎ、夜の耀きを浸透させた。
甘い夜。
誘惑に満ちた囁き。
優しさと穏やかさを取り戻し、夜闇の神々が詠う。
セルストの恋を言祝ぎ、月神系の神々さえも唱和した。
世界に光が満ち、夜は恐れるものでは無くなった。
それは一時の夢に過ぎない。
しかし、幻に似た平和が、界を越えて穏やかに優しい夢を見せた。
その奇跡を成し得た一人の少女は、何も知らず夜の月を見上げていた。
紅き闇が、少女の影を視つめた。
冥王から見た少女は、リルーラに代わる存在では無かった。
それを理解した紅き闇は、少女に関わる事なく神界に帰還した。
☆☆☆
『そなたが望むなら、総てを与えてもやろうにな。』
夜闇の神セルストの言葉に、紫蘭は恭しく首を垂れ、慎重に言葉を紡いだ。
「私の様な卑小な存在には、勿体なきお言葉ですわ。」
畏敬の念はあるが、迷惑極まり無いのが夜闇神の関心である。
目下のところ、紫蘭に被害は無い。
燕夜の事を思えば、有るのは恩ばかりでもある。
――元凶もこの方だけれど。
神だから仕方ない。
人間にとって、神々は本来害にしかならない。
傍に在るだけで惑乱し、心も身体も造り変える。造り創れば、関わらない未来とは別人にさえ成るだろう。
それでも歪まない魂が神々の関心を呼び、歪まない筈の魂さえ歪める。
歪まないから壊れる……と云うべきか。
神々の関心など、ひかないに越した事はない。
媛や神司の才があれば、大抵の神々の寵を利と成すが、その相手が大神ともなればやはり被害に近い。
況してや、それが最高神であるセルスト神ならば、もはや云うべき言葉もないだろう。
――害以外の何物でも無い。
『つれない事よな。』
セルスト神の寵愛を得てしまった、その過分な迄の倖福と不倖に思いを馳せた紫蘭である。
その思考は、しかしセルストを愉快がらせるばかりであった。
愛しげに注がれる眼差しは、歓喜を呼ぶ。
意思を保つのが精一杯になる。
悦ぶ己に舌打ちし、破滅に溺れる手前の水際で、理性と燕夜に対する想いが抵抗を示す。
セルスト神に惹かれるのは本能に等しく、これは自分の心では無いと云い聞かせる。
自分自身を騙すように説得して、紫蘭は自らを律した。
『強い……な。』
それは賛辞。
紫蘭が持つ媛のチカラは、過去に例を見ない程だ。神に愛された国として知られる、東国セリカの歴史を紐解いても、紫蘭程の媛は存在しない。
最高神に寵愛され、自我を保つなど、有り得ないと人は云うだろう。
『面白い。』
官能に満ちた声が、紫蘭を追い詰める。だが、それでも自ら立つ媛のチカラがソレを救う。
何処まで、耐えるだろうか。
セルスト神が自分を観察する眼差しを紫蘭は知る。
紫蘭を愛するセルスト神だが、人間を駒とした娯楽の心が、完全に消える訳でも無かった。
玩具と呼ばないだけで、玩具で無いとも云えないだろう。
セルスト神の愛情が戯れである訳でも無い。
妻にと希み、共に在りたいと告げた気持ちに嘘は無い。
燕夜の消滅を待つ迄もなく、紫蘭がセルスト神を望むなら拐って見せようとも思う。
リルーラの不興は買うだろうが、紫蘭を得る為ならば仕方ないと迄考えた。
それでも。
人間である紫蘭は、セルスト神の玩具でもある。
神とはそういう存在であると云うだけだった。
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