◇闇遣いの攻撃◇砂久弥の夢
残酷な表現が有ります。
☆☆☆
血と泥に汚れた死体が至るところに転がっていた。
だが、此処はまだマシなのだ。
砂久弥は眉を寄せた。
ハグれ者に同情等はしない。道を逸れた自覚が無いとは云わせない。
女神が統べる世界では、人が望み願いさえすれば、完全な平和が与えられる。
だが。
人は望まない。
そんな「莫迦」は一握りしか居ない。
その願いを「莫迦」と棄てる者が居ると知るから、彼等も強く主張さえしない。
それは女神に愛され、その他の意見など押し退ける「力」を持つ者も同様だった。
自分の望みを押し付けるなら、それはやはり「侵略」に等しいからだ。
砂久弥はそれが歯痒い。
そんなぬるま湯は砂久弥の望む世界では無いが、だからといってぬるま湯に暮らせない訳でも無い。
心から望むなら、それこそ本当の愚者を押し退け、望みを叶えて見せれば良いと考えた。
――だが。それを果たしたのは未だ一人だけだ。
一人と呼ぶのは語弊が有るかも知れない。
それは冥界の王だった。
統治者たるべき主は混沌と混乱、破壊と血を嫌悪せず、寧ろ楽しみさえしていた。
主は統治する事を嫌い、自儘に振る舞った。それこそ、自らが盗賊と化して、犯罪者にまで堕ちた。
残酷で残虐な主は、しかし魅力的だった。
――彼には美学が有る。理解は出来ないが。
元々、あの世界は彼の「もの」だから特に問題も無かった。
女神も黙認していた。
しかし、まるで「何か」が望んだかの様に「王」が生まれた。
「世界が望むとはこういう事ね。」
女神が笑い、それも黙認された。
――今ではあの世界ですら、こんな所業は残虐非道と非難されるだろう。
如何な逸れ者相手とはいえ、こんな真似をするのはヤツだけだ。
それが自分の相棒かと思うと、砂久弥の憂鬱は増した。
進めたくない足を進めれば、未だに漂う臭気に眉を寄せた。
玲瓏とした美貌が僅かに嫌悪を示す。
「相変わらず機嫌が悪そうだね。」
――誰の所為だと思ってるんだ。
砂久弥の不機嫌は、本来は珍しい。
しかし、この男の前ではそれが常になる。
臭気と男への嫌悪に、砂久弥は恫喝する様に告げた。
「それで?浄化の手配はしたのか。」
「それって必要?誰かがするでしょ。もうこの辺りを出歩いても襲って来る奴らは居なくなったし?」
その「襲って来る奴ら」は死骸と化した。
数十名は斬られて死んだ。残る多数は生きたまま焼かれた。
「何故焼いた。」
「ええ?だって数が多くて面倒だったんだもん。」
百名を優に越す盗賊の町。もはや村とさえ呼び難いそこは、商いに訪なう者さえ居る。
ただ、身内が盗賊だっただけの、自らは手を汚した事の無い者もいる。身内が盗賊だと知り乍ら、目を瞑った罰には重すぎるだろう。
悲鳴が聴こえ、砂久弥は顔を強張らせた。
尋常な様子では無い。
有り得ない程の悲鳴。罵声。その数………女や子供の悲鳴も少なくなかった。
「何を……!」
何をしたか。疑問はすぐに解けた。
――莫迦な………。
焔が燃えたち、揺らぐ世界が見える。
煙と、蒸気と、雨を呼ぶのは盗賊に術士が居るのか偶然か。
しかし、あの男が呼んだ火に、勝てる筈も無かった。
匂いが、人肉が焼けるソレと知り、砂久弥は吐き気さえ覚えた。
――何故。
砂久弥は思う。
不遜と知りつつ、思わずにいられない。
――何故あの男が、女神のお気に召したのか。
女神の心を図るなど、あってはならない。だが、思う。
――あの男にこそ、鉄槌を下すべきでは無いのか?
幼い声が泣き叫ぶ。
女はともかく、子供は親を選んで生まれた訳でも無いだろうに。
こんな真似さえ、あの男には許される。
砂久弥が伸ばした手を嗤う様に、赤ん坊が炎に包まれた。
振り返れば、青空よりも青い髪を風に揺らし、笑う少年が居た。
無邪気に、可憐に、少女の様に。
蒼月の梨夜が楽しそうに、笑っていた。
「何故邪魔をした。」
「砂久弥は何故助けようとしたの?此処は不浄と断じられた。子供と謂えど許されないよ?」
首を傾げて不思議そうに、梨夜が問う。
「こんな死なせ方をしなくても良いだろう。」
「殺し方の問題なの?どうせ殺すなら同じでしょう?」
砂久弥はその無邪気な声に吐き気がする。
自分より巧みに剣を扱う男が、道端の蟻の巣に、熱湯を注いで遊ぶ感覚で人を殺す。
嫌悪が募る砂久弥を嘲笑うが如く、周囲の悲鳴は続く。
最初は増えた悲鳴が、次第に減じた。木が燻り、肉が焼ける。肉の匂いは人間だ。
「具合が悪いの?随分顔色が悪いね。」
クスクスと笑い乍ら、梨夜が云う。
砂久弥と梨夜の周囲は、膜を張った様に炎は寄り付かない。煙りさえ避けていくのに、匂いだけは砂久弥に届く。
そこに悪意を感じない訳も無い。
☆☆☆
呼ばれて、眸を瞬けば明るい月が眩しいくらいの、昼間の平和が広がっていた。
ヒラリスに心配そうな眼差しで見つめられていた。
「一体何を見てるのさ。俺には云えない?そんなに俺は役に立たない?」
「ヒラリス……」
ヒラリスが砂久弥にしがみつく様にして詰る。
「俺が、心配したらおかしい?」
そう云って、伸ばされた手を払った。
「おかしいのは台詞の方だ。自分を役立たず等と、自虐的な事を云う男では無い。」
冷ややかに告げれば、ヒラリスの姿は崩れ落ちた。
「砂久弥?」
「………ヒラリス。」
またかと思ったが、どうやら本物の様で、砂久弥はそっと詰めた息を吐いた。
段々、夢と現実の区別が付かなくなっていた。
――厭な攻撃をする。
焦っても意味は無い。
しかし、身内であり友人でもある男が闇を遣う。その事実が砂久弥に焦燥を与えた。
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