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◆24話◆姫の企み

☆☆☆


 光が、燕夜の手に従った。

 紫蘭花はそれを視た。


――まだ。間に合うかも知れない。光は、未だ燕夜の元に従うのだから。





「姫っ!?」


 悲痛な声を、紫蘭花は聴いた。燕夜の叫ぶ声に、紫蘭花は微笑んだ、つもりだった。


――燕夜。東是王がそんな顔をしてはダメ。


☆☆☆


――お願い事が


「お尋ねしたき儀が、ございます。」


 心と、声が、同時に告げた。


「宜しいですか?」

『それが、媛の望みなら。』


 既に何を望むか、知っている「声」が答えた。




『贄に何を差し出す?それは、私にとってもうまくない話だ。』


 紫蘭花は微笑した。

 私「も」と、虚言の神が、優しさから告げた声は、紫蘭花に教えていた。

 燕夜「も」嬉しくないだろう………と。


――私を。


『そなたを?』


――ええ。死した後は、セルスト神。御身に従います。


 セルストは嗤う。

 出逢った日を除けば、紫蘭花の前でそんな笑声が響いたのは、初めての事だった。






『良いだろう。契約を。』


 紫蘭花は優雅に、貴婦人の礼をして見せた。



☆☆☆


「貴方が誘うのを止めたら、燕夜は光に立ち返れますか?」


 それは質問。


――私が死んだら、燕夜から手を引いて下さいまし。


 これは願い。



 媛の願いは叶えられ、その酬いに媛は人としての命を失った。







☆☆☆


『来たようだぞ。』


 夜闇の神の言葉に、紫蘭花は静かに立ち上がる。


『本当に良いのか?』


 紫蘭花は微笑んだ。

 紫蘭の花と呼ぶよりも、もっと儚い清楚な花がゆっくりと蕾を綻ばせたかの様な、柔らかく優しい笑顔だった。


 紫蘭花は神に語りかけた。


「この部屋を、どう思います?」


 唐突な問いに、セルスト神は戸惑い、しかし律儀に応えた。

 この部屋の印象、もっと云うなら、この部屋に似合うと思い当たる人物像を尋ねられたと知っていた。


『清廉な少女の部屋に見えるが。』

「左様でございますわね。白い小テーブル。細工も精緻な白い椅子。レースのカーテン。微かに混じる若草色。」


 そして室内を見渡して笑う。


「他の調度もそうでしょう?清潔で、潔癖で、清らかな少女の部屋ですわ。」


 優しいクリームの色。精緻な細工。暖かい色彩を諸所に交え乍らも、基本は白なのは間違いない。

 それは確かだったが、セルストは首を傾げた。


『何が不満なのだ?』

「別に、不満などごさいません。」


 紫蘭花は笑みを浮かべたまま、窓の外を眺めた。


「燕夜の眸に映る私が、そんな少女だと云う事ですわ。」

『それが不満なのか?』


 紫蘭花は僅かにセルスト神を睨んだ。


「意地悪ですわね。不満など無いと申し上げましたのに。」


 悪戯を見つかった子供の様に、ばつの悪さを覗かせて、紫蘭花はクスクスと笑う。


「セルスト神は、私をどんな人間とご覧になりまして?」


 やはり唐突な問いに、セルスト神は律儀に答えた。紫蘭花がどんな答えを望むのかが、何故だか解らなかった。


『強くて潔い。鮮烈な女に見える。』


 思うまま告げれば、紫蘭花は満足そうに頷いた。


「そう。私はそういう女です。そうなるべく生きて参りましたわ。」


 セルスト神は頷いた。

 人間の美しさに気圧されたのは、初めてだった。


「燕夜は、私の事を生まれた時から見つめたと云い乍ら………何を見ているのかしらね?」


 そして。

 紫蘭花は手を上げた。


「燕夜に見られない様に、あの二人の許にお連れ下さいますか?」

『無論だ。』


 セルスト神は、恐れ気もなく差し出された手を取った。



☆☆☆


「貴方が誘うのを止めたら、燕夜は光に立ち返れますか。」

『戻るだろうな。アレの月光の加護は強い。』


 姫は心で、セルストに語りかけ。

 セルストは戸惑う。


『本気か?』

「私がいなくなれば、燕夜がヒラリス様を殺す理由も失われますわね?」


 更に願いを心が祈れば。

 寧ろセルスト神は苦笑した。


『贄に何を差し出す?』


 愛する媛の願いではあったが、何の旨味もない話にセルスト神は乗り気になれなかった。


 しかし。


 紫蘭花の心が紡ぐ言葉に、夜闇のセルスト神は哄笑を響かせた。


『そなたを?』


 セルストは嗤う。

 出逢った日を除けば、紫蘭花の前でそんな笑声が響いたのは、初めての事だった。



『良いだろう。契約を。』


 紫蘭花は優雅に、貴婦人の礼をして見せた。






『アレの為に、ソナタは自らのイノチさえ差し出すノカ。』


 久しぶりに紫蘭花は、セルスト神の深い闇に触れて身震いした。



☆☆☆



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