◆24話◆姫の企み
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光が、燕夜の手に従った。
紫蘭花はそれを視た。
――まだ。間に合うかも知れない。光は、未だ燕夜の元に従うのだから。
「姫っ!?」
悲痛な声を、紫蘭花は聴いた。燕夜の叫ぶ声に、紫蘭花は微笑んだ、つもりだった。
――燕夜。東是王がそんな顔をしてはダメ。
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――お願い事が
「お尋ねしたき儀が、ございます。」
心と、声が、同時に告げた。
「宜しいですか?」
『それが、媛の望みなら。』
既に何を望むか、知っている「声」が答えた。
『贄に何を差し出す?それは、私にとってもうまくない話だ。』
紫蘭花は微笑した。
私「も」と、虚言の神が、優しさから告げた声は、紫蘭花に教えていた。
燕夜「も」嬉しくないだろう………と。
――私を。
『そなたを?』
――ええ。死した後は、セルスト神。御身に従います。
セルストは嗤う。
出逢った日を除けば、紫蘭花の前でそんな笑声が響いたのは、初めての事だった。
『良いだろう。契約を。』
紫蘭花は優雅に、貴婦人の礼をして見せた。
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「貴方が誘うのを止めたら、燕夜は光に立ち返れますか?」
それは質問。
――私が死んだら、燕夜から手を引いて下さいまし。
これは願い。
媛の願いは叶えられ、その酬いに媛は人としての命を失った。
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『来たようだぞ。』
夜闇の神の言葉に、紫蘭花は静かに立ち上がる。
『本当に良いのか?』
紫蘭花は微笑んだ。
紫蘭の花と呼ぶよりも、もっと儚い清楚な花がゆっくりと蕾を綻ばせたかの様な、柔らかく優しい笑顔だった。
紫蘭花は神に語りかけた。
「この部屋を、どう思います?」
唐突な問いに、セルスト神は戸惑い、しかし律儀に応えた。
この部屋の印象、もっと云うなら、この部屋に似合うと思い当たる人物像を尋ねられたと知っていた。
『清廉な少女の部屋に見えるが。』
「左様でございますわね。白い小テーブル。細工も精緻な白い椅子。レースのカーテン。微かに混じる若草色。」
そして室内を見渡して笑う。
「他の調度もそうでしょう?清潔で、潔癖で、清らかな少女の部屋ですわ。」
優しいクリームの色。精緻な細工。暖かい色彩を諸所に交え乍らも、基本は白なのは間違いない。
それは確かだったが、セルストは首を傾げた。
『何が不満なのだ?』
「別に、不満などごさいません。」
紫蘭花は笑みを浮かべたまま、窓の外を眺めた。
「燕夜の眸に映る私が、そんな少女だと云う事ですわ。」
『それが不満なのか?』
紫蘭花は僅かにセルスト神を睨んだ。
「意地悪ですわね。不満など無いと申し上げましたのに。」
悪戯を見つかった子供の様に、ばつの悪さを覗かせて、紫蘭花はクスクスと笑う。
「セルスト神は、私をどんな人間とご覧になりまして?」
やはり唐突な問いに、セルスト神は律儀に答えた。紫蘭花がどんな答えを望むのかが、何故だか解らなかった。
『強くて潔い。鮮烈な女に見える。』
思うまま告げれば、紫蘭花は満足そうに頷いた。
「そう。私はそういう女です。そうなるべく生きて参りましたわ。」
セルスト神は頷いた。
人間の美しさに気圧されたのは、初めてだった。
「燕夜は、私の事を生まれた時から見つめたと云い乍ら………何を見ているのかしらね?」
そして。
紫蘭花は手を上げた。
「燕夜に見られない様に、あの二人の許にお連れ下さいますか?」
『無論だ。』
セルスト神は、恐れ気もなく差し出された手を取った。
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「貴方が誘うのを止めたら、燕夜は光に立ち返れますか。」
『戻るだろうな。アレの月光の加護は強い。』
姫は心で、セルストに語りかけ。
セルストは戸惑う。
『本気か?』
「私がいなくなれば、燕夜がヒラリス様を殺す理由も失われますわね?」
更に願いを心が祈れば。
寧ろセルスト神は苦笑した。
『贄に何を差し出す?』
愛する媛の願いではあったが、何の旨味もない話にセルスト神は乗り気になれなかった。
しかし。
紫蘭花の心が紡ぐ言葉に、夜闇のセルスト神は哄笑を響かせた。
『そなたを?』
セルストは嗤う。
出逢った日を除けば、紫蘭花の前でそんな笑声が響いたのは、初めての事だった。
『良いだろう。契約を。』
紫蘭花は優雅に、貴婦人の礼をして見せた。
『アレの為に、ソナタは自らのイノチさえ差し出すノカ。』
久しぶりに紫蘭花は、セルスト神の深い闇に触れて身震いした。
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