◇1話◇猫被り姫
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何から話そうか?やはり最初は私の国の話をしようか?
絹の国と云う。東の歴史有る国だ。
セリカの名に相応しく、優しく穏やかな空気はまさしく絹の肌触りのようで、季節は常春。過ごしやすく美しい自然。美と香りを楽しませる花を咲かせる木々。その自然の美しさ同様に、雅やかな文化は派手さには欠けるが、歴史に裏打ちされた確かな自負を、貴族だけでなく民が誇るに足るモノだ。
寧ろ華美な南の文化等は軽侮の対象に近い。端的に云うならば、物柔らかに見えて自尊心が高い国民性、とも云える。
歴史と美を誇る国。
セリカの謂れは古く、もはや確かな伝承も失われて久しいが、春の女神アランナが名付けたとも、月の女神リア・リルーラの記憶の泉から生まれた国だとも伝えられている。
だからだろうか?
セリカの王族からは、リアに仕える御司が産まれる事が多い。
側近とも呼べる神司など、他国に生まれる例は千年に一人有れば良い方だ。なのに、セリカでは同じ千年で二名三名を数える記録さえ遺っていた。
しかも。リアたるリア。リアの中のリア。リア・リルーラに。
それがどれ程の光栄か、どれ程の名誉か、そしてどれ程に、人として、普通で居られない事か……勿論、女神には解らないだろうし、解るつもりも無いとも思う。
女神だから仕方ない。
人に関われば狂うからとか、関係せずに居ようとか、そんな思いやりを見せてくれたり…なんて事は、期待してはならないのだ。
女神の栄誉に浴する王家。
私は、その美しいセリカに相応しい、美と知性を誇る姫として育った。
他国にまで聞こえるセリカの姫の素晴らしさは、私の努力の賜物と云えよう。
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そんな私にも嫁ぐ日が来た。これ以上比ぶべくも無い好条件。西の大国、クルトの第一王子だ。
富める国クルト。それだけでも魅力だが、私の美貌をもってすれば、他にも条件の良い相手は選べる。
彼は第一王子であり皇太子でも有る。そして今現在、彼の国に他の王子は居ない。クルトの国は王家の力が絶対的で、財も有り余る程だ。そして親族が少ない事は、対抗出来る程の敵が少なく、財の目減りも少ないと云う事でも有る。
我が国も王家の発言力は強く、民もそれなりに豊かだが、王家の財力は些程ない。
貧乏と迄は云わないが、有事の際に困らないとはお世辞にも云えない。
大国クルトの結納金は魅力に満ちて、私の心を彼の国に惹きつけた。
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美しい王子の名をヒラリスと云う。妙な名だが、それさえも美しく感じさせる王子の絵姿では有った。例え半分でも、この絵の通りに美しいならば、それなりの愛を育めるだろう。
私はそう思い、この結婚を選択したのだ。
勿論。
私に対する愛は問題ない。他の姫君方とは違い、私の美しさは絵姿に画けるものではないからだ。美で総ては決まらないが、第一印象は大切だろう。
時に、絵姿と違うと問題になり、国に帰される姫が居る。誰とは云わないが、南国のさる小国の姫がそうだった。嫁ぎ先の我恵那王子とは夜会でご一緒した事が有るが、その時の彼は大層悔しがっていたと聞く。
彼は、私と彼女の絵姿を比べ見て、彼女に求婚したのだ。
絵より美しい私を知り、絵に遠すぎた彼女を思い出し、彼は上品とは程遠い罵りを口にしたと云う。
けれど、その時には既にヒラリス王子との縁談が進み、彼の力でもどう仕様もなかったのだ。容色のみで女を判断する阿呆に、相応しい結末では無かろうか?
騙される莫迦に居て貰わないと、私の努力の成果が半減するが、ああ迄愚かしい者を見るのもまた不快だ。
勿論、王族に生まれて、容色に興味を持たないのも困りものでは有るし、仕方ないのかも知れないが………。
王族にとって、美しさは義務みたいなものだから、当然の様に縁談の相手には美貌が要求される。
美しさは国の象徴に相応しい。窓口にも相応しい。
崇めて貢がれる存在としても相応しい。
尊敬する言動も、美しいなら尚更有り難く感じてくれるモノなのだ。
王族は美しく在らねばならない。
容姿も、行動も。
美は力だ。神に列なるチカラ以外にも、やはりある種の力を持つ。人間のそれは、多少即物的ではあるけれど。
私の美しさもヒラリス様の美しさも、そう云う意味では非常に役に立つ代物だ。
セリカにとっても、クルトにとっても、喜ばしいこの婚礼は、十日前に挙げられる筈だった。
筈、と云う言葉からも解る様に、未だ式は挙げられていない。何故かと云えば、花嫁たる私が盗まれたからである。
十五日前の私は「明日はヒラリス様にお逢い出来る」と心弾ませて居たところを、悪い魔法使いに掠われたのだ。
冗談みたいな話だが。
笑い事ではなく、私にとっては、最大の悲劇である。
と、思ったら「悪い魔法使い」はヒラリス様の絵姿よりも余程美しい男で、私は少し気を良くした。
「貴女を誰にも渡したくなかったのです。」
愛を打ち明ける彼の言葉も、心地良かった。だがしかし、どんな甘い声も美貌も、所詮ヒラリス様の齎す財力には及ばない。
私が、セリカの姫として、誇り高く貞節に努めたのは云う迄もない事だろう。
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