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シンガポールのお食事事情

作者: junju

登場人物 シオ(舘原汐音)猫みたいな偏食家。

クマ(大隈昌子)熊みたいに食う。食い倒れの大阪人。

     妙 (水内妙子)拒食症気味。食ほそし。兎顔。


第1章 ホッケンミー     (1982年7月)

第2章 フェアウェルパーティー    (6月)

第3章 トウフステーキ         (5月)

第4章 ハイティー     (4月)

第5章 アイス・カチャン        (3月)

第6章 ドリアン・ドリアン  (1982年7月)

第7章 スシ・スキ?       (8月)

第8章 ムーンケーキ      (9月)



登場人物 シオ(舘原汐音)猫みたいな偏食家。

クマ(大隈昌子)熊みたいに食う。それゆえ太っている。食い倒れの大阪人。

     妙 (水内妙子)拒食症気味。食ほそし。兎顔。


第1章 ホッケンミー     (1982年7月)

第2章 フェアウェルパーティー    (6月)

第3章 トウフステーキ         (5月)

第4章 ハイティー     (4月)

第5章 アイス・カチャン        (3月)

第6章 ドリアン・ドリアン  (1982年7月)

第7章 スシ・スキ?       (8月)

第8章 ムーンケーキ      (9月)


 第1章 ホッケンミー


7月になった。二度目の夏だ。といってもここは一年中夏だ。日本が夏になっただけだ。シオはカレンダーの7月の文字を指ではじいた。浴衣姿のケティちゃんが無表情な顔をしている。全然かわいくない。

 シンガポールの暑さは慣れれば過ごしやすい。毎朝毎夕決まったようにスコールは降るが止めばカラッと晴れる。でも、シオは日本に帰りたいのだ。ここにいたくないのだ。移りゆく季節感のない毎日にイライラする。異常な早さでのびる爪を無意識に噛んだ。

「なんだかなあ。」シオの長いため息がつぶやいた。 


 シンガポールには父の取引先がある。受験に失敗し、お決まりのやけモードで男と飲み歩くシオを、もてあました父が語学留学という形でシンガポールに送り込んだ。

 去年、地元で同窓会があり、進学した同級生に「これから留学する。」という一言を言う為に出席したが、行き先を聞かれて口ごもった。たしかにシンガポールも英語圏である。でもここの英語は訛っている。話す人間の母国語と混じり、中華風だったりマレー風味だったりカレー味だったりする。ここに英語を習いに来る日本人の話など聞いたことがない。それに何より東南アジアは中年のおっさんの旅行先ではないか。

 シオは英語の勉強ならイギリスかアメリカに留学させろとごねたが、あいにく父のテリトリーに欧米諸国は含まれていなかった。父は東洋美術を扱う古美術商である。元々は(高麗)青磁・(李朝)白磁などを商っていたが骨董にも流行があるらしい。最近では骨董の人脈を足がかりに色々な商売をしている。その方が儲かるそうだ。頼まれれば何でも買うし何でも売る。朝鮮人参や松茸を大量に買ってきたり、スクラップした鉄クズや新聞紙を売りに行ったり日本とアジアを行き来してほとんど家にいることがない。シンガポールにも年に何回か商売にやってきて、ついでにシオに結構な金額の生活費を置いてゆく。扱いずらい娘にお金を渡すことが父の愛情表現である。五年前に母親が亡くなってからますますその傾向は強くなっていた。父の頭の中では愛情も友情も尊敬も信用も何でもかんでもすべてお金に換算されている。

「投資した中で一番失敗したのはおまえだ。金ばかりかかって全く儲からん。」

親子げんかの最中に激高して父が怒鳴った。


ベットに寝転がって梅干しの種を舌で転がしつつ天井のシミを見ていると、誰かがドアをノックした。妙が日本に帰ってからシオは誰とも話していない。語学学校もサボリがちである。ここにも誰も知り合いはいない。めんどくさいのでそのまま無視していた。すると、しばらくして壁の電話がブチ切れたような音を立てた。

電話はフロントだった。シオの部屋に誰かを泊めて欲しいと言うような話だったが、すぐに断って切った。ここはYWCAのホテル棟である。シオの部屋はツインだが今月すでに二人分の部屋代を払っている。先月まで妙と言う日本人の子と一緒に生活していた。

今、妙が帰国して、ベットが一つ空いている。

だが、シオは誰ともルームシェアする気はなかった。


「あけてー。ミス舘原。舘原さん。あけてー。舘原汐音さん。あけてー。しおねさーん。」

がんがんがんがんとドアをたたく音が激しくなってきた。

関西弁で怒鳴っている。

「うっとうしいなあ。」

シオはいやいやベットから立ち上がって、ドアを塞いでいる机と椅子をどけた。鍵を回しノブを掴もうとすると勢いよく開いた。小太りな、いや結構太った大きな女が立っている。

「いやー。なんでー。なんで開けてくれへんの。いけずやわ。どないしようか思たー。」

女はしゃべりながらスーツケースをぐいぐい部屋の中に押し込んで来た。

「ちょっと待ってください。相部屋の話ならさっき電話でお断りしましたよ。」

むっとしてシオは真っ赤なスーツケースを手で押し戻しながら言った。

「そんなこと言わんといて下さい。私、泊まる処がないんです。ここも、やっと見つけたんです。部屋代半分出しますし、お互い助かるんと違いますか?」

断られたのに女は全く動じず、普通なら帰るはずと思うが、訪問販売のセールスマンみたいに体を部屋の中に押し込んできた。

「いったいあなた誰ですか。私もう今月分の部屋代払ってるんです。すごく迷惑です。」

「私、大隈昌子言います。フロントでベットが1つ空いてるって聞きましてん。部屋代半分っこしたら安あがるんとちがいますか。しおねさんよろしくお願いします。ここ断られたら野宿しなあかんのです。」

(・・・クマ。野宿すればええのや。)

大隈昌子はシオの手をとって強引に握手した。

「シオンです。」シオは顔をしかめていった。


シオは相変わらず顔をしかめてベットの端に座っている。そんなことは全く気にせずクマは洗濯を始めた。シオの部屋には、シャワーとバスタブが付いている。そのバスタブの中にクマは大量の洗濯物をぶち込んで足でじゃぶじゃぶふんだ。時々鼻歌のようなものを歌っている。コパカバーナだ。ものすごくむかつく。クマは洗濯物を取り出す時、スーツケースの中身をぶちまけた。床も机の上も椅子の背もクマの持ち物で占領されている。今、唯一シオのベットの上だけがシオのエリアであった。


「いい加減にして。ずうずうしいにも程があるわ。」

シオはきつい口調で洗濯するクマの背後から怒鳴った。

「え・何?」

クマはバスタブの中で方向転換しようとして滑った。そしてそのまま洗濯物の中にダイブした。強烈な水音がしたが洗濯物がクッションになりバスタブもかろうじて壊れなかった。が、シオのボディソープやシャンプーが吹っ飛んでシオの処まで転がってきた。クマはヨタヨタとバスタブから出てきて、そこら辺中水浸しだ。シオはあわてて床をふいた。以前、お湯をまいて水漏れを起こした事があったからだ。

「何故日本人はバスタブからお湯を汲み出すのか。床はドライ。」

さっき電話してきたフロントがタミール語と英語でまくしたてた。ほとんど理解できなかったが、内容は伝わった。

「ありがとう。しおねさん。いい人やん。」

「シオンです。あなたの為ではありません。」

シオの嫌みなどまったく気にせず、クマは洗濯を終えた。今洗濯ロープを部屋の中に張り巡らそうとしている。カーテンレールからドアストッパーまで自分のベットの上通ってシオのベットの上を通過させロープを張った。怒りが胃を上がってくるのがわかる。貧血が起きそうだ。

「ごめんよ。ロープ引っかけるところが他にないし。」

クマはすまなそうな顔をしつつ手は休めず洗濯物を干し始めた。大量のパンツやシャツが万国旗のようだ。

「ドミトリーに乾燥機がありますからそこで乾かしていただけませんか。」

シオは怒ると丁寧なしゃべり方になる。

「うんうん。でもお金いるし、こんどからそうするし。」

クマは一応申し訳なそうな顔をしたが、万国旗をたたむそぶりはない。今、自分のベットに座って大切そうに写真を見ている。シオは怒りのあまり気分が悪くなってベットに潜り込んだ。


 寝てしまったようだ。外が暗い。携帯時計が6時半を表示している。もうすぐスコールが来る。おなかがすいた。今日は朝食を食堂で食べたきりだ。パンとコーヒー。キュウリを2・3枚とゆで卵。部屋の電気をつけるとクマがいない。ホッとしたが、無くなっているものがないか身の回りを急いでチェックした。パスポートと飛行機のチケットはフロントに預けてある。

しばらくしてクマが帰ってきた。

「引っ越しそば買ってきたよ。お近づきのしるしにどうぞ。よろしくお願いしま~す。」

見るとビニール袋に入ったホッケンミー(福建蝦麺)だ。シオはローカルミートはほとんど食べれなかった。大嫌いなナンプラーという魚の腐った臭いのソースが何にでも入っているせいだ。

ビニール袋を開けるな!と思ったときにはもうクマが中身をプラスチックのドンブリにあけていた。

部屋中に生暖かいナンプラーのにおいが充満する。シオは鼻と口を押さえて部屋を飛び出た。そとは激しい雨が降ってきた。



初めて書いた物です。読んでいただきありがとうございます。まだまだ続きますので引き続き読んでいただければ幸いです。

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