第六章 命の対価問題の爆発
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第六章 命の対価問題の爆発
エドワード大統領の爆死から数週間。
世界は、静かに、しかし確実に揺れ始めていた。
賢者の石は万能ではない。
肉体が残らなければ蘇生できない。
その事実は、
各国の要人たちに“新しい恐怖”を植え付けた。
だが──
問題はそれだけでは終わらなかった。
単独犯による大量殺傷事件の発生
ある国で、
一人の男がショッピングモールで銃を乱射し、
十数名が死亡した。
犯人はその場で取り押さえられ、
生きていた。
政府は即座に発表した。
「犯人の命を対価に、犠牲者の蘇生を検討する」
この声明は、
世界中に衝撃を与えた。
SNSは炎上し、
街ではデモが起きた。
- 「当然だ! 犯人の命で償わせろ!」
- 「命に優劣をつけるのか?」
- 「死刑制度より残酷だ!」
- 「遺族は救われるべきだ!」
- 「犯人の命は“資源”ではない!」
賛成と反対が真っ二つに割れた。
しかし、問題はもっと複雑だった
犠牲者は十数名。
犯人は一人。
賢者の石の条件は──
「一つの命で蘇らせられるのは一人だけ」
つまり、
犯人の命では“誰か一人”しか救えない。
では、誰を蘇らせるのか?
- 年齢?
- 社会的地位?
- 家族構成?
- 生産性?
- 遺族の声?
どれも正解ではなく、
どれも間違いだった。
議論は泥沼化した。
そこで浮上した“代替案”
政府の一部が提案した。
「死刑囚の命を使えばいいのではないか?」
この一言が、
世界をさらに混乱させた。
- 「死刑囚なら問題ないだろう」
- 「いや、国家が命を“資源”として扱うのか?」
- 「死刑囚の命は、誰のものだ?」
- 「罪の重さで命の価値が変わるのか?」
- 「それは“正義”なのか?」
宗教団体、法律家、人権団体、遺族会、政治家──
あらゆる立場が参戦し、
議論は制御不能になった。
アーク・バイオテック社内
木下浩二が、
政府から届いた最新の報告書を読み上げていた。
「……死刑囚の命を対価にする案が、
複数の国で検討されています。
賛否は拮抗しており、
国際的な議論に発展しています」
太郎は、
静かに目を閉じた。
(……ついに来たか……)
木下は続ける。
「社長、これは……
賢者の石が“社会の中心”になった証拠ですよ。
命の価値をどう扱うか──
それを決めるのは、もはや国家です」
太郎は、
机の上の賢者の石を見つめた。
淡い光。
美しい輝き。
しかしその光は、
世界中の“命の序列”を生み出していた。
(……私は……
こんな未来を望んだわけじゃない……)
太郎の胸の奥で、
違和感はもはや“痛み”に変わっていた。
ニュースは連日、
「命の対価問題」を報じ続けた。
- 「死刑囚の命を使うべきか?」
- 「犯人の命は誰のものか?」
- 「国家が命を選別する時代」
- 「賢者の石は正義か、暴力か」
街頭インタビューでは、
一般市民がこう語った。
「賢者の石は人を救う道具じゃない。
命の価値を決める道具だ」
その言葉は、
太郎の胸に深く突き刺さった。
(……私は……
何を作ってしまったんだ……?)
太郎は、
初めて“恐怖”を感じていた。
それは、
賢者の石の力ではなく──
人間が命を選び始めたことへの恐怖 だった。
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