第五章 死の記憶
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第五章 死の記憶
夕暮れの街を、
要人を乗せた黒塗りの車列が走っていた。
視察を終え、
橋を渡って帰路につくところだった。
SPたちは、
いつも通りの警戒態勢を敷いていた。
賢者の石は、
先頭車両と要人車両の両方に配備されている。
「万が一があっても蘇生できる」
それは、
この国でも常識になっていた。
橋の中央に差し掛かった瞬間だった。
低い爆発音が響き、
橋の支柱が揺れた。
次の瞬間、
橋の一部が崩れ落ち、
要人車両はそのまま川へと落下した。
水面に叩きつけられた車は、
重みでゆっくりと沈んでいく。
車内には、
要人とSPが二人。
水が流れ込み、
冷たさが足元から迫ってくる。
要人は必死にシートベルトを外そうとするが、
衝撃で金具が歪み、外れない。
水位は胸まで迫り、
呼吸が苦しくなる。
暗闇。
冷たさ。
圧迫感。
そして──
肺が焼けるような痛み。
(……死ぬ……)
その瞬間、
要人の意識は途切れた。
その様子を見届けていたテロリスト集団から、犯行声明が行われた。
「悪は滅びる!」
と声高らかに叫ぶ、テロリストのリーダー
救助隊が車を引き上げたとき、
要人はすでに息をしていなかった。
SPが震える手で賢者の石を取り出し、
胸に押し当てる。
淡い光が広がり、命の対価が支払われた。
要人の胸が大きく上下する。
蘇生は成功した。
だが──
目を開いた要人の表情は、
恐怖に引きつっていた。
「……やめろ……
水が……
息が……できない……」
彼は、
まだ溺れていた。
蘇生した身体は生きているのに、
心は“死の瞬間”に取り残されていた。
SPが必死に落ち着かせようとするが、
要人は暴れ、
酸素マスクを拒み、
水をかき分けるように空気を掴もうとする。
「……苦しい……
また……来る……
次は……助からない……」
その言葉は、
周囲の誰よりも、
自分自身に向けられていた。
数日後。
病院の医師は、SP責任者に状況を説明した。
「身体的な問題はありません。
しかし、死の記憶が強く残っているようです。
精神的なショックが大きく、回復には時間がかかるでしょう」
SP責任者は深刻な表情で頷き、
政府へ提出する報告書をまとめ始めた。
報告書には、
要人の精神状態、蘇生後の症状、
そして“二度目の蘇生はない”という事実が、
どれほど彼を追い詰めているかが詳細に記されていた。
その報告書は、
政府からアーク・バイオテックへ正式に送られた。
社長室で、木下浩二が書類を開き、
太郎の前で読み上げる。
「……要人は現在、外出不能。
夜間は溺死の夢にうなされ、
昼間も呼吸困難の発作が続いているようです」
太郎は黙って聞いていた。
木下は続ける。
「“二度目はない”という事実が、
強い恐怖を生んでいるとのことです。
医師は、長期的な精神ケアが必要だと……」
太郎は、
机の上の賢者の石の試作品を見つめた。
淡い光は美しい。
しかし、その光は──
人を救うと同時に、人を壊す。
(……私は……
本当に人を救っているのか……?)
胸の奥に沈んでいた違和感が、
はっきりと形を持ち始めた。
(……これは……
“命を救う技術”ではなく……
“死を引き延ばす技術”なのではないか……?)
太郎は、
目を静かに閉じた。
その手は、わずかに震えていた。
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