第三章 抑止力の時代
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第三章 抑止力の時代
スミス大統領の蘇生から、
まだ一週間しか経っていなかった。
だが世界は、
まるで何年も前から存在していたかのように、
賢者の石を“前提”として動き始めていた。
各国の政府は、
要人警護のマニュアルを一斉に改訂した。
「護衛用拳銃」
「防弾ベスト」
そして──
「賢者の石」
この三つが、
要人警護の“標準装備”として並ぶようになった。
SPたちは、
拳銃の隣に石を携帯し、
訓練では“蘇生手順”が必須科目となった。
訓練場では、
模擬人形を使った蘇生の練習が繰り返される。
「撃たれたら、まず脈を確認!」
「犯人は生かして確保!」
「賢者の石を胸部中央に!」
「光が収束したら蘇生完了!」
その光景は、
もはや医療ではなく、
“儀式”に近かった。
世界のニュースは、
次々と“成功例”を報じた。
・ヨーロッパの外相が襲撃されるも即蘇生
・中東の王族が爆発に巻き込まれるも蘇生
・南米の大統領が銃撃されるも蘇生
どの事件も、
犯人は取り押さえられ、
その命が対価として使われた。
「暗殺は必ず失敗する」
「犯人は必ず死ぬ」
「賢者の石は究極の抑止力」
世界は、
この“新しい常識”を受け入れ始めていた。
アーク・バイオテック本社。
山本太郎は、
各国から届く大量の注文書を前に、
静かに目を閉じた。
木下浩二が、
嬉しそうに書類を積み上げていく。
「社長、これで60カ国目です。
どこも“最優先で納品してほしい”と」
太郎は頷いた。
「……そうか」
木下は続ける。
「賢者の石は、
世界の安全保障の中心になりますよ。
あなたの技術が、
世界を一つ救ったんです」
太郎は、
その言葉に微笑み返した。
だが、
胸の奥に沈む違和感は、
日に日に大きくなっていた。
(……救った?
本当に……?)
太郎は、
机の上に置かれた賢者の石の試作品を見つめた。
淡い光。
美しい輝き。
だがその光の裏には、
必ず“誰かの死”がある。
(……この石は、
誰かを救うたびに、
誰かを殺している……)
その事実が、
太郎の胸に重くのしかかっていた。
世界は熱狂していた。
制度は整い、
要人たちは安心し、
SPたちは石を携帯し、
暗殺は次々と失敗に終わった。
だが──
その熱狂の裏で、
静かに、確実に、
“歪み”が生まれ始めていた。
太郎はまだ気づいていない。
この“抑止力の時代”が、
やがて世界を大きく狂わせることを。
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