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【常世の君の物語】No.016:幻海 ~応仁の乱の頃、斯波遠江に幻海という名の姫が暮らしていた~  作者: くさかはる@五十音


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第3話:密会


「ただいま帰った」

鳥絵は泊まっている宿の個室に入りそう告げると、どさっと手渡された土産を畳の上に放りだした。

「お、なんじゃなんじゃ?」

そう言いながらたたずんでいた窓辺から中へ入ってきたのは、飼い猫のテンである。

「茶だよ。斯波の姫様の宴の土産だ。ここいらは茶の一大産地なんだ」

「ほぅ」

テンは土産の袋をくんくんと嗅ぐ。


「おぬし」

テンの目つきが鋭くなった。

「血の匂いがするぞ。本当に宴に行っておったのか?」

「ぶっそうなことを言う。ちゃんと行っておったとも。茶と菓子をごちそうになったぞ」

鳥絵がそう言うと、テンは首をかしげて「では匂いがついたのかもしれんのぅ」とつぶやいた。

「匂いって、血の匂いがか?一体、誰からだよ」

鳥絵は苦笑いで返す。

「おぬしの前後左右に座って負った者の名は?」

「俺は一番前に座っておったから、俺の前には誰もいなかった。左右は女で、確か二人とも町で商いをしておると言っておった。名はお松とお清。血なまぐさい感じはまったくしなかったぞ。真後ろに座っておったのが、権兵衛といういかつい男と、その付き添いのような平助という小さな男であった。何かあるとすればこちらだろう」

「ふむ」

そう言うと、テンはしばらく黙ってしまった。

しかし、しばらくの沈黙の後、「その二人の男にまた会うことがあるのであれば、せいぜい気を付けることだ」と鳥絵の顔をまじまじと見ながら付け加えた。

「取り越し苦労ではないかな」

と、鳥絵が言った時だった。

「ごめんくださいませ」

部屋の外で男の声がした。

「はい、どなたでしょう」

鳥絵はそう言いながら襖を引いた。

すると、そこにあったのは、斯波の姫様の宴の席でちらりと見かけた下男の姿であった。

確か「皐月」と呼ばれる体格のいい下女に顎で使われていた記憶がある。

「これはこれは。どうぞ、中へ」

鳥絵は男を部屋の中へと促した。

しかし男は、「いえ、ここで結構」と短く言うと、「姫様がおぬしをご所望じゃ。今から私と館へ来てもらいたい」と告げた。

にゃあ、と、テンが鳴いた。

ひやかしの鳴き声であることは明白である。

鳥絵は決まりの悪い顔をテンに向けると、「さ、お早く」と急かされるままに、簡単に身支度をして、そのまま速足で宿をあとにした。

一匹、畳の上に残されたテンは、「もてる男だのぅ」とつぶやくのだった。


舘へ到着すると、鳥絵は西の間のひとつと思われる部屋へと通された。

一人にされ、しばらく時間を持て余していると、確か「皐月」と呼ばれていた大柄の女が部屋に入ってきた。

「ようおいでになりました。ここへ来られたということは、道中の含みは受け入れていただいたということでよろしいな」

皐月はまん丸い目を見開いて、鳥絵を見つめた。

「『来い』と言われたから来たまででございます」

正直、この申し出を断ってもよかった。

しかし鳥絵は、昔から請われると断れぬたちであり、それが女となると猶更そうなのであった。

「まぁ、つれないことをおっしゃる」

声のする方を見るとついたてを一枚隔てた向こうから、斯波の姫様の声がした。

「あの、姫様が私をご所望と伺ったのでございますが」

間違いがあってはいけない、鳥絵は聞いたことを正直に述べた。

「ほ!」

姫の甲高い声が鳴り響いた。

「ありていに言えば、まぁ、その通りだわ。でもなんて趣のないことば」

ついたての向こうから、姫君の白い手がひらひらと鳥絵を招いた。

それを見て、皐月がぬっくと立ち上がり、「さあ」と鳥絵を促した。

女どもにここまでされては鳥絵も下がるに下がれない。

据え膳食わぬは男の恥とも言う。

ええい。

鳥絵は、斯波の姫君の待つ寝所へと、ついたてをぐるりとまわり、飛び込んでいった。


その夜、斯波の姫君と深い仲になった鳥絵は、館の寝所で姫君と睦言に花を咲かせていた。

意外にも姫君は、港の男衆をよく見ているせいか、商いに詳しく、それで話がはずむのだった。

姫は寝所で、ころころとよく笑った。

話題に尽きて、二人の間に沈黙が訪れても、それは他人同士のもののように冷たいものではなく、肌を重ねた男女の間に降りる甘い蜜なのであった。

「鳥絵殿は、わたくしのこと、おきらい?」

姫はそう言って、鳥絵を困らせた。

「嫌いもなにも、私は故郷の近江に妻子のおる身。こうしていると妻子の顔が浮かぶのです」

鳥絵はそう言って顔を曇らせた。

「あら、ばれなきゃいいのよ。わたくしだって、何も鳥絵殿と夫婦になろうというのではないのですもの。どうぞ、気を楽になさって」

姫は再三、鳥絵にそう、言い聞かせるのだった。


明け方近くなった頃、鳥絵は一人、下男の案内で館をあとにし、泊っている宿まで帰ってきた。

人が起きだす前の町には霧が立ち込め、空気はひんやりと冷たく、鳥絵の肌を刺した。

部屋に戻ると猫のテンが、「ずいぶんとお楽しみだったみたいだのぅ」と、いじわるく言った。

「ああもう、うるさいな」

と鳥絵が手をあげて追い払おうとすると、テンは「これも人の営みよ。せいぜい楽しむがいい」と諭すように言った。

それがずいぶんと他人行儀だったので、鳥絵は真顔になり、少し間を置き「お前には好いた女子などおらぬのか」とた尋ねてみた。

するとテンは、どこか遠い目をして「長く生きておるとな、そういうこととは縁遠くなるものよ」とぽつりとつぶやいた。

「そういうもんかのぅ」

鳥絵はそう言って、疲れた体を畳の上に投げ出すのだった。


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